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赤い公園・津野米咲について書きそびれたことがあるので、少し追記します

津野米咲への追悼文を現代ビジネスに寄稿した理由

 

先日、講談社現代ビジネスにて赤い公園・津野米咲の追悼文を綴らせてもらった。

 

 

”「赤い公園」津野米咲が日本の音楽シーンに与えた「いくつもの衝撃」”というタイトルの記事。

 

もしかしたら現代ビジネスに載せるべき内容ではなかったかもしれない。

 

全くビジネスに関係していない話だし、主観的で感情的な内容。本来は音楽関係のメディアで書くべき内容だろうし、さらに言うならば自分のブログで書くべき自分語りな内容だ。

 

それでも書いた理由は、自分と同じ想いを持って依頼をしてくださったと思ったからだ。

 

「亡くなったことについての背景や、ネガティブな面ばかりが注目されてしまうため、ポジティブな側面や津野米咲さんの才能や功績を伝える必要があると思っています。それを伝えて欲しい」との言葉を先方からもらった。

 

それに対して自分は「客観的な視点では書けないし、主観的で感情的な内容になってしまうかもしれない。それでも良ければ」と答えたところ、「現代ビジネスという媒体であることは考えずに、思いの丈を自由に綴って欲しい」という内容の返信をいただいた。

 

だから寄稿させていただいた。自分のブログで書くよりも多くの人に届けるべきだと思ったし、ファン以外の人や訃報で知った人にも伝えるべきだと思った。

 

クソみたいなアフィリエイト記事が検索上位に行くぐらいならば、それをぶっ潰すような愛とリスペクトを込めた文章を書こうと思った。

 

3000字〜4000字前後との依頼に対して5000字書いている。それでも文章をカットせず、内容に対してダメ出しもされなかった。誤字脱字や細かい言い回しを整える程度の編集で、ほぼ原文のまま掲載してくださった。そんな小粋な対応に感謝している。

 

米咲やバンドへのリスペクトと感謝と愛をできる限り込めて書いた。自分が今まで書いた文章の中でも、特に大切に丁寧に書いたつもりだ。

 

多くの人に彼女の才能や功績が伝わっていてほしいし、存在を知らなかった人には今からでも彼女の音楽に触れてほしい。訃報にショックを受けた人たちには、少しでも希望を与えられたら嬉しい。

 

担当してくださった編集者の方も赤い公園のファンだという。

 

『今更』のリリース前後から聴き始め、ライブにも足を運び、津野米咲のラジオも聴いていたらしい。筋金入りのファンだ。自分と同じように想いを込めて依頼と編集と掲載をしてくださった。

 

立川市の赤い公園

 

東京都立川市の立川市子ども未来センター(旧立川市役所)の前にある公園に行ってきた。

 

公園には「赤いベンチ」がある。2014年に赤い公園が立川市とJ-WAVEと共に立ち上げた「立川市メジャーデビュー計画」というプロジェクトの一環として、立川市のランドマークになるようにと設置されたものだ。

 

赤い公園は結成当初は立川を拠点に活動していた。バンドを育ててくれた地元への恩返しの意味が込められた寄贈である。

 

この寄贈をきっかけにこの公園は、『赤い公園』と呼ばれるようになった。GoogleMapで「赤い公園」と入力すると、この場所が出てくる。

 

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10月28日まで献花台が設置されていたという話は聞いていたが、それ以降も小さな献花台は残されていた。立川市こども未来センターも小粋な対応をしてくれる。でも酒とタバコは置けないようなので、米咲は向こうの世界で自分で買ってください。

 

公園の周辺には他にもベンチや椅子、テーブルが置かれていた。

 

地元で生活する人が談笑していたり、休憩中のサラリーマンがご飯を食べていた。今は献花代が置かれているから近づきづらいのか誰も座っていなかったが、普段は赤いベンチもそのような人たちの憩いの場となっているのだろう。

 

 赤いベンチが設置されている理由を知らない地元の人もいるかもしれない。なぜ献花台があるのかも知らないだろう。「津野さんって誰?」と思っている人もいるはずだ。

 

それでも赤いベンチがある赤い公園は、バンドを知らない人にとって生活の一部になっている。それはバンドのファンが音楽やバンドのことを大切に思う気持ちと似ているかもしれない。

 

津野米咲の存在が音楽以外でも刻まれている。

 

赤いベンチはこれから何十年もこの場所に存在し続けるだろうし、この場所はこれからも「赤い公園」と呼ばれ続けるのだろう。

 

