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【レビュー・感想】ずっと真夜中でいいのに。『ぐされ』が他の「夜行性」と違う部分について

ずとまよをYOASOBIやヨルシカと一緒にできない

 

YOASOBIとヨルシカとずっと真夜中でいいのに。(ずとまよ)この3組をメディアは「夜行性アーティスト」とまとめて紹介することが多い。

 

そういえば20年ほど前は、斉藤和義と山崎まさよしと中村一義を「3よし」とまとめて紹介されていた。時代は繰り返す。

 

しかしだ。ずとまよをYOASOBIとヨルシカと一緒にしないで欲しいと思う。

 

それはずとまよと比べて他の2組が劣っていると言いたいわけではない。音楽の方向性や登場した文脈がずとまよだけ違うので、セットにして話題にするべきではないと思うのだ。

 

YOASOBIやヨルシカはボカロPがコンポーザーになり、新しいポップスの形を作るプロジェクトに感じる。クオリティは高いしコンセプトも個性的で隙がない。

 

しかし作り手のパーソナルな部分が反映された音楽には、あまり感じないのだ。

 

コンポーザーがいて歌手がいるという、YOASOBIやヨルシカの音楽は、職業作家が多かった昭和中期の方法に似ていて、そこに現代の価値観を反映させて音楽を作っているように感じる。そのコンセプトが面白い。

 

それに対してずとまよは「シンガーソングライターACAね音楽プロジェクト」に感じる。編曲は他者が行なっていることが多いが、作詞作曲は基本的にACAね。歌い手が作詞作曲に関わることがない他の2組とはそこが違う。

 

そのためか、ずとまよの音楽からは泥臭さや生々しさを感じる。ソロプロジェクトでありながらも、バンドの音楽に聴こえるのだ。

 

ずとまよの音楽性

 

YOASOBIやヨルシカは楽曲が主役であり、楽曲の世界観を最大限に表現するための編曲や歌唱、演奏をしているようだ。そのため音楽にコンポーザーや歌い手のパーソナルな部分は反映させていないと感じる。

 

ずとまよは「ACAねの圧倒的な歌唱力」と「バンドメンバーのハイレベルな演奏力」があることを前提としていて、それらを生かす楽曲を制作しているように感じる。

 

また物語を綴るように楽曲のコンセプトや世界観を構築するというよりも、ACAねの思想や感情を歌詞にしたり、彼女のセンスによって出てきた言葉を歌詞にしているようだ。

 

それらはYOASOBIやヨルシカとは、楽曲の制作方法が真逆に思う。

 

ACAねの音域の広さや表現力の高さ、リズム感の良さを生かした楽曲。テクニカルで全ての楽器が耳に残るフレーズを弾いている演奏。

 

楽曲も素晴らしいのだが、それ以上に歌と演奏に凄みを感じる。

 

その傾向は最新アルバム『ぐされ』でさらに強まった。前作『潜潜話』よりも、そんな個性が濃厚になっている。

 

前作『潜潜話』はサビで叫んだりメロディが真っ直ぐでキャッチーだったりと、「わかりやすやすく盛り上げる展開」が多い。

 

そんなJ-POPや邦ロックの王道や流行りに当て嵌めた楽曲を作りつつも、そこに「ずとまよの個性」を反映させて音楽にしていた。

 

代表曲の『秒針を噛む』は、まさにそのような楽曲だ。

 

秒針を噛む

秒針を噛む

  • ずっと真夜中でいいのに。
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

それが『ぐされ』ではJ-POPや邦ロックの雛形から離れている。なんでもありな楽曲ばかりになっている。

 

しかしそれによって「ずとまよの個性」がより強まり、個性的で唯一無二のアルバムになった。

 

 

『ぐされ』に圧倒させられてしまう理由

 

1曲目『胸の煙』からしても、雛形から外れた個性を感じる。

 

胸の煙

胸の煙

  • ずっと真夜中でいいのに。
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Aメロ→Bメロ→サビと続く展開は王道J-POPではあるが、目まぐるしく変化するメロディや演奏、リズムによって、聴き慣れた王道な楽曲構成なのに新鮮に感じる。

 

メロディの変化でいえば『お勉強しといてよ』や『低血ボルト』も面白い。

 

お勉強しといてよ

お勉強しといてよ

  • ずっと真夜中でいいのに。
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まるでジャズのセッションのように、オシャレで自由なセッション。そんな演奏のリズムに言葉を当てはめるようにACAねが歌う。

 

歌に合わせて演奏するのではなく、演奏に合わせた歌唱をしているのだ。それでも彼女の技術や個性がぶっ飛んだ凄さなので、演奏に負けない歌唱が出来ている。

 

ACAねキャッチーなメロディを描くセンスがある上に、自身のリズム感を生かした曲を作るのだ。そのため「キャッチーな歌なのにマニアックにも聴こえる」という不思議な音楽になる。

 

そんな不思議な音楽をクールに彩るのがバンドの演奏である。

 

特に『暗く黒く』のようなプログレのように複雑で大胆な変化をする楽曲だと、演奏の凄みが伝わりやすい。

 

暗く黒く

暗く黒く

  • ずっと真夜中でいいのに。
  • ロック
  • ¥255
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J-POPは音を重ねて彩ったりAメロやBメロなど歌の展開に段丘をつけることで、楽曲内で変化を出して盛り上げる。YOASOBIやヨルシカもそのような曲が多い。

 

しかしずとまよは歌の展開というよりも、演奏やリズムの展開によって楽曲内で変化を出す。それなのにメロディがキャッチーだからマニアックな音楽にならず、J-POPとして成立している。

 

また音色や編曲も普通のJ-POPとは少しだけ違う。

 

ずとまよの曲でもピアノやギター、ストリングスも使われていて、それが印象的な曲もあるが、それ以上にドラムやベースなどビートが印象的で前面に出ている曲が多いのだ。

 

『勘ぐれい』『機械油』『奥底に眠るルーツ』などは音を重ねて楽曲を彩るのではなく、ベースやドラムのビートが目立つ演奏になっている。

 

某有名音楽評論家もずとまよのビートならば、世間で許容されていることにも納得することだろう。

 

機械油

機械油

  • ずっと真夜中でいいのに。
  • ロック
  • ¥255
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それはダンスミュージックの作りに近いが、それを人力のバンドサウンドで行なっている。

 

それをJ-POPや邦ロックにカテゴライズされるアーティストが行うことは珍しい。しかもしっかりと「ずとまよとしての個性」を加えている。

 

大袈裟かもしれないが、ずとまよの音楽はJ-POPシーンに新しい価値観を作り出そうとしていると感じた。

 

それでいて『正しくなれない』のような真っ直ぐな王道であり高いクオリティの良曲も収録されている。どんな音楽でも、ずとまよの色に染めてしまう。

 

正しくなれない

正しくなれない

  • ずっと真夜中でいいのに。
  • ロック
  • ¥255
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つまり『ぐされ』は日本の音楽シーンに新しい価値観を投げかけるだけではなく、王道の名曲まで揃えているアルバムということだ。

 

このアルバムが世間にポップスとして多くの人に受け入れられるならば、2021年はずとまよが日本の音楽シーンの中心になる予感がするし、ずとまよの活躍によって何かが変わる予感もする。

 

ずっと真夜中でいいのに。が日本の音楽シーンに大きな爪痕を残すための準備は、具されたのではないだろうか。

 

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