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【ライブレポ・セットリスト】GRAPEVINE 『in a lifetime presents another sky 』追加公演at 中野サンプラザ 2023年2月23日(木・祝) 

ステージに登場したメンバーは、少し緊張しているように見えた。観客も同様に、緊張している人が少なくないように感じる。普段のGRAPEVINEは最初からリラックスして登場することが多いし、観客もそれを温かく迎え入れることが多いのに。

 

それは今年初ライブかつ、約半年ぶりのライブだからだろうか。それとも田中和将の体調不良からの復帰ライブかつ、不倫報道がされてから初めてファンの前に立つからだろうか。

 

GRAPEVINEにとって久々のライブは、20年前にリリースされたアルバム『another sky』の再現ライブツアー『grapevine in a lifetime presents another sky』の追加公演だった。

 

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本来ならば去年の9月に終わっているツアーだったが、田中の体調不良や不倫報道が重なり中止になったため、年を跨いでツアーの続きが行われたのだ。

 

自分は去年も同じコンセプトのライブを観ている。当時書いたライブレポートには「メンバーはリラックスした様子で登場し準備を進めている」と書いていた。

 

 

それと比べると空気は全く違う。去年と同じように『lifetime』のCDジャケットに使われた光ボードを持ってきて客席に掲げていたものの顔は少し強張っていたように見えたし、田中はいつも以上に深々としたお辞儀を長時間してからギターを手にしていた。

 

いつもと違う空気感の中で演奏された1曲目は『ふたり』。この選曲に意表を突かれた人が多かったと思う。この楽曲は『another sky』のラストに収録されているからだ。再現ライブのはずなのに曲順が違う。それに驚いたし刺激を感じた。

 

演奏はやはり素晴らしい。活動が止まる前の半年前と比べても引けを取らない。久々だからか様々な出来事が起こった後のライブだからか、田中のボーカル絶好調とは言えなかったと思う。しかし彼は日本のロックボーカリストとしては、トップレベルの才能と実力を持っている。自分が絶好調で最強の歌声を知っているだけで、この日も凄まじい声ではあった。

 

続く楽曲は『アナザーワールド』。この楽曲はアルバムの11曲目に収録されている。やはり曲順はアルバムと全く違う。ミドルテンポの心地よいリズムに、ギターによって壮大さが加わるような演奏だ。その音圧とサウンドに圧倒させられてしまう。そしてアルバムと違う曲順というライブ構成による刺激と、ハイレベルな演奏による気持ちよさが同時に押し寄せる。やはりGRAPEVINEは凄まじいバンドだ。それは変わらないのだと実感した。

 

そこから熱量がある演奏で『Sundown and hightide』が続いたことにも驚いた。この楽曲はアルバムの10曲目だからだ。やはり曲順が全然違う。

 

そして気づく。アルバムの楽曲を終わりから逆に披露しているのだと。

 

去年のツアーの映像はBlu-rayとしてリリースされているし、音源はサブスクでも配信されている。会場に足を運ばずとも、映像や音源で追体験ができる状態だ。だからこそライブに足を運んだ人に新鮮さを感じてもらうために、あえて逆の順番で披露するサプライズをしたのだろう。

 

そうなってくるとアルバムの印象も変わってくる。

 

『another sky』は2曲目以降の前半にアップテンポの曲や明るい曲が配置され、後半に進むにつれ落ち着いた楽曲が増えていき、それによって深く音楽に浸れるアルバムだった。しかし逆順で披露されていくと、じわじわとバンドの魅了の深みに引き込むような曲順になる。そして後半は後半にいくとアップテンポの曲も披露されて盛り上がっていく。同じ楽曲を披露するとしても、曲順が逆になるだけで印象がガラリと変わるのだ。

 

つまりこれは「再現ライブ」であり「再構築ライブ」とも言える。『another sky』のファンが気づかなかった魅力を、20年経ってから伝えるライブ構成でもある。

 

続く曲は『ナツノヒカリ』。アルバムの9曲目。やはり逆順での披露だ披露。夏の名曲なので2月のライブで披露されることは滅多にない。そんな楽曲が披露されるのも、再現ライブだからこその楽しさである。それまで薄暗かった照明も明るくなったことも、楽曲の空気感とマッチしていて良い。演奏と歌も季節外れなことなど関係ないと感じるほどに最高だ。

 

『Let me in〜おれがおれが〜』が始まると、会場の空気が変わった。それまで落ち着いた空気が流れていたが、少しずつ熱気に満ちていったのだ。演奏は田中にスポットライトが当たり、彼のギターリフから演奏が始まった。そこからバンドの演奏が重なり最高のロックが奏でられる。カラフルな照明は鮮やかで、それを観ているだけでテンションが上がる。ライブ前半は少々の不調を感じた田中のボーカルだが、この日最初のシャウトをしたりといつも通りの調子を取り戻していく。緊張がほぐれてきたのだろうか。

