オトニッチ

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子どもをライブや音楽フェスへ連れて行くことについて想うこと

お父さんやお母さんに連れてこられたチビッ子は、ライブを観ても何がなんだかわからないかもしれない。

 

でも、大人になった時、子どもの頃[Alexandros]のライブを観たことを自慢に思える日が来るよ。そして君のお父さんやお母さんが[Alexandros]を見せてくれたことに、きっと感謝するはずだよ

 

2019年に行われた『ベリテンライブ』という音楽フェスで、トリを務めた[Alexandros]の川上洋平が、このような言葉を観客に投げかけていた。

 

客層が他のロックフェスと少しだけ違うから、このようなMCをしたのかもしれない。『ベリテンライブ』は子どもを連れた家族客が多いのだ。

 

地元FM局が主催で協賛も地元企業が中心。そのためかフェス全体にアットホームな空気が流れていて、地域密着な雰囲気がある。だから地元の家族客も参加しやすいのだろう。

 

自分が[Alexandros]を観ていた時、すぐ近くに5~6歳ぐらいの男の子を抱っこしたお父さんがいた。川上洋平がMCをしていた時、お父さんは満面の笑みで嬉しそうに子どもの顔を見ていた。子どもを音楽フェスに連れてきたことへの想いが、最高にカッコいいバンドにも伝わっていて、それをステージから子どもへ語りかけられていることに感動しているのかもしれない。

 

男の子は真顔でジっとステージを観ていた。だから表情からは、どんな気持ちなのかは汲み取れなかった。でも彼もいつかこの日を自慢に思い、連れてきてくれたお父さんに感謝する日が来るのかもしれない。

 

川上洋平のこの言葉は、子どもへ向けた優しいメッセージではあるが、それに加え覚悟を持った力強い言葉でもある。

 

例えば10年後に[Alexandros]がつまらない曲ばかりリリースして、落ちぶれてダサくなっていたとしたら、この日ライブを観た子どもたちが『[Alexandros]のライブを観たことを自慢に思える日』なんて絶対に訪れない。これは「自慢できるようなカッコいいバンドとして活動し続ける」という宣言でもあるのだ。

 

自分も子どもを持つ親だ。しかし子どもをライブや音楽フェスへ連れていくことには、反対の立場だった。特に未就学児童を連れて行くなんて論外だと思っていた。なぜなら子どもにとってライブ会場は過酷な環境だからだ。

 

ロックバンドのライブならば、大人でも耳が痛くなるような爆音が鳴っている。イヤーマフをして鼓膜を守ったとしても、大音量なことには変わりない。ライブハウスならば激しいノリになることもある。座席があるライブよりも人が密集している。後方で観たとしても子どもの安全を確保することは難しい。

 

野外フェスも厳しい環境だ。特に夏フェスは炎天下の中で行われるし、時には雨に打たれながらステージを観る。大人でも体調を崩す人がいるし、倒れて救急車で搬送される人もいる。ライブ中の事故も時折発生して、重傷を負って後遺症が残った人や、亡くなってしまった人だっている。

 

そんな環境に子どもを連れていくことは危険だ。様々な事情で連れて行かざるを得ない場合もあるだろうし、できる限りの安全対策をした上で子どもと参加する保護者もいるだろう。それでも子どもの体力や体調への影響を考えたら、参加を推奨できる環境ではないと思う。

 

しかし『ベリテンライブ』の川上洋平の言葉を思い出して、安全の確保を最優先するよう努められるならば、子どもをライブやフェスに連れて行くのも悪くはないとも思った。

 

たしかにライブ会場や音楽フェスの会場は危険が伴う場だが、一生忘れられないぐらい心に残る瞬間を体験できる場でもある。素晴らしい音楽は、最高のライブは、心を動かし胸を震わせる。時には人生を変えてしまうほどの、物凄い影響を人に与える。

 

そうやって自分は音楽に救われながら生きてきた。音楽にとてつもない力をもらったこともある。もしかしたら自分の子どもにと、音楽が大切なモノを与えてくれるかもしれない。音楽は人生をより豊かにしてくれるし、音楽を通じて心を通わせることだってできる。

 

2022年に観た小沢健二のワンマンライブでも、そのようなことを思った。その理由はアンコールでのMCにある。

 

90年代に僕を見つけてくれたあなた。あなたがややこしい歌詞を書く僕を見つけてくれたから、その後の全てがあります。ありがとう。

 

もしかしたらあなたは、娘さんや息子さんと来ているかもしれない。

 

娘さんや息子さん。あなたのパパやママは、昔、とてもクールだったし、今もめちゃくちゃクールなんだ!

