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【レビュー・感想】『筒美京平 SONG BOOK』が他のトリビュートアルバムと比べて異質に感じる件

筒美京平のトリビュートアルバム

 

『筒美京平 SONG BOOK』を聴いても、トリビュートアルバムを聴いている気分にならなかった。

 

トリビュートアルバムは敬意を持った上で参加アーティストが楽曲をカバーする企画作品である。参加アーティストは自身の個性を加えた上で、楽曲を再構築し表現する。

 

自身の楽曲以上に個性を出そうとする参加アーティストが多い。

 

「原曲をどうすれば超えられるか」ということを考えている場合も多いのだろう。たまに、バチバチした空気を感じる。それがトリビュートアルバムの面白い部分だ。

 

今までリリースされたトリビュートアルバムはそのようなものばかりだった。スピッツも椎名林檎もザ・ブルーハーツも宇多田ヒカルも。

 

『筒美京平 SONG BOOK』はトリビュートアルバムとして発売されているし、トリビュート相手への敬意を感じる内容ではあった。

 

参加アーティストは個性的で才能もあるアーティストばかりだ。彼らは原曲とは違う表現方法で、楽曲に新しい魅力を加えている。

 

それでも「トリビュートアルバム」としては異質に思った。どちらかというと「コンピレーションアルバム」に感じた。

 

さらに言うとボーカリストが全曲違うのに統一感があって、「オリジナルアルバム」のようにも感じた。

 

なぜなら参加アーティストが、積極的に自身の個性を出そうとはしていないのだ。

 

他のトリビュートアルバムと違う理由

 

自身で作詞作曲編曲を行うアーティストも多く参加している。しかし他のトリビュートアルバムのように、アーティスト主導で楽曲ごとに編曲や演奏をしているわけではない。

 

あくまで彼らは歌うことに徹している。

 

『筒美京平 SONG BOOK』は武部聡志、小西康陽、本間照光、松尾潔、亀田誠治、西寺郷太の6名による共同プロデュース作品だ。そのためこの6名の誰か、もしくは共同で編曲をしているのだ。

 

そのためかプロの客観的な視点からボーカリストを選び、ベストマッチな選曲をしていると感じる。

 

例えば1曲目の『人魚』。これはLiSAが歌っているが、普段の彼女にはないタイプの曲調と編曲だ。

 

人魚

人魚

  • LiSA
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

これは意外な選曲かもしれない。

 

しかしLiSAのボーカリストとしての特徴を的確に捉え、彼女の声質や歌唱方法にあった楽曲を、プロデューサー視点で客観的に選んだ結果ともいえる。

 

miwa『サザエさん』も意外ながらベストマッチとも言える組み合わせだ。

 

サザエさん

サザエさん

  • miwa
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

miwaの明るい声質とはっきりと発音する歌唱が『サザエさん』と相性がいい。モータウン的な編曲でありながらも、現代のJ-POPらしさも感じる音色でもある。

 

きっとmiwa自身が主導となっていたら、この曲を選ぶことはなかっただろう。

 

意外性のある組み合わせが多いかと思いきや、「このボーカリストならばこの選曲以外ありえない」と感じる、予想通りながら最高の組み合わせの曲もある。

 

北村匠海『また逢う日まで』が、まさにそれだ。

 

また逢う日まで

また逢う日まで

  • 北村匠海
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

北村匠海はエモーショナルで真っ直ぐな歌声が魅力的だ。その歌声はミドルテンポのバラードと相性抜群である。

 

だから同じようにミドルテンポのバラードの『また逢う日まで』が、相性抜群で最高の出来になることも予想できた。

 

そして予想通りで期待通りのカバーになったている。アルバムの中でも特に優れたカバーに思う。

 

 

トリビュートアルバムとしての新しさ

 

トリビュートアルバムとしては、前代未聞な楽曲もある。武部聡志が編曲し生田絵梨花が歌った『卒業』だ。

 

卒業

卒業

  • 生田絵梨花
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

原曲は斉藤由貴が歌ったものだが、こちらの編曲も武部聡志が行っている。

 

つまり編曲者によるリテイクとも言える。しかし作曲は筒美京平なのでトリビュートとしてのカバーとしても機能している。

 

このようなカバーをトリビュートアルバムで行なった例は、おそらくないはずだ。

 

これは筒美京平と生前から交流があったり、一緒に仕事をしたプロデューサーが主導となって行なったトリビュートアルバムだからこそ、実現したのだろう。

 

参加アーティストは若手からベテランまで様々だ。

 

筒美京平が最も多くの作品を発表していた90年代以前を知らない世代も参加している。

 

逆に一青窈など90年代以前を知っていたり、前田亘輝のように当時から活動していた世代も参加している。

 

さらば恋人

さらば恋人

  • 前田 亘輝
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

そして『SONG BOOK』は若手のカバーが前半に集中しており、後半にベテランのカバーが集中している。

 

つまり前半は若手アーティストが歌うことで、筒美京平の残した名曲を知らない世代に伝える役割を担っている。

 

そして後半はベテランアーティストが筒美京平の偉大さを知っている世代に、改めて魅力を共有する役割を担っている。

 

そしてアルバムを通して聴くことで、若い世代は普段聞かないベテランの歌声を聴き、筒美京平を知る世代は馴染みのない若手の歌声を聴き、お互いの魅力をしることができるのだ。

 

「知らない歌手だったけど、ベテランの歌声は凄い!」「最近の若者も良い歌を歌うなあ」と。

 

 筒美京平は2020年10月7日に80歳で亡くなった。

 

亡くなっても功績は色褪せないし、むしろトリビュートアルバムのリリースによって、偉大さや魅力はさらに多くの人に伝わっている。

 

そして様々な世代が歌い継ぐことで、世代間の溝も埋めてしまっている。

 

アルバムの共同プロデュースは日本では珍しい。それが今回のトリビュートアルバムで、大物プロデューサー6人によって共同プロデュースが実現した。

 

これを機に共同プロデュースが増えていくかもしれない。

 

『筒美京平 SONG BOOK 』は素晴らしいアルバムだ。筒美京平の偉大さを改めて伝える作品になってる。

 

しかしあまりにも偉大すぎて、ここまできたらトリビュートアルバムをリリースしたという時事実自体が、偉大さを伝えているとも考えられる。

 

この作品のために多くの日本を代表するアーティストが参加し、日本を代表する6人のプロデューサーが協力し、新しい挑戦をしているのだから。

 

筒美京平SONG BOOK (特典なし)

筒美京平SONG BOOK (特典なし)

  • アーティスト:VARIOUS
  • 発売日: 2021/03/24
  • メディア: CD