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【レビュー・感想】くるり『天才の愛』は大好きだし名盤だと思うけれど『野球』だけは苦手

天才の愛は名盤

 

くるりのアルバム『天才の愛』の中に、苦手な曲が1つだけある。

 

アルバムを批判したいのではない。むしろ賞賛したい。最高の名盤だと思う。改めて「すごいぞ、くるり」と思う作品だ。

 

徹底的なこだわりを感じる音色。それが繊細に積み上げられて、重なりあって、一つの曲になっていく。その曲たちがアルバムとしてまとまることで、一つの作品になり完成する。

 

1曲目の『I LOVE YOU』からして最高だ。『Baby I Love You』のような甘いラブソングかと思いきや全然違う。

 

I Love You

I Love You

  • くるり
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〈やれそうで むりそうな仕事ばっかり やれそうで むりそうな やつらばっかり〉というフレーズから始まる棘のある歌詞。

 

『GUILTY』の〈いっそ悪いことやって つかまってしまおうかな〉という最初のフレーズを聞いて、ゾクゾクしたことを思い出した。いつの時代もくるりはゾクゾクさせてくれる。すごいぞ、くるり。

 

『潮風のアリア』も大好きだ。ミドルテンポでうねるようなビート。そこに歪んだギターやゴリゴリなベースが重なる。そんな演奏と編曲に痺れる。

 

『大阪万博』から『less than love』までの、実験的な曲が続く流れも素晴らしい。

 

大阪万博

大阪万博

  • くるり
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複雑で刺激的で先の読めない展開をする楽曲たち。何度聴いても新しい発見がある。それにも痺れる。やはり、すごいぞ、くるり。

 

しかしくるりはひねくれているだけではない。真っ直ぐで純粋な楽曲もある。

 

『渚』の美しいメロディと優しい歌と演奏は、すっと胸に沁み入る。『コトコトことでん (feat.畳野彩加)』も聴いていて心地よい。

 

コトコトことでん (feat. 畳野彩加)

コトコトことでん (feat. 畳野彩加)

  • くるり
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様々なタイプの楽曲が収録されている。しかもクオリティが高い楽曲ばかり。くるりだからこその個性や魅力も、当然ながら感じる。それらが一つの作品になることで、素晴らしいアルバムになっている。

 

しかし苦手な曲が1つだけある。それは『野球』という曲だ。

 

野球

野球

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野球が苦手な理由

 

苦手ではあるが嫌いではない。悪い曲だとは思わない。

 

演奏はカッコいいし聴いていてテンションも上がる。いつかコロナ禍が落ち着いたら、CDと同じようにライブで「オイ!」と叫びたい。このようなユーモアと勢いがある楽曲も、くるりのアルバムには必要だ。

 

しかし苦手なのだ。アルバムは最初から最後まで通して聴きたいタイプなので『野球』も飛ばさずに聴くわけだが、この曲の時だけ複雑な気持ちになる。

 

その理由はわかっている。自分が野球に詳しくないからだ。

 

どれほど野球に無知かというと〈ギータ かっ飛ばせよ バースかっ飛ばせよ〉という最初の歌詞から意味がわからないほどだ。初聴ではギターとベースだと聴き間違えた。かっ飛ばさずに弾いてくれと思った。

 

どうやらギータとバースは野球選手の名前らしい。それは理解できた。

 

この曲には野球選手の名前が次々と出てくる。だから歌詞を理解するには、野球選手の知識が必要だ。

 

だから野球ファンにとっては、最高の歌詞に思うのだろう。この曲は岸田繁による野球へのラブソング。それに野球ファンは共感し感動するのだろうか。

 

しかし自分は野球選手の名前もチンプンカンプン。流石にダルビッシュやイチロー、松坂などはわかるが、歌詞に出てくるほとんどの名前がわからない。

 

チョーさんと言われてもいかりや長介しか思い浮かばない。そんな自分は頭がパー。「マー君かっこいいぜ」と言われたら「くるりのベーシスト佐藤征史さんですか?」と思ってしまう。たしかにマー君のベースはかっこいい。

 