 

『Tinydogs』も熱量あるロックナンバーだ。田中の歌声の調子の上昇に比例するようにバンドの演奏も凄みを増していく。良い意味で「いつも通りのGRAPEVINE」に戻った。この歌声と演奏が最高なのだと思い出した。

 

そんな「いつも通りのGRAPEVINE」が続いて演奏したのは『Colors』。スローテンポの繊細な演奏が胸に沁みる。このバンドは熱量だけではない。ロックを軸に様々な表現で聴き手を魅了する。『それでも』もそうだ。美しいメロディと切ない歌詞、そして繊細な演奏と歌に魅了されてしまう楽曲である。このような楽曲をキャリアを重ねた今のバンドが歌い演奏すると、音源よりも深みや貫禄を感じてよりグッとくる。

 

『another sky』の再現も後半戦。ギターのノイズが会場に響き、田中が腕を上げて合図をしてから始まった『マダカレークッテナイデショー』で、再び熱気が戻る。「中野のみなさんお待たせしました!オンベース!かねやん!」という田中の煽りからサポートベースの金戸覚のベースソロが披露されたりと、盛り上がりも最高潮になっていく。

 

その盛り上がりが冷める隙を与えないうちに、亀井亨がシンバルでカウントしてから『BLUE BACK』へとなだれ込む。その演奏は旬の若手バンドに負けないほどの勢いと熱量だ。それは観客にもしっかり伝わっている。だから腕をあげたり踊ったりしている観客が、1階席にはたくさんいる。

 

その勢いのまま『ドリフト160(改)』を演奏し、さらに熱気を上昇させていく。この空気感は最近のGRAPEVINEのライブでは珍しい。自分はリリース当初のGRAPEVINEをリアルタイムでは知らないが、当時もこのような雰囲気の演奏をライブで行っていたのではと思いを馳せてまう。

 

20年前の片鱗を感じる衝動的な演奏を続けたが、再現ライブも次の曲がラスト。最後に演奏されたのは、アルバムでは1曲目の『マリーのサウンドトラック』。この楽曲は今のGRAPEVINEにも通ずるものがある重厚でドープな楽曲だ。

 

薄暗い照明の中、身体に響くほどの凄まじいサウンドを奏でる姿に鳥肌が立つ。キャリアを重ねた今のGRAPEVINEが演奏するからこそ、魅力が増大する楽曲だとも感じる。演奏が終わったかと思いきや、さらにそこからジャムセッションが始まる展開も良い。音源の再現を超える進化を感じる演奏だ。

 

アルバムの再現を終え、メンバーはステージを後にした。田中が深々と頭を下げる様子が印象的だった。

 

。7月も同ツアーの東京公演を自分は観ていた。だから今のGRAPEVINEが『another sky』を演奏すると、音源を超える凄みがあることは知っている。しかし今回はアルバムの逆から辿る曲順へと屁こうされたことで、収録曲の新しい魅力をさらに引き出すライブ構成になっていた。

 

再現ライブは「懐メロを久々に披露する」という内容になる危険性もある。しかしGRAPEVINEは過去の名盤を進化させた形で披露してくれたし、アルバムの隠れた魅力をさらに引き出していた。

 

去年の公演で田中は『another sky』の再現ライブを行った理由について「アルバムリリースから20年でキリがよかったから」と話していた。しかしファンとしてはより深く『another sky』の楽曲を知れる最高の機会となっている。本人にとって深い理由はなかったとしても、それがファンにとって価値のある重要なものになるのだ。

 

10分間の休憩を挟みここからは何が演奏さるか予測がつかない「通常のGRAPEVINEのライブ」が始まる。

 

再登場したメンバーはライブ序盤と比べると、緊張はほぐれてきているようだ。しかし田中はまだ少し表情がこわばっている。そして演奏を始める前に、この日最初となるMCを行った。

 

昨年は一身上の都合でご迷惑をお掛けしてすみませんでした。

 

最愛の妻と子どもたちを大切にすることが私の命題です。そして最愛のGRAPEVINEを守ることができたのは、支えてくれたスタッフとメンバー、そしてファンの皆さんがいたからだと思っています。

 

これからも末長くよろしくお願いします。

 