 

自分の前の客席には、50代ほどの女性と制服を着た高校生ぐらいの女の子がいた。おそらく親子なのだと思う。お母さんがファンで、娘は小沢健二のことはあまり知らずに連れてこられたように見えた。お母さんはノリノリで盛り上がっていたが、娘は落ち着いて聴いていたし、時折座っていたからだ。

 

だがライブが後半に進むに連れ、娘も少しずつ気持ちが昂っていたようだ。椅子に座ることはなくなり『強い気持ち・強い愛』や『僕らが旅に出る理由』では、母親を含む他の観客と一緒に腕を上げて盛り上がっていた。

 

この日の小沢健二は、めちゃくちゃクールだった。最高のパフォーマンスだった。だから世代の違う若者の心も動かしたと思う。

 

そんなクールなミュージシャンがステージ上から長年応援してくれたファンに感謝を伝え、その子どもに向けて「君のパパやママはクールなんだ」と伝えている。お父さんお母さんにとって、これほど嬉しいことはないだろう。娘や息子は、ほんのちょっとだけ親を尊敬したかもしれない。

 

自分の前の客席のお母さんは、嬉しそうに笑って娘の肩をバシバシ叩いていた。娘は苦笑いしながらたしなめていたけれど、嫌がってはいないように見えた。この親子の〈愛すべき生まれて育ってくサークル〉の中に、小沢健二の音楽が入った瞬間に思った。この日のライブは二人にとって一生忘れられない、かけがえのない大切な時間になったのではないだろうか。

 

そういえば自分も似たような経験がある。小学校高学年の頃だ。

 

テレビの音楽番組で懐メロ特集が放送されていて、チューリップというバンドの『サボテンの花』という曲が紹介されていた。「この曲、いいね」と自分がつぶやくと、母が「家にカセットがあるよ」と言って引き出しからカセットテープを取り出した。通帳などの大切なものを入れている引き出しだったので「そんなところにカセットを入れてたの?」とは思った。でも、通帳と同じぐらいに、大切なカセットテープだったのかもしれない。

 

母は10代や20代の頃にチューリップをよく聴いていたという。『サボテンの花』以外にどんな曲があるのかや、どのようなバンドかを説明してくれた。世間的には財津和夫のイメージが強いけれど、姫野達也という人も歌うんだと教えてくれた。

 

何度も聴いていたからかカセットを包む紙のジャケットはボロボロになっていたし、テープは伸びてしまっているからか音は悪い。でも「久々に聴く」と言って嬉しそうな顔をしていた母の顔が印象的だったことを覚えている。そんな大切なカセットテープを「聴くならあげるよ」と言ってプレゼントしてくれた。自分は何度もテープが伸びて音が悪いカセットを聴いた。母が好きだった音楽を、自分も大好きになった。

 

自分が初めて行ったライブは、母と父との3人で行ったチューリップだ。新聞広告にライブ開催とチケット販売の知らせが載っていたので、チケットを取ってくれたのだ。母がライブを観るのは大学時代の文化祭でサーカスというコーラスグループを観て以来だと言っていた。チューリップは好きだったが、ライブは観たことがないという。

 

母は音楽を主体的に聴くタイプではない。たまたまチューリップなど当時流行っていた音楽を聴いてさ好きになっただけだ。それでもライブへ行こうと思ったのは、きっと子どもチューリップに興味を持ったからなのだろう。

 

ライブは素晴らしかった。3時間ほどあるライブだったけれど、子どもの自分でも飽きずに最後まで楽しめた。むしろ最後までずっと興奮していた。『サボテンの花』を演奏してくれたことも嬉しかった。

 

終演後に母は嬉しそうに「昔と全然声が変わらないね」と父に話しかけていた。こんな嬉しそうな母の顔はあまり見たことがないなあと思った。ライブの内容だけでなく、この時の母の顔も忘れられない。このライブを観ることができたから、生で聴く音楽の素晴らしさや、ライブの楽しさを知ることができた。母の顔を見て「音楽は人の心を動かすんだな」と実感した。

 

もしかしたらこの日チューリップを観ていなければ、インドア派で面倒くさがり屋の自分は、ライブへ行くことは一生なかったかもしれない。大人になった今でも頻繁にライブへ行っているのは、この日のライブに心から感動したからだ。母が「音楽」を通じて「人生を豊かにするきっかけ」を与えてくれたのである。

 

音楽はもちろん、映画や小説、マンガ、スポーツ、勉強、などなど、子どもが何を好きになるははわからない。でも何でもいいから、何か好きなものを見つけてくれたら嬉しい。好きなものが人生を美しく彩ってくれたり、時には辛い気持ちを救ってくれるのだか。

 

自分は親から「音楽を好きになるきっかけ」をもらったことで、音楽という好きなものを見つけることができた。両親共に音楽を熱心に聴くタイプではないから、子どもが音楽好きになることは予想外だっただろう。もしかしたら他のことを好きになって欲しいという希望もあったのかもしれない。

 

だとしても大切なきっかけを与えてくれたことには感謝している。自分も子どもに「何かを好きになるきっかけ」を与えられたらなと思う。自分は音楽が好きなので、まずは「音楽を好きになるきっかけ」を与えたい。だからいつか子どもと一緒にライブへ行くことができたらなあと思う。

 

小学生の自分をチューリップのライブに連れて行ってくれた父と母のように。娘を小沢健二のライブに連れていったクールなお母さんのように。きっと将来[Alexandros]を観たことを自慢するであろう男の子を抱っこしたお父さんのように。