『野球』は自分のための曲ではない。それを少し寂しく思う。もちろん楽曲に罪はない。自分の知識不足や感情が原因だ。それでも置いてけぼりな気分になってしまう。それが苦手に感じる理由の一つである。

 

しかし苦手に感じる1番の理由は他にある。それは自分の子ども時代に、野球というスポーツから感じたことが関係している。

 

 

名探偵コナンと金田一少年

 

 野球自体が嫌いなわけではない。「野球部が優遇されること」と「テレビの野球中継による犠牲の発生」が好きではないのだ。それによって野球に対して苦手意識を持ってしまったのだ。

 

自分の高校は甲子園の予選に、休日返上で全校生徒が応援に行かされた。いつも予選で敗退するのに。

 

予選1回戦で敗退する野球部は全校生徒で応援するが、全国大会出場の吹奏楽部を全校生徒が応援に行くことはない。他の部活と比べて、明らかに野球部が優遇されている。特に文化系の部活はカースト下位に感じた。

 

野球部で頑張る選手に罪はない。マネージャーにも顧問にも罪はない。野球が好きな人にも罪はない。ただ野球部が優遇される状態と、それが当然のように受け入れられている状態には、違和感を覚えてしまう。

 

思い返すとテレビの野球中継も、苦手意識を生んだ元凶の1つだ。

 

自分は名探偵コナンと金田一少年の事件簿が好きだった。自分が小学生だった頃、月曜日の19時からこの2本のアニメが放送されていた。それが毎週の楽しみだった。

 

しかし頻繁に野球中継のために放送が中止になっていた。野球のために他のテレビ番組が犠牲になっていたのだ。視聴率が取れるからだろうか、野球中継が優遇されていたのである。

 

自分は野球中継よりも殺人事件が見たかった。「今日はどんな殺され方をするんだろう♪」とワクワクしながらコナンや金田一を見るのが楽しみだったのに。

 

もちろんこれも野球に罪はない。選手や監督やファンにも罪はない。ただ野球中継が優遇される状態と、それが当然のように受け入れられている状態には、違和感を覚えていた。自分の大好きなものを奪う存在が、野球中継だと思っていた。

 

しかし今では自分も大人だ。丸くなった。高校時代の怒りも許せるようになり、小学生時代の悲しみも癒えた。野球に対しての嫌悪感もなくなった。様々な事情で野球が優遇されていたことも理解できる。

 

たまにテレビで放送されていれば観ることもある。たしかに「ダルビッシュかっこいいぜ」とは思う。そこは岸田繁に共感だ。

 

それでも野球が好きになったわけではない。そもそも根っからの文系である自分は、スポーツ全般に興味が薄い。オリンピックのために音楽やエンタメが蔑ろにされる世の中には腹が立っている。常にスポーツが優遇されるのかと。スポーツも芸術もエンタメも平等に大切なのに、平等にはならないのかと。

 

なぜに外国から多くの選手を迎え入れるオリンピックが開催可能で、その後に行うフジロックが日本のアーティストだけで開催しなければならないのか。

 

テレビで野球中継を観れば観客の歓声が聞こえる。しかし音楽のライブからは歓声も歌声も消えた。それは何故なのか。

 

様々な事情や理由があることは承知している。それでも納得いかない部分もある。

 

くるり『野球』は良い曲だと思う。自分のための音楽ではないかもしれないが、この曲を聴いて喜んだ人や感動した人がたくさんいる。だから価値のある曲だ。

 

苦手に思ってしまうことは、ひねくれた自分の感情の問題だ。音楽にもバンドにも罪はない。

 

しかしひねくれ者の自分も、演奏は最高だとは思う。曲自体はカッコイイのだ。ライブで聴いたら、きっと苦手意識も消滅し好きになる。

 

特にトランペットの演奏が素晴らしい。脱退前にファンファンが最高の仕事をしてくれた。ファンファンかっこいいぜ。ファンファンありがとう。かっ飛ばせファンファン。

 

でもやはり今でも思う。

 

野球部の予選より吹奏楽部の全国大会を応援したかったし、野球中継よりも殺人事件を観たかった。

 

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