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【ライブレポ・セットリスト】くるりオフィシャルサポーターズクラブ「純情息子」会員限定イベント at 恵比寿リキッドルーム 2024年3月12日(火)

「拍手が温かいですね。ありがとうございます」と、ステージに登場して真っ先に話す岸田繁。たしかに観客の反応からは「熱気」ではなく「温かさ」を感じる。ライブへの期待から感情が昂っているのではなく、穏やかな気持ちで音楽が鳴るのを待っているような状態だ。

それはくるりのファンクラブ『純情息子』の会員限定ライブで、コアなファンが集まっているからこその独特な空気かもしれない。バンドもいつもよりリラックスしているようだ。ステージに立つメンバーは、いつにも増して穏やかに見える。

 

そんな空気の中で演奏された1曲目は『グッドモーニング』。岸田繁のアコースティックギターと野崎泰弘のピアノの音色が印象的なアレンジで演奏されている。その音色は観客の拍手と同様に温かい。

今回のライブはファンクラブ会員限定ということで、事前にファンから聴きたい曲のアンケートを取っていた。そのため普段のライブで演奏されることが少ない曲ばかりセットリストに入っている。1曲目の『グッドモーニング』も滅多に演奏されない楽曲だ。

2曲目の『五月の海』なんて、調べたところライブでの披露は16年ぶりらしい。こちらもアコースティックギターの音色が印象的な温かな演奏で届けられたが、アウトロではジャムセッションのように演奏が展開していく。久々の曲もライブ限定の特別なアレンジで届ける。そんなハイレベルな演奏で「すごいぞ、くるり」と思わせてくれるのは、いつもライブと変わらない。

岸田がエレキギターに持ち替えると、穏やかな空気はガラッと変わり熱気に満ちる。次に演奏されたのは『ノッチ5555』。やはりレア曲で14年ぶりの披露だ。疾走感ある演奏と叫ぶように歌う岸田のボーカルに、自然とテンションが上がってしまう。

フェスで代表曲が演奏された時のような歓声が『水中モーター』で上がったのも、ファンクラブ限定ライブだからだろう。2番のAメロでは手拍子まで巻き起こっていた。Aメロは野崎がエフェクトのかかったボーカルで歌い、サビは佐藤征史が素の声色で歌うアレンジだ。

台詞パートの〈君の背中にヒトデがついてるよ このままじゃ ヒトデ形に日焼けしちまうぜ〉という部分は岸田が過剰に渋い表現で言っていた。原曲は可愛らしい子どもの声なのに。

 

しかし観客の心にぶっ刺さったようで、くるりのライブにしては珍しく黄色い歓声をあげているファンもいた。

その勢いのまま『junbo』を続けると、観客のボルテージは一気に最高潮に。なぜかこの曲だけカーディガンを羽織って佐藤が歌い、岸田はギターを弾きながら踊り、小さなホイッスルを時折吹いていた。紫や緑の妖艶な照明とシュールなパフォーマンスのギャップが目に焼き付く。

〈Feel So Nice なあなたが好きだから〉という歌詞を佐藤が歌った時、これまたくるりのライブにしては珍しく黄色い歓声をあげているファンもいた。

「今日は純情息子だけのライブですので、5曲連続でヒット曲ばかり演奏しました」と話す岸田。むしろ真逆の選曲だ。観客のクスクス笑いと歓声が混じり合う。

 

佐藤「何が演奏されても文句言わないでくださいね。今回の演奏曲を選んだのはあなたたちですからね!」
岸田「純情息子の人たちは物好きばかりですよね。俺らが存在を忘れてる曲ばかり選んで。五月の海とか何月の海だったかも忘れてたし」


今回のライブはファンクラブ会員のリクエストに応えてセットリストが組まれている。それが予想以上にマニアックだったようだ。

その後に『葬送のフリーレン』で今回のライブ内容を例えていたが、自分は観ていなアニメだったので、何を言っているのか理解できなかった。早く観なければ。「すみませんね。フローレンはガチ勢なので」と嬉しそうに語る岸田。

 

岸田「美味しい物を食べに行こうと思ったら焼肉やステーキを食べるでしょ?でも今日は熊肉のしゃぶしゃぶです。ばらの花とか上海蟹とかハイウェイとかじゃなくて、今日はそんな曲ばかりです」
観客「ふぉーーーー!!!!」