自分にとっての赤い公園

 

現代ビジネスに寄稿した内容である程度自分の想いを綴れたと思ったけれども、まだ足りなかったかもしれない。

 

赤いベンチを見た時、「津野米咲が生きた証や、バンドが活躍した証」に触れたことで、赤い公園の思い出を次々と思い出してしまった。だからもう少しだけ、自分の想いを綴ろうかと思う。

 

例えば『NOW ON AIR』をライブで演奏していたときのこと。

 

NOW ON AIR

NOW ON AIR

  • 赤い公園
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

レディオ
居なくならないでね
今夜も東京の街のど真ん中
ひとりぼっちで
NOW ON AIR

(赤い公園 / NOW ON AIR)

 

後半のサビ。ここの〈NOW ON AIR〉というフレーズをライブではファンが全員で合唱する。

 

〈ひとりぼっちで〉と歌われた後の全員の合唱。その瞬間だけライブに来ている「ひとりぼっちたち」の気持ちを一つにして、同じ感情を共有して救ってくれているような気がした。

 

赤い公園は楽観的で前向きな曲は少ないかもしれない。

 

その代わり孤独を感じている人や悲しんでいたり落ち込んでいる人に少しだけ元気をくれて、前向きにしてくれる。「頑張れ」と言うのではなく、同じ気持ちを共有して一緒に少しだけ前に進ませてくれる。そんな小粋な励まし方をするのだ。

 

 最新アルバム『THE PARK』も素晴らしいアルバムだった。特に『夜の公園』という曲は、現体制の赤い公園だからこそ生まれた新境地にも思う。

 

 

 現ボーカルの石野理子は20歳。そんな彼女だからこそ歌える子どもから大人になる瞬間の繊細な感情が、詩的に丁寧に歌詞として綴られている。

 

〈誰にも見せない部屋着から ちゃんとした部屋着に着替えてる〉というフレーズから感じる繊細な乙女心。直接的に恋愛のことを歌詞にしていないのに、些細な表現によって恋をしている女性だと伝わる。

 

〈22時過ぎてももう私のこと捕まえてくれないお巡りさん〉という表現で間接的に主人公の年齢や世代を自然に伝える工夫も素晴らしい。

 

吐き出したいこと受け止めるから
止めたブランコと語り出したブルー
「そんな子はやめちゃえ」って
言いかけて飲み込む缶のジュース


困らせたいけど優しくしたい

並ぶブランコの距離がもどかしい
悪い子になりたい 夜の公園

(赤い公園 / 夜の公園)

 

〈吐き出したいこと受け止めるから〉という相手への優しさでもあり、自分自身にも言い聞かせるような表現。受け止めるために自分の「吐き出したいこと」を我慢する切なさ。

 

このシチュエーションで歌詞を書くならば、缶コーヒーを出すことが多いと思うが、缶のジュースにすることで、思春期と大人との間の年齢であることが伝わってくる。

 

歌詞の一つひとつに唸ってしまうのだ。このような思春期の感情描写や片思いの情景描写を一つひとつ丁寧に表現する楽曲は、今までの赤い公園には少なかった。

 

石野理子が加入したことで生まれた新しい赤い公園の魅力にも思えた。『夜の公園』は去年行われたツアーで披露した時から特に光る部分がある新曲だったし、『ビバラオンライン』でドラムセットの側に座った理子が、ギターを弾く米咲を見つめながら歌う姿も印象的だった。

 

まだまだ色々と思い出してしまうし、曲を聴けば新しい発見がある。

 

これからもきっかけがあれば、忘れていたことを思い出したり新しい気づきがあるはずだ。再生ボタンを押せば、赤い公園の音楽も津野米咲のギターの音も聴こえるのだから。

 

1年後にはまた違うことを思い出すかもしれない。5年後、10年後、20年後と時が経つことによって、今まで気づかなかった新しい発見や感情が生まれるかもしれない。

 

津野米咲の才能はまだまだ計り知れない。それを知るためにも、伝えるためにも、消さないためにも、自分は赤い公園のファンとして、津野米咲の音楽に支えられた人間として、できる限り長生きしなければと思う。

 

だから今後も赤い公園について語ることはあるだろうし、またこうして文章にすると思う。

 

赤いベンチに刻まれた「赤い公園」の文字は消えないし、赤い公園の音楽や津野米咲が存在した事実や証は消さない。

 

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