2022-06-25 【ライブレポ・セットリスト】小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』at パシフィコ横浜国立大ホール 2022年6月3日(金) 小沢健二 ライブのレポート 自分は90年代、活発に活動していた頃の小沢健二を知らない。自分が彼の存在を認識してファンになったのは2000年代中頃だからだ。その頃には音楽活動はまともにしていなかった。だからライブを観ることができない伝説のミュージシャンだと思っていた。 それから数年後、小沢健二は音楽活動を再開した。ライブも行っていゆ。しかしなかなか機会がなくライブを観ることができず、今回のツアーでようやく小沢健二を生で観ることができた。 そんな普段のライブを観る時とは違うモチベーションも持って客席に入ったが、他のアーティストライブとは違う雰囲気を感じて不思議な気持ちになった。 おそらくステージに並んでいる楽器が理由だろう。オーケストラのコンサートと思うほどに様々な楽器が並んでいる。それに加えてドラムなどもある不思議な配置である。事前に30人編成のバンドだとは告知されていたが、それでも多くの楽器が並ぶステージを観るだけでも迫力があって刺激的だ。 まだ客席の電気が付いた状態の中、1人ずつ登場するバンドメンバー。登場した順に1人ずつ順番に演奏を始めて音を重ねていく。 鳴らされたのは『薫る(労働と学業)』のイントロだ。メンバーが増えるごとに音に厚みが加わっていく。客席の電気が着いた状態から始まるのは不思議な感覚だ。日常の空間に少しずつ音楽が溶けていき、非日常の空間になっていく様子を、ゆっくりと丁寧に見せられているような気持ちになる。 小沢健二はステージにはまだ現れていない。しかしステージ裏で演奏に合わせて登場したメンバーの担当楽器と名前を紹介していた。 メンバー紹介の合間に『運命、というかUFOに』と『アルペジオ』の台詞部分をポエトリーリーディングをしている。オープニングのメンバー紹介すらも音楽になっている。しかも音源では聴けないような独特なマッシュアップだ。 バンドメンバーが全員登場し、ようやく小沢健二もステージに姿を現す。そして今回のライブコンセプトと言えるような言葉を、演奏に合わせてポエトリーリーディングした。 2020年。COVID-19によって世界が変わってしまい、世界に亀裂が入った。しかし僕らは年を2歳とったことは全員平等である。 僕は歳をとることを好意的に捉えている。”愛すべき生まれて育ってくサークル”もそうだ。生まれて育って死ぬということは大きな輝きである。今回のライブには離脱というアイデアがある。離脱という合図で一緒に良いことからも悪いことからも離れられる。 独特で不思議な言葉で説明する小沢健二。この時点で彼の言葉の意図はわからなかった。しかしライブを見終わった時には理解ができるということだろうか。そして「では」と言うと、そのまま『流動体について』になだれ込んだ。 オープニング中の客席は、斬新な世界観に飲み込まれているような雰囲気だった。ライブへの興奮とは違う不思議な感覚になっている人が多いように見えた。 しかしこの曲が始まった瞬間、2年間待ち望んだ気持ちが爆発したかのような熱気で会場が包まれたように思う。盛大なクラップが巻き起こっていたのがその証拠だ。 そこから『飛行する君と僕のために』を続け、ライブの空気を作り上げていく。この楽曲では30名の大所帯バンドの演奏がよく映える。壮大に響く演奏に鳥肌が立った。 だがライブだからこそのアレンジもある。小沢健二が「離脱!」と言うと演奏がスローになった。面白いことに観客の動きも演奏に合わせてスローになっている。彼の一言で演奏だけでなく、空間までも操っているのだ。 そして「戻る!」と言うと元のテンポへと演奏と観客の動きが戻る。不思議な気持ちになる一体感だ。これがオープニングで「離脱という合図で一緒に良いことからも悪いことからも離れられる」と言っていた言葉の意味なのだろうか。 今度は『大人になれば』のイントロに合わせてポエトリーリーディングをする小沢健二。東京都港区を流れる「古川」についての解説を交えた内容だ。 東京のど真ん中に「古川」という川がある。コンクリートに挟まれた中で低い場所を流れている。『アルペジオ』のジャケットは麻布の古川周辺でジャケットを撮影した。首都高速道路は建物がない川の上に建てたので、古川の上にも高速道路は走っている。古川は不思議なカーブをするので、高速道路も不思議なカーブをする。 最近気づいたのだが『東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー』の「東京タワーをすぎる急カーブ」の歌詞は古川のカーブだと、30年以上経ってから気づいた。 今は古川の流れと同じように東京の車が流れていく。街ができる前から存在した古川は、今の東京を作っている。過去の中には未来が含まれている。今ある小さなことも未来が含まれているかもしれない。今起こっていることも未来の一部なのだ。 こんなポエトリーリーディングを挟んで『大人になれば』が歌われ、そのまま曲間なしで古川のことを「汚れた川」という表現触れている楽曲『アルペジオ』を続けた。 