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『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観たら自分が人生で1番聴いた音楽は何かを考えたくなった

『サイダーのように言葉が湧き上がる』という映画を観た。

 

人付き合いの下手な主人公チェリーと、大きな前歯がコンプレックスのヒロインのスマイルが出会い、関係性を深めていく青春映画である。

 

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夏休みシーズンのアニメ映画だからか、子ども向けの演出や表現も多い。しかし脚本は丁寧に作り込まれているし、登場人物の感情描写は繊細。大人も楽しめる良い映画だ。

 

音楽好きにもオススメしたい作品でもある。物語の要となるエピソードに、音楽やレコードが関係しているからだ。

 

主人公とヒロインがバイトしている福祉施設の利用者にフジヤマという男性がいる。彼は思い出のレコードを紛失してしまい、もう一度聴きたいと長年探し続けていた。その手助けを主人公達が行うことで、物語は大きく動き出す。

 

このレコードを今までで1番聴いた。もう一度聴きたい。

 

フジヤマはレコードを探す理由について、このように語っていた。この言葉が印象的で、頭から離れなかった。音楽ファンには響く言葉だと思う。

 

「自分が1番聴いたCDは何だろうか?数え切れないほど聴いても、聴き続けたいと思うCDは何だろうか?」

 

こんなことを考えながら映画を観ていたら、3枚のアルバムが頭に浮かんだ。

 

椎名林檎『無罪モラトリアム』。スピッツ『名前をつけてやる』。フジファブリック『フジファブリック』。

 

自分が聴いた回数が多いトップ3のアルバムがこれだ。今でも頻繁に聴く作品である。

 

 

特に『無罪モラトリアム』は思い入れが強い。自分が音楽を深く好きになるきっかけが、椎名林檎だったからだ。

 

彼女がミュージックステーションに出演し『ここでキスして。』を歌う姿を観て、衝撃を受けてファンになった。自発的にミュージシャンのファンになったことは、これが初めてだった。

 

それまでにテレビで観たアーティストとは、ルックスも纏うオーラも違った。テレビで聴き慣れた他のJ-POPとは、音の響きも違った。自分にとって「ロックとの出会い」が椎名林檎だった。

 

そんな大切な出会いをくれた曲が『無罪モラトリアム』に収録されている。だから数え切れないほどに、このアルバムを聴いた。

 

今でも聴く都度に、初めてロックを聴いた衝動を思い出させてくれる。このアルバムを聴く都度に、椎名林檎と出会った感動を蘇らせてくれる。

 

自分にとっての原点の音楽である。今でも自分を救い続けてくれる音楽でもある。きっとこれからも、それは変わらない。

 

名前をつけてやる

名前をつけてやる

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椎名林檎がきっかけでスピッツも好きになった。

 

2002年に『一期一会 Sweets for my SPITZ』というトリビュートアルバムがリリースされた。そこで椎名林檎が『スピカ』を歌っていると知り、そこでスピッツの音楽と初めて出会った。

 

どの曲も素晴らしくて、誰が歌っても名曲に思った。本人が歌い演奏する音を聴きたいと思い、スピッツの全てのアルバムを図書館で借りた。

 

その中で最も心に刺さったアルバムが、『名前をつけてやる』だった。

 

メロディはキャッチーで聴きやすいのに、歌詞は内省的で、演奏は良い意味でシンプル。それが不思議で心地よくてクセになる。

 

友人と共有する音楽ではなく、1人で浸る音楽に思った。何度も夜にヘッドフォンで聴き、感動し救われた。どんどんスピッツの音楽の深みにハマった。

 

椎名林檎の音楽を好きになったから、スピッツにも出会えた。好きなアーティストが、聴く音楽の幅を広げてくれた。

 

 

それから自分で自発的に音楽をディグるようになり、フジファブリックと出会う。聴いた瞬間に身体に電流が走った感覚になり、一瞬で好きになった。

 

メジャー1stアルバムでバンド名と同じタイトルの『フジファブリック』は、特に聴き込んだ。

 

このバンドは不思議な音楽を奏でる。メロディも演奏も変わっている。志村正彦の歌声は怪しくて独特である。聴いていると胸が高鳴るし、ニヤけてしまう。

 

だけど哀愁がどことなく漂っていて、胸が締め付けられる。様々な感情で心がグチャグチャになる。志村の綴る言葉に、共感し感動し唸ったりもした。だから自分にとって大切なバンドの1つになった。

 

音楽において演奏は重要だと、気づくきっかけになったアルバムでもある。

 

例えば『打ち上げ花火』のような曲は、演奏が要になる曲だ。複雑に曲が展開していき、演奏の凄みで圧倒するような構成になっている。

 

今まで歌に特に注目して聴くことが多かった自分にとって、初めて「演奏が好き」と思えた音楽がフジファブリックだった。そこから演奏に注目して音楽に触れることを覚えた。

 

他にも多くのアーティストの音楽を聴いた。様々なタイプのアルバムを聴いた。

 

それでも特に自分の音楽ファンとしての人生に大きな影響を与えたCDは、この3枚である。

 

 

 

『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観ることで、改めて自分の好きな音楽を振り返るきかけをもらった。

 

しかし劇中でフジヤマがレコードを探していた理由は、彼が音楽ファンで「特に好きな作品をもう一度聴きたい」というわけではなかった。

 

彼が若い頃に亡くした妻が、無名ながらも歌手でレコードを1枚出していた。つまり妻の声をもう一度聴きたかったのだ。

 

彼が探していたのは「大切な人の声」と「大切な人との思い出」と「大切な人が生きた証」だったのだ。

 

声を残すことは、大切なことかもしれない。しかし歌手でもタレントでもない一般人は、声を残そうとあえて意識することはない。

 

スマートフォンの普及により気軽に録音をできるようになったが、残すことを意識することは少ない。

 

自分が高校生の頃、父方の祖父が亡くなった。その時に祖母が「おじいちゃんの声を忘れないでね」と言っていた。その言葉が印象的だった。

 

それなのに、祖父の声を忘れてしまった。祖母の「忘れないでね」という言葉は覚えているのに。

 

これからも大切な人の声を、忘れてしまうことがあるだろう。いつかは自分の声も、大切な人に忘れられてしまうだろう。

 

祖父は生前に大工をしていた。「自分が死んでも建物は残る。無くなる建物もあるけど、築100年を超える建物もたくさんある」と仕事の魅力を語っていた。住宅やビルだけでなく、日本にとって重要で有名な建造物にも携わったらしい。

 

祖父の声は忘れてしまったが、祖父の言葉は覚えている。

 

きっと日本のいたるところに、今も祖父の生きた証が残っている。形としても、記憶としても、どこかに生き続けている。

 

声でなくとも生きた証を残すことができる。忘れられられることのない「何か」を残すことができる。

 

自分も何かしら残しておきたい。このブログも生きた証にはなるだろうか。

 

とりあえずインターネットがなくならない限りは、ここに書いた文章が街中に溢れる建物と同じように、ネットの海に残り続けることは確かではある。

 

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