昨年、田中の不倫報道があった。内容としてはファンを名乗る既婚者の女性と2回落ち合い、1回は一線を超えてしまったというものだ。本人も誤った行動と理解していたからか、それ以上は関係を持たないように連絡を絶っていたようだ。それに対して「女性をモノのように扱われた」と不倫相手が怒り、週刊誌にリークされたという形だ。

 

他にももっとえげつない不倫をしているタレントやミュージシャンの報道もある。それと比べると田中のやったことは重い内容ではないかもしれない。不倫相手の女性も田中が既婚と知りつつ近づいたので、騙されていたわけでもない。関係を持った女性にも非はある。被害者は田中の家族と、不倫相手の家族だ。不倫相手も田中と同様に加害者だとは思う。

 

とはいえ自分は不倫を擁護するつもりはないし、どれだけ好きなバンドマンだとしても擁護したくない。その理由については過去に別の記事に書いたので、気になる人はそちらを読んでほしい。

 

 

よく「不倫は当事者同士の問題」という理由で擁護をする人もいるが、それならば殺人事件も強盗事件も強姦事件も同じだ。自分と関わりのない知らない被害者が、自分と関わりのない知らない加害者に傷付けられたところで、自分の生活に影響することなどない。それも当事者同士の問題だ。刑法で罪になるか民法で罪になるかの違いしかないし、誰かが傷つくことは同じである。

 

謝罪している最中、会場からは笑い声が聞こえた。きっと笑った人も「不倫程度のことは気にするな」とは思っていなかったと思う。「やらかしたなw」と笑い話にしている人もほとんどいなかったと思う。その笑いは活動再開した彼を、温かく迎え入れたいという気持ちが表れた結果だと思う。

 

田中もライブの空気を壊さないように、かといって発言が軽くならないように、言葉選びや話し方に細心の注意を払っているように感じた。おそらく心の底から反省していたのだと思う。

 

間違いは誰でも犯してしまうし、当事者間で解決しているならば、それでいいと思う。「最愛の妻と子ども」「最愛のGRAPEVINE」という言葉が嘘にならないように、これから努めればいいのだ。その内容によっても変わってはくるが、間違いを犯してしまった先にどうするかが重要だと思う。

 

彼の言葉から観客も誠意を感じたのだろう。会場の空気がパッと明るくなった気がする。話し終えてから鳴り響いた盛大な拍手は、期待と優しさと厳しさが入り混じった、様々な感情が合わさったものだっと思う。

 

拍手が鳴り響いていた時、客席の電気もついていた。きっとステージから客席のファンの顔もはっきり見えたはずだ。ファンが客席を埋め尽くす景色を、田中はどんな気持ちで見たのだろうか。ファンはこれからのGRAPEVINEを信じている。それにしっかり応える活動をしてほしい。

 

「映像作品も出ていてネタバレもクソもないので、趣向を凝らして再現してみました」と田中が語る頃には、報道前と変わらないGRAPEVINEのライブの空気になっていた。そんな空気の中で演奏されたのは『Big tree song』。ステージの照明はついたまま、明るい中で演奏がされた。〈悲しみはこうやって 鳴らした手で飛んでった〉と歌う姿や、それに合わせて観客が手拍子する音が、心地よくて温かい。

 

そしてここからは現時点での最新アルバム『新しい果実』からの楽曲が続く。美しいコーラスワークとブラックミュージックの影響を感じる『目覚ましはいつも鳴り止まない』で心地よい演奏を奏で、壮大で迫力ある演奏の『Gifted』で観客を圧倒させる。演奏も楽曲も今のGRAPEVINEが最強であることを、言葉でなく音で伝えるようなライブ展開だ。

 

カラフルな照明に包まれながら演奏された『ねずみ浄土』も素晴らしい。以前のGRAPEVINEは音の隙間を活かすというよりも、音を重ねて迫力や感動を与えるロックナンバーが多かったと思う。しかしこの楽曲は音の隙間を活かした演奏で、ひとつひとつの音色やフレーズを徹底的にこだわり、それによって刺激を与えて惹きつける。その演奏はデビュー25周年を超えても進化している証拠だ。

 

かと思えば『Suffer The Child』のような懐かしのナンバーも披露する。休憩明けの披露曲はしっかり聴かせて感嘆させる楽曲や演奏が中心だったが、この曲は自然と盛り上がってしまう演奏だ。後半には「本日のアニキ!」と田中が煽ってから西川弘剛が前方に飛び出してギターソロを弾いたりと、会場の熱気はどんどん上昇していく。

 

その熱気を保ったまま『フラニーと同意』を続ける。ライブも後半。ラストスパートをかけるように田中はシャウトし、バンドも演奏も激しくなっていた。カラフルな照明が印象的だった『Alright』では、いつも通りに中盤で観客も手拍子を鳴らす。GRAPEVINEのライブは「参加する」というよりも「しっかり聴いて楽しむ」といった内容ではあるが、この曲の時は観客の手拍子も演奏の一部と感じるほどに、観客もライブに参加している。