上海蟹よりも熊肉を求めて喜ぶ腹ペコな観客。続いて演奏されたのもアルバムリード曲ながら滅多に演奏されない『魂のゆくえ』。やはり熊肉を求めるマニアック好きな観客は歓声をあげる。原曲の雰囲気を活かしつつも、松本大樹のエレキギターのカッティングが軽快なノリを生み出すアレンジになっている。

こちらも超絶レア曲の『真昼の人気』は、岸田のアコースティックギターと松本のマンドリンによって、原曲以上に優しく温かな印象になったアレンジで届けられた。心地よい演奏を観客は穏やかに聴いている。

そんな心地よい空気は『京都の大学生』で熱気に変わった。イントロが鳴った瞬間に歓声があがり、岸田はハンドマイクで独特な動きをしながら歌う。観客の盛り上がりも良い感じだ。そもそも大盛り上がりするタイプの曲ではないが、この曲で盛り上がるのがファンクラブたる所以だろう。

ここでサポートメンバーが袖へはけていき、岸田と佐藤だけがステージに残った。「おじさんなので座ります」と岸田が言って、椅子に座る2人。どうやら2人だけで数曲演奏するようだ。

 

岸田「そのベース白く禿げてるね」
佐藤「大学生の頃にローンで買ったんですよ。あなたがチェリーサンバーストのレスポールを買った時に。それまで安い楽器しか触ってこなかったから、良い楽器の音を身近で聴いて、こっちが音で負けると思って安い楽器じゃダメだと思ったんです」
岸田「隣の家が建て直したら自分の家も建て直すタイプてすか?」
佐藤「そんなことはないです(笑)音の釣り合いのためというか。クリストファーとやってた時はフレベだったけど、他の人との時はジャズベを基本使うんです。その方が音が釣り合うから。そんな理由と同じ感じでローン組んで買ったんです」
岸田「夏はヘーベルハウスに住んで冬はタマホームに住むみたいな?」
佐藤「どちらかと言うと夏がタマホームですね」
岸田「CMでタマホーーーム!って叫んでるもんな。あれは夏やね」


シュールな雑談を繰り広げる岸田と佐藤。2人だけになると話に花が咲くのだろうか。2人のトークはまだまだ続く。

 

岸田「2人だけだとB'z'みたいやな」
佐藤「どちらかと言うとゆずじゃないですか?」
岸田「俺らは『冬色』って曲でも作って歌おうか?」
観客「wwwwww」
岸田「くるりとゆずは同い年なんですよ」
観客「ええええええ!!!」
佐藤「それはどういう意味のえーですか(笑)」
岸田「アジカンのゴッチも同い年やで」
観客「ああー」
岸田「エルレの細美さんはけっこう年上やで」
観客「えええwwwwww」
岸田「10-FEETのTAKUMAくんは1歳年上や」
観客「へええ」


観客の反応的に、ゆずと細美武士の年齢に衝撃を受けているようだ。

 

岸田「昔ゆずと対バンしたことあるんですよ。たぶん平仮名だからブッキングされた」
観客「wwwwww」
岸田「セロハンってバンドも一緒のスリーマンだったけど、お客さんの全員がゆずっこ。ちょうど夏色が売れ始めた頃で。そこで最初にやったのが『尼崎の魚』。選曲もブッキングもミスですね」


このライブが行われたのは1998年らしい。かなり面白い組み合わせなので行ってみたかった。

次に演奏されたのはゆずとの対バンでも演奏されていたかもしれない、初期の名曲『坂道』。もう生で聴くことができないと多くの人が思っていたであろう、超絶レア曲だ。

2人だけのミニマムな演奏だからメロディや歌詞の良さがダイレクトに伝わってくるし、使われるコードの音色の美しさも際立っている。メロディアスな楽曲だから2人だけの演奏がベストマッチしていた。

 