ポエトリーリーディングが、楽曲を深く理解するために手助けをする役割になっている。ライブアレンジによって、歌詞の情景が音源以上にはっきりと頭に浮かぶようになっていた。 そんな演奏は途中で原曲とは違う演奏へと変化する。そしてメドレーのように『いちょう並木のセレナーデ』が続く。まるで同じ曲かと思うように滑らかな繋がり方だ。 音源とは違う編成で壮大に演奏されていたが、観客が自然と温かな手拍子を鳴らしていたのは音源と変わらない。 そういえば『アルペジオ』には〈駒場図書館を後に 君が絵を描く原宿へ行く〉という歌詞がある。『いちょう並木のセレナーデ』の舞台は外苑のいちょう並木だ。もしかしたら曲の流れで原宿から外苑まで移動した時間の流れを表現したのかもしれない。 そして『いちょう並木のセレナーデ』は25年以上前の楽曲で『アルペジオ』は2020年の楽曲である。これも「過去の中に未来が含まれている」ことの1つなのかもしれない。 『いちょう並木のセレナーデ』が歌い終わると、再び『アルペジオ』の後半部分が演奏され歌われ、それが終わると『いちょう並木のセレナーデ』のアウトロに繋がり演奏が終わった。 これはメドレーではない。マッシュアップに近い。楽曲のマッシュアップというよりも、過去と現在のマッシュアップに感じるような、不思議な気持ちになる。 「マスクの下で歌っていても、歌っていなくても、聴こえます」と言ってから『今夜はブギーバック/あの大きな心』を披露。 大所帯のバンドメンバーによる生演奏だと音源とは違う印象が残る。そして両手を上げて下ろしたりする独特なダンスを観客と踊った『あらし』と、大所帯バンドの演奏が映える『フクロウの声が聞こえる』を壮大なサウンドで届け、観客を感動させる。 自分が今回のライブで最も感動したのは『天使たちのシーン』だ。 『フクロウの声が聞こえる』から曲間なしで自然とイントロが『天使たちのシーン』へと変化した。その瞬間に観客から拍手が贈られる。その温かな空気が心地よかった。 演出も最低限ではあるものの、楽曲の魅力を引き出すものになっている。 暗く濃い紺色にバックのスクリーンが染まったかと思えば、そこから少しずつ明るくなって水色になったり、朝焼けのようなオレンジ色になったりする。おそらく〈遠く近く星が幾つでも見えるよ〉〈太陽が次第に近づいてくる〉〈月は空けていく空に消える〉などの歌詞に合わせての演出なのだろう。そんな演出だからこそ、より感動してしまう。 ここまでは壮大なサウンドで感動させたり、しっかりと聴かせる楽曲を中心に披露された。しかし小沢健二の音楽には、テンションが自然と上がってしまう盛り上がる楽曲もある。 『ローラースケート・パーク』はまさにそのような楽曲だろう。小沢健二がギターリフをかき鳴らした瞬間から観客は手拍子をしたり腕を上げたりと喜んでいる。 この曲でも「離脱」というとテンポがゆっくりになり「戻る」というと元のテンポに戻る流れを行なった。離脱している時の小沢健二は平泳ぎをするような動きをしていた。 さらに『東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー』で盛り上げる。前半に「古川の流れと同じだと気づいた」と話していた〈東京タワーを曲がる急カーブ〉という歌詞が出てくる楽曲だ。 そこからメドレーのように『運命、というかUFOに(ドゥイ、ドゥイ) 』を畳み掛けるように続ける。これも過去の楽曲から最近の楽曲へと自然に繋がる展開だ。 そしてまるで同じ曲かのように自然な流れで繋がり『ローラースケート・パーク』が再び演奏される。やはり過去と現在は繋がっていることを、セットリストや演出で表現しているのだろう。 今回のライブで最も盛り上がっていたのは『強い気持ち・強い愛』だ。「横浜!」と叫んでからイントロが鳴った瞬間、会場全体がうねるように盛り上がっていた。会場全体が腕を上げて盛り上がっていたのは、この曲だけだったかもしれない。 時折マイクから離れて観客に歌うようにと煽っていた。もちろん本当に歌えと思っていたわけではないだろう。何度も「マスクの下で歌っていなくても聴こえます」と言っていたのだから。観客の心の声を聴こうとしていたのだろう。 MCはやらなくても大丈夫ですか?今日は思いっきり音楽をやりたいんです。 本当にマスクの下で歌わなかったとしても聞こえてます。大丈夫です。むしろ「声をだせない!」みたいな方が、良い雰囲気に感じてきた。 では、音楽に戻ります。 短めのMCを挟んで『高い塔』をクールに演奏し、スポットライトを浴びた小沢健二の弾き語りから始まる『泣いちゃう 』を続けた。この楽曲はコロナ禍について歌った楽曲だ。この日のライブで必然的に演奏された、重要な楽曲に感じる。 そこから『ある光』を続けるのも良い。コロナ禍で誰もが不安を抱えている世の中だが、この曲によって聴いた者の心に光を射してくれているような気がした。小沢健二の音楽は現実について考えるきっかけをくれるが、それと同時に未来への希望も伝えてくれる。 本編最後に演奏されたのは『彗星』。 そういえばこの楽曲は「過去と現代と未来」について歌っている。