 

本編の最後は『Our Song』。〈もう二月のニュースも「雪が降った」って告げた どこでさ?〉という歌詞があるとおり、この楽曲の舞台は2月である。だから今日のライブで演奏されることを予想していた人は少なくなかったはずだ。それでもライブで演奏されることが少ない楽曲なので、予想通りだとしても嬉しい。薄暗い照明の中で繊細に演奏する姿はクールだし、音色やメロディの美しさには感動してしまう。激しい曲が続いた後にミドルテンポの繊細な演奏を聴かされると、そのギャップでより感動的だ。

 

そんな余韻が残る中、田中が小さな声で「ありがとう」と一言だけ告げて、メンバーはステージを後にした。いつもなら「どうもサンキュー!」などと、元気よくふざけた感じで挨拶をしてステージを去ることが多い。この「ありがとう」には、いつもとは違う意味が込められていたのかもしれない。

 

しかしアンコールになるといつもの調子で「アンコールサンキュー!」と言ってかから、ユーモアを交えた言葉で物販紹介する田中。

 

私の写真がプリントされたTシャツが売っています。

 

このタイミングで作って売るものじゃないでしょう!私もびっくりしています。着てくればよかった(笑)

 

自身の不祥事をどこまでネタにしていいのか探っている感じはあったが、この程度の自虐は許される範囲だろう。反省はすべきだろうが、暗い雰囲気はロックのライブには似合わない。

 

田中が「アンコールやるぞ!」と叫び腕を上げたことを合図に演奏が再開した。アンコール1曲目は、まさに禊をしなければならないタイミングでの『MISOGI』。言葉だけでなく音楽でも反省を表明するつもりなのだろうか。

 

赤や青の妖艶な照明の中でクールに演奏するメンバー。このタイミングでこの曲をやることに苦笑いしつつも盛り上がる観客。このバンドとファンの関係性が、自分は好きだ。

 

次に披露されたのは『EVIL EYE』。田中がセクシーな女性の足に挟まるMVの楽曲かつ〈欲望にゃ素直に溺れるぜ〉という歌詞がある楽曲。音楽で反省を表明したかと思えば、今度は音楽で自虐しているのだろうか。多くをライブのMCで語るバンドではないので、こういう時も音楽で表明するということか。でもそれがGRAPEVINEらしい。

 

田中が「最後に1曲だけ、やらせてください」と小さな声で告げてから、最後に『作家の顛末』が演奏された。滅多に演奏されないレア曲だ。「顛末」という言葉は悪い出来事に対して使われることが多い。この選曲も自虐であり反省を表明しているのかもしれない。

 

そんな選曲ではあるものの、やはり演奏も歌も最高だ。それに滅多に生で聴けないレア曲だ。だから純粋に演奏されたことが嬉しい。ファンに対してはバンド活動や音楽を通して信頼を取り戻せばいい。きっと本人もそのつもりなのだろう。そのような意志を感じる素晴らしい名演だった。

 

「サンキュー中野!」と一言だけ言ってメンバーがステージを去り、ライブは終了した。この日はMCが少なかった。田中は冗談をほとんど言わなかった。中野サンプラザでライブをやる都度に「いつ無くなるんだ?」とイジっていたのに、本当に最後の中野サンプラザ公演になった時は、会場の閉鎖については一切触れなかった。必要最小限の言葉と、大切な音楽によって、誠意を見せていた。

 

去年はどこまでも続く気がしてたバンドの道が、夏の光で飛ばされてしまったかと不安になった時もあった。バンド活動はいつもオールオアナッシングだと実感した。でも今日のライブをみたら、それでもGRAPEVINEの活動はどこまでも続くと確信した。

 

■GRAPEVINE 『in a lifetime presents another sky 』追加公演 at 中野サンプラザ 2023年2月23日(木・祝)  セットリスト

1.ふたり
2.アナザーワールド
3.Sundown and hightide
4.ナツノヒカリ
5.Let me in〜おれがおれが〜
6.Tinydogs
7.Colors
8.それでも
9.マダカレークッテナイデショー
10.BLUE BACK
11.ドリフト160(改)
12.マリーのサウンドトラック

13.Big tree song
14.目覚ましはいつも鳴りやまない
15.Gifted
16.ねずみ浄土
17.Suffer The Child
18.フラニーと同意
19.Alright
20.Our Song


En1.MISOGI
En2.EVIL EYE
En3.作家の顛末

 

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