くるりは歌モノがなくって、だいたいがワーッと叫んで演奏する感じだったから、初めて作った歌モノが『坂道』だったんです。

でも1番最初のデモは途中からスカになるアレンジでした。当時のディレクターに「これはあかん」と怒られたんで直しました。


『坂道』の裏話を話す岸田。途中からカオスなアレンジになるのはくるりらしいが、この曲についてはスカにならなくて良かったと思う。

「俺らは大好きな曲だけど、リリースの方法やタイミングが少し可哀想だった曲」と岸田が話してから始まったのは『キャメル』。こちらも2人だけの優しいサウンドで届けられた。

ここでドラムの石若駿を呼び、今度は三人で『Brose&Butter』が演奏された。「ヨーロピアンな雰囲気の曲」と言っていた通りに、サウンドはオシャレで叙情的。石若の繊細に様々なリスマムパターンを叩くドラムの凄みが、特に伝わってくる演奏だった。

野崎と松本も登場し『雨上がり』から五人の演奏が再開。岸田はギターを、松本はマンドリンを弾いていることもあり、温かみのあるサウンドだ。

そこから『ハム食べたい』へと続く。ミドルテンポながらも気持ちが高揚するのは、その演奏が先程までとは打って変わって重厚なロックサウンドを鳴らされているからだ。メンバーの熱量も自然と上がっているようで、岸田は後半を叫ぶように歌っていた。

続く『犬とベイビー』もそうだ。こちらもミドルテンポながらも耳と身体と心に響くゴリゴリのロック。やはり岸田は叫んでいるし「ロックチームくるりはすごいぞ」ということを伝えるかのような演奏だ。

会場の熱気はどんどん高まっていく。こちらも超絶レア曲『BLUE NAKED BLUE』は岸田と佐藤はツインボーカルで歌い、観客はフロアで踊っていた。

この楽曲では台詞のパートがあるが、袖から謎の中年男性が登場しパンチのある声で台詞を言っていた。観客は「この人は誰だ?」と思いつつ「CDと同じ声か?」と動揺しながら歓声をあげる。後のMCで明かされるが、彼は長年バンドを支えているスタッフでCDで台詞を言う男性と同一人物らしい。

会場の盛り上がりのピークは『マーチ』だった。なんせイントロが鳴った瞬間にこの日一番の大歓声が巻き起こったのだから。岸田は常に叫ぶように歌っているし、バンドの演奏も衝動的で疾走感がある。季節的にも三月のライブにピッタリの楽曲だ。

まるでライブが終わったかのような盛り上がりの余韻が残る会場。「今回のライブはアコースティックのトーク長めのゆるっとしたライブにしようかとも思ってたけど、ガッツリ本気のライブをしました(笑)」と話す岸田。メンバーもやり切った表情をしている。会場の全員が余韻に浸っているようだ。

だがライブはまだ終わらない。最新のくるりもすごいのに、最新曲を披露していないのだから。「リクエストには入っていないですが、最近の曲もやろうと思います」と岸田が言ってから演奏されたのは、最新アルバム収録の『California Coconuts』。ゆったりと始まりだんだんと盛り上がっていき、壮大な音楽へと変化していく。このシンプルなロックをやりつつも構成やサウンドが綿密なのが、今のくるりの魅力とも感じる。

「純情息子に加入してくださりありがとうございます」と丁寧に感謝を告げて頭を下げる岸田。ひねくれたバンドではあるが、ファンへの想いは真っ直ぐなのだろう。

演奏されたのは『In Your Life』。こちらも最新アルバムの収録曲だ。ミドルテンポの心地よいロックサウンドで、今のくるりの魅力をしっかりと伝える。この楽曲はドライブをテーマにし ているが〈あの場所へ向かえば あの痺れるような出会いを 思い出せるかな〉という歌詞を聴くと、まるでライブハウスのことを歌っているのではと思えてくる。

温かな空気で本編を終えたが、アンコールも同じように温かくて優しい始まり方だった。

岸田だけがステージに再登場し、キーボードに座ると「リクエストの中でやっていない曲があったのでやります。僕はピアノはほとんど弾けないです。だから間違えたらごめんなさい」と言ってから演奏された『カレーの歌』は、とても温かくて優しい演奏だった。

