2020-05-26 【レビュー】藤井風は1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』で斬新な音を作ったわけではない レビュー 藤井風 新しいことをやっているわけではない 藤井風がさらに売れそうな予感がする。 YouTubeに投稿したカバー動画が人気になりCDデビュー前から知る人ぞ知る存在だったし、CDを出す前からオールナイトニッポンのパーソナリティを務めていた。1stシングル『何なんw』はリリース時からラジオで頻繁に流れていた。 しかしまだまだ人気が拡大する予感がするのだ。 注目度が高い中、藤井風が1stアルバムをリリースした。タイトルは『HELP EVER HURT NEVER』。 アルバムは素晴らしかった。今後日本を代表するアーティストになることを期待してしまうような魅力とインパクトがある。 しかし新しいことをやっているようには思わない。 むしろ根っこにあるのは懐かしさすら感じる音楽だとは思う。それなのに新鮮に感じる。個性的に聴こえる。 それが不思議だ。そして、その不思議さが藤井風の個性の1つに思う。 歌謡曲的なメロディと歌詞 歌のメロディは歌謡曲を彷彿とさせる。音階が上下するメロディ。どこかで聴いたことがあるような耳馴染みのある感じ。それが心地よい。 本人が歌謡曲から影響を受けていることを公言しているので、このメロディを作ったのもそれも理由だとは思う。 風よ 藤井 風 J-Pop ¥255 provided courtesy of iTunes 歌詞も昭和歌謡的だ。 一人称には〈わし〉〈わたし〉で二人称は〈あんた〉〈あなた〉。J-POPでは定番の〈僕〉や〈君〉を使わない。これはJ-POPが登場する以前の昭和歌謡や演歌で多かった一人称と二人称である。 方言を取り入れている歌詞が多いことも特徴的である。本人が岡山出身で慣れ親しんだ方言を歌詞にしていることが理由かもしれないが、歌詞に方言があることも昭和歌謡や演歌の特徴だ。 これは歌謡曲が世間に広まった時期が関東大震災の復興の時期と重なったことが影響している。 当時は関東大震災復興により西洋の影響を受けた文化が首都圏に形成されていた。その反動として地方は観光客誘致のために、地名や方言を取り入れた歌謡曲を「ご当地ソング」として多数発表した。 その名残もあり歌謡曲は方言を使った楽曲が数十年にわたって多い傾向にある。 また歌謡曲は男性が歌手の場合でも女性目線の歌詞や女性言葉を使った歌詞が多い。特にムード歌謡には多く感じる。 ムード歌謡の歌手は女性よりも男性が多かった。歌詞の舞台が夜であることが多く男女の関係を歌うことも多かったので、歌の世界観を表現するために男性が女性目線で歌うことも多かったのだろう。 藤井風の曲は女性言葉を使った曲が多い。 例えば『もうええわ』では〈〜わ〉という語尾を使い『キリがないから』では〈〜なの〉〈〜わ〉を語尾に使っている。『罪の香り』では〈〜の〉〈〜のよ〉を語尾に使っている。 罪の香り 藤井 風 J-Pop ¥255 provided courtesy of iTunes 藤井風はメロディにも歌詞にも昭和歌謡を感じる部分が多いのだ。過去の使われることが少なくなった手法や価値観を取り入れて作品を作っているのだ。 メロディや歌詞以外からも歌謡曲の影響は感じる。 『罪の香り』ではラテンやジャズのリズムやサウンドを取り入れているが、それはムード歌謡がベースにしている音楽ジャンルだ。 しかし聴いていて新しい音楽を聴いているような気持ちになる。それはあえて古い音楽を取り入れたことが珍しく新鮮に感じるのかもしれないが、それだけが理由ではない。 異質な音楽を組み合わせて違和感なく成立している 『キリがないから』や『死ぬのがいいわ』も歌謡曲的なメロディではあるが、演奏には「トラップビート」を取り入れている。 キリがないから 藤井 風 J-Pop ¥255 provided courtesy of iTunes トラップビートはヒップホップなどクラブミュージックに取り入れられているビートだ。 電子音を取り入れビートを構築し、重低音を強調スネアが高速で鳴っていることが特徴のビートである。またゆったりとしたリズムで音の隙間が多いことも特徴の1つだ。 2チェインズやワカ・フロッカ・フレイムのヒットによって、今もヒップホップを中心に多くの楽曲に使われるビートである。日本でもKOHHやLick-Gが取り入れて楽曲制作をしている。 Hard In da Paint ワカ・フロッカ・フレイム ヒップホップ/ラップ ¥255 provided courtesy of iTunes トラップビートと歌謡曲のメロディを組み合わせたアーティストを自分は他に知らない。もしかしたら藤井風が初めて行ったことかもしれない。 藤井風は斬新な新しい音楽を発明したわけではないが、既存のものを組み合わせることで新しく聴こえる音楽を作っているのだ。 他の曲も「組み合わせ」によって新しい音楽に聴こえてくる。 もうええわ 藤井 風 J-Pop ¥255 provided courtesy of iTunes 例えば『もうええわ』ではノイズのような音が序盤に聴こえる。 ArizonaZervas『ROXANNE』やSurf Mesa『ily(i love you baby)feat.Emee』など海外で最近流行った楽曲でもこのようなノイズ音を序盤に取り入れられている。しかし藤井風のメロディは歌謡曲。流行りも取り入れながら日本独自の音楽を組み合わせることも面白い。 藤井風はファンクやR&Bなどブラックミュージックのリズムを取り入れることが多い。それは日本のトレンドにも近い音楽性である。 Official髭男dismはブラックミュージックのリズムを取り入れてJ-POPに昇華してヒットした。今までのJ-POPは派手な音色や音を重ねて豪華にすることでメロディを引き立ててキャッチーな音楽にしていた。 それを髭男が「リズム」によってメロディを引き立てる手法を生み出し、新しいJ-POPの定番の形を作った。その新しさがリスナーの心を掴んでヒットにつながったのだと思う。『宿命』はそれが顕著に現れている。 宿命 Official髭男dism J-Pop ¥255 provided courtesy of iTunes 藤井風も音を重ねたり派手にすることでメロディを引き立てるのではなく、リズムによってメロディや歌の良さを引き立てている。その部分は髭男と近い。 しかし藤井風は歌謡曲のメロディだ。それは今までになかった。これも新しい組み合わせである。 今まで誰も聴いたことがない音楽を作ったわけではない。その変わり既存の聴き慣れたものやトレンドを取り入れて制作している。組み合わせの新しさによって「聴いたことがある気がするけど新しい」という不思議で個性的な音楽を作り上げのだ。 こんなすごいアルバムを一枚目で作ってしまう藤井風って、何なんw ↓関連記事↓ HELP EVER HURT NEVER(初回盤) 楽天市場 Amazon