小沢健二が初めて武道館公演をやった年に産まれたあいみょんの武道館公演を観たことをきっかけに書いた歌詞だと、かつて本人が語っていた。 今年の2月、1995年から今までを思いながら作業した”強気強愛 1995 DAT Mix”という作品を仕上げた、1週間後。気になっていたアーティストのライブに行った。自分が1995年に初めて演奏した武道館につくと、そのライブのタイトルはなんと”1995”。ありゃ!と思った。そういう偶然って、ある。 — Ozawa Kenji 小沢健二 (@iamOzawaKenji) 2019年11月16日 その後メールをやりとりして、彼女が1995年生まれとか、色々を聞いた。その中で、”彗星”の歌詞の焦点が合ってきた。そういう、人と一緒に生きている中の偶然はかけがえがない。1995年生まれの人が、僕の曲を聞いて、今は曲を書いて、僕にも届く。それはまたくり返す。言葉は、続いていく。 — Ozawa Kenji 小沢健二 (@iamOzawaKenji) 2019年11月16日 ライブ全体で小沢健二が伝えたいメッセージは一貫しているのだろう。言葉ではなく楽曲やセットリストや演出で伝えようとしている。そしてそれはしっかりと観客に伝わっていたはずだ。 アンコールは『失敗がいっぱい』から始まった。歌詞をポエトリーリーディングしてから歌へと続き、頭を撫でる動きをするダンスを観客と一緒に踊った。それにしてもこの日のオザケンはよく踊る。 優しく温かな空気を作り出したが、次の曲で熱い空気へと変化させた。『ドアをノックするのは誰だ?』のイントロから『僕らが旅にでる理由』を続けたからだ。25年以上にリリースされた名曲だ。壮大なサウンドに圧倒されつつも、手拍子をしたり腕を上げたりと観客は盛り上がっている。 90年代に僕を見つけてくれたあなた。あなたがややこしい歌詞を書く僕を見つけてくれたから、その後の全てがあります。ありがとう。 もしかしたらあたなは、娘さんや息子さんと来ているかもしれない。 娘さんや息子さん。あなたのパパやママは、昔、めっちゃクールだったし、今もめちゃくちゃクールなんだ! 自分の前には、母親と一緒に来たであろう制服を着た高校生であろう女の子の親子がいた。 このMCをしていたときに、お母さんが女の子の肩を笑顔で叩いて、女の子はお母さんを見ながら苦笑いしていた。でも、満更でもなさそうだった。 親子で小沢健二のファンなのだろう。その空気がとても愛おしく思ったし羨ましく思った。これも「愛すべき産まれて育ってくサークル」なのだろう。 続けて演奏されたのは『薫る(労働と学業)』。 この曲には〈生み出してゆく 笑う目と目が 形のない 新しいもの〉という歌詞がある。90年代に小沢健二を見つけた人と、そんな親に連れてこられた子どもの様子に思えてしまった。 最後に演奏されたのは、この日2回目の演奏となる『彗星』。音源では「そして時は2020」と謳われていた部分は〈そして時は2022。全力疾走してきたよね〉という言葉になっていた。 小沢健二は過去と現代を繋げて、最後にリアルタイムの今を歌って全ての演奏を終えた。 生活に帰るよ? 5、4、3、2、1。 生活に帰ろう。 最後にこの言葉を残して、ステージが暗転し客席の電気が着き、ゆっくりとバンドメンバーと小沢健二がステージを去っていった。 その瞬間、ライブという夢の空間から、いっきに現実へと引き戻された感覚になった。その感覚が不思議で変な感じがする。でも、嫌な感じはしない。現実に戻ったのに少しだけふわふわした気分である。 小沢健二は「生活に帰ろう」と言ってステージを去っていったが、ライブを観る前とは少しだけ違った景色に感じる「生活」に帰った気持ちになった。 ■小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』at パシフィコ横浜国立大ホール 2022年6月3日(金)セットリスト 1.薫る(労働と学業)& 運命、というかUFOに(ドゥイ、ドゥイ) &アルペジオのマッシュアップ2.流動体について 3.飛行する君と僕のために 4.大人になれば5.アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先) 6.いちょう並木のセレナーデ 7.アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先) ※2回目8.いちょう並木のセレナーデ(アウトロ) 9.今夜はブギーバック/あの大きな心 10.あらし11.フクロウの声が聞こえる 12.天使たちのシーン 13.ローラースケート・パーク14.東京恋愛専科15.運命、というかUFOに(ドゥイ、ドゥイ) 16.ローラースケート・パーク ※2回目17.強い気持ち・強い愛18.高い塔 19.泣いちゃう 20.ある光 21.彗星 En1.失敗がいっぱい 頭を撫でるダンスEn2.ドアをノックするのは誰だ?(イントロ) En3.ぼくらが旅に出る理由 En4.薫る(労働と学業) En5.彗星 ※2回目 So kakkoii 宇宙 アーティスト:小沢健二 Universal Music =music= Amazon