ピアノの弾き語りによる拙い演奏だが、音源も素朴な弾き語りなので、ライブだとより生々しさが感じられて良い。ピアノの最後の一音を全く違う鍵盤を押して間違えていたが、それ以外はミスはなく「ほとんど弾けない」という言葉が嘘のような演奏だった。そもそも照れ隠しでわざと間違えたように見える。演奏後の観客の笑い声と拍手も優しくて温かかった。

メンバー全員が出てきて「あまりライブでやっていなかったので、今日はやろうと思います」と岸田が話してから、最後に『ポケットの中』が演奏された。最近の曲ではあるが、たしかにライブで数回しか演奏されていない。音源は心地よい音色だったが、ライブだと演奏が力強い。アウトロでは音源よりも長尺にアレンジされていて、なかなかにロックな演奏だ。

演奏を終えると「この後ダブルアンコールがありますよ」といった空気を醸し出しながら、そそくさと袖へ戻るメンバー。普段はダブルアンコールなど滅多にやらないのに。観客も空気を察してダブルアンコールを求めて拍手をする。

それち応えて再登場した岸田と佐藤。「いかにもダブルアンコールをやる感じで終わってすみません」と岸田は謝っていた。

真っ先にグッズ紹介をする2人。だが「天下一品よりもドロドロなラーメンと同じ色のタオル」「2人がベロベロに酔っ払った時の写真を貼り付けたマグカップ」「佐藤家の家族が自宅で着ているパーカー。その服装で外にも行くからアピールしてるみたいで恥ずかしい」と、売り文句としては微妙な紹介をする2人。

グッズ紹介を終えると野崎を呼び「カバーをやります」と告げる岸田。披露されたのはCHAGE and ASKA『くるみを割れた日』。だが歌ったのは野崎で、岸田はコーラスとギターに徹していた。岸田の声質が曲と合っていなかったが、野崎の声は楽曲とマッチしていたから選任されたそうだ。サポートメンバーがボーカルを務めるのもファンクラブイベントだからだろう。

野崎は予想を超えるほどに歌が上手く、少しだけ歌唱法もASKAに似ている。アコースティックな演奏によって、メロディや歌詞の魅力が初聴でもしっかりとわかる。カバーを名演で披露することで、名曲の存在や魅力を伝えることに成功していた。

演奏を終えて「ダブルアンコールでやることではないな(笑)」と笑う岸田。たしかに名演だったとしても、カバー曲かつサポートメンバーのボーカル曲で締めるのは、少しだけ違う。

改めて残りのメンバーを呼び込み「皆さんのご多幸を祈って、この曲で締めたいと思います」と岸田が告げて、最後に『ロックンロール』が演奏された。ライブの最後に相応しい、盛り上がること確実の楽曲だ。

ここまでレア曲ばかり披露されてきたが『ロックンロール』はライブ定番曲だ。ひねくれた選曲のセットリストの最後が定番曲だと、そのギャップでいつも以上にグッとくる。音源よりもずっと長いアウトロでは、岸田と松本が前方に出てきてひたすらにギターを掻き鳴らす。観客は腕を上げたりと熱量を身体で表現する。

観客の温かな拍手から始まったファンクラブ限定ライブは、最終的に観客の熱のこもった拍手によって締められた。セットリストが王道でもマニアックでも、ライトファンも多い環境でもコアなファンだらけの観客でも、結局はいつも「すごいぞ、くるり」と誰もが思ってしまう。いつでもどこでも、くるりは最高なライブをやってくれるのだ。

カレーの香りは優しくて小さくて忘れてしまいそうだけど、この日のくるりのライブは目にも耳にも焼き付いているから、これからもきっと忘れない。

 

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くるりオフィシャルサポーターズクラブ「純情息子」会員限定イベント at 恵比寿リキッドルーム 2024年3月12日(火) セットリスト

1.グッドモーニング

2五月の海

3.ノッチ5555

4.水中モーター

5.junbo

6.魂のゆくえ

7.真昼の人魚

8.京都の大学生

9.坂道

10.キャメル

11.Brose&Butter

12.雨上がり

13.ハム食べたい

14.犬とベイビー

15.BLUE NAKED BLUE

16.マーチ

17.California Coconuts

18.In Your Life

 

アンコール

19.カレーの歌

20.ポケットの中

 

ダブルアンコール

21.くるみを割れた日 ※CHAGE and ASKAカバー

22.ロックンロール