オトニッチ

ニッチな音楽情報と捻くれて共感されない音楽コラムと音楽エッセイ

【レビュー】ユニコーンが歌うことを止め代わりにAIに歌わせたEP『ええ愛のメモリ』

ユニコーンというバンドは、本当にイカれている。それと同時に、本当にイカしている。

 

そんなことを配信リリースされたEP『ええ愛のメモリ』を聴いて思った。

 

ええ愛のメモリ

ええ愛のメモリ

  • Sony Music Labels Inc.
Amazon

 

このEPでメンバーは歌っていない。かと言ってゲストボーカルを招いたわけでもない。AIに若い頃のメンバーの歌声を学習させ、AIに歌わせたのだ。日本のメジャー音楽シーンで、AIに代わりに歌わせるバンドが出てきたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

AIは脅威だ。「生成AIがクリエイターやアーティストの仕事を奪うのでは?」と危惧され、最近は問題視され議論が行われている。AIを利用すれば作曲家に依頼するより安く音楽を作れるし、イラストレーターよりも早く絵を書いてもらえる。素人目には人間のプロが作ったものと遜色がないと感じるほどに、今のAIはレベルが高い。

 

ユニコーンはそんな脅威に怯えたり戦うのではなく、面白がりながら利用してしまった。しかも作品内容は「メンバーが若手の頃の歌声を学習したAI」に歌わせるという、AIを使わなければ制作が不可能なコンセプトだ。これはAIによって音楽性の幅を広げた例だろう。

 

とはいえ作詞作曲演奏はAIではなく、実際のメンバーが行っている。それも「あの頃、作っていたような楽曲」というコンセプトの元、メンバー5人が若手時代を彷彿させる楽曲を作っているのだ。

 

例えば奥田民生が制作した『ネイビーオレンジ』。デビュー当初に歌っていたような、勢いのあるロックナンバーになっている。ここ最近の奥田民生が、作ることも歌うこともなかったタイプの楽曲だ。

 

ネイビーオレンジ(AI VOCAL)

ネイビーオレンジ(AI VOCAL)

  • ユニコーン
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

そんな楽曲は若い頃の奥田民生の声質と、相性がバッチリである。だからに若手時代の奥田民生の声質や歌唱を再現しているAIボーカルは、楽曲全体の魅力をより引き立てるほどにマッチしている。その歌声は多少の違和感を覚えるものの自然で、事前情報を得ていなければAIだとは気づかないクオリティだ。

 

そこに今のメンバーによる安定感ある演奏と、ディープパープルかと思う迫力あるサウンドが加わる。若手時代の彼らなら、もっと荒削りな演奏になっていただろうから、これは今のメンバーだからこそ生み出せる貫禄だ。つまりこれは「若い頃のユニコーン」と「今のユニコーン」のコラボレーションといえる。

 

「あの頃、作っていたような楽曲」がコンセプトだからか、メンバーはそれぞれ楽曲内容やタイトルをセルフオマージュをしているようだ。

 

『ネイビーオレンジ』は初期の代表曲『Maybe Blue』のオマージュだし、『米米夢』は『米米米』で『ロック幸せ』だ。楽曲自体もオマージュ元がハッキリとわかるような、メロディや編曲である。

 

特に自分は『WAO!』をオマージュした『OAW!』にグッときた。『WAO!』が元ネタであることが分かるような演奏になっているし、カウベルの男だったりサビのギターのライトハンド奏法など、引用したと思えるフレーズも多い。収録曲の中では最もわかりやすい引用が多いかもしれない。

 

しかしそこに新しい要素も付け加えているので『WAO!』をアップデートさせているようだ。まるでAIに「『WAO!』みたいな曲を作曲して」と指示を出したかのような楽曲である。

 

WAO!

WAO!

  • ユニコーン
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

OAW!(AI VOCAL)

OAW!(AI VOCAL)

  • ユニコーン
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

もしかしたらユニコーンは「AIが作りそうなユニコーンの楽曲」を、本人自らが作ってみたのかもしれない。「AIってこんな感じで作曲してんじゃね?」というノリで、AIになった気持ちで音楽を作ったように聴こえるのだから。つまりユニコーン自身がAIとして機能しているかのような手法で、作曲と演奏をしているのだ。

 

今までの価値観をひっくり返してしまいそうな新しい発明が生まれた時、それを脅威に感じる人は少なくない。ましてや自身の仕事や活動に直接影響されることならば、尚更だろう。

 

だがそんな新しい脅威と上手く付き合っていける人こそ、どんな業界でもトップを走り続けるのだと思う。

 

ユニコーンは「新しい脅威と上手く付き合う」どころか「新しい脅威を面白がって利用」してしまった。AIを「新しい脅威」というよりも「新しいおもちゃ」だと思っているのかもしれない。特に再結成後の彼らは真剣にふざけるかのように、音楽を楽しむバンドとして活動しているのだから。

 

自分が知る限り日本のロックバンドで、2023年時点で最もAIを有効活用しているのはユニコーンに思う。AIを活用してこれほどワクワクするコンセプトでユーモアに満ちた音楽を作ったアーティストは、他にいるのだろうか。

 

ユニコーンは確固たる地位と個性を持っているベテランバンドだ。わざわざ若手のように新しい挑戦せずとも、今まで積み上げたキャリアから生まれる安定した作品を作っていても問題ない。それでもファンは満足するし、一定のクオリティを保てる実力はあるのだから。

 

それでも他に誰もやっていないことに挑戦し、しかもメンバー自身が楽しんで制作し、より高いクオリティの作品を作ってしまうのだから、ユニコーンは恐ろしいし面白い。勢いある若手よりも尖った作風で、攻めた音楽を作っているではないか。

 

もしかしたら若いロックバンドが脅威に感じるべき相手はAIではなく、ベテランなのに攻めた姿勢で音楽を作るユニコーンのようなバンドかもしれない。

 

先輩バンドがいつまでも第一線で攻めた音楽を作っていたら、若手バンドは“大迷惑”だろう。

 

↓関連記事↓