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【レビュー】75歳の年金受給者のイギー・ポップが作った新作『Every Loser』について

超ベテランミュージシャンが新作を作る際、後輩のミュージシャンと音楽活動をすることがある。

 

例えば矢沢永吉は自身よりも30歳以上年下の若手ミュージシャンを集め、Z'sというバントを結成しツアーを回ったことがある。加山雄三も20代から70代までの幅広い年齢層を集めた、THE King ALL STARSというバンドを組んでいた。

 

おそらく2人とも大御所のポジションを驕り落ち着くつもりはない。新しい風を自身の音楽に取り入れて、進化し続けたいのだろう。その流れは日本だけではない。むしろ海外の方がベテランが若手と組むことは多い。才能さえあれば年齢関係なく評価される文化が日本以上に強いのだ。

 

例えばアンドリュー・ワット。ジャスティン・ビーバーやボスト・マローンなど、人気アーティストのプロデュースを行ったことで知られる30代の若手音楽プロデューサーだ。その実力は高く評価されており、今では世界を代表する売れっ子プロデューサーになっている。実力も実績もあるベテランからも高く評価されているようで、彼の才能を求めプロデュースを依頼するアーティストは多い。

 

イギー・ポップもアンドリューにプロデュースを依頼したベテランの1人だ。2023年1月にリリースした最新作『Every Loser』は、アンドリューのプロデュースである。

 

前作『Free』ではジャズやヒップホップの影響を感じる作品だったように、イギー・ポップ元々挑戦的な作品を作るミュージシャンではある。だからこそ新進気鋭の若手プロデューサーを招いて、どのような作品を作るのか予想がつかなかった。突拍子もない新しい挑戦をするのではという期待もあった。

 

しかし出来上がった作品は、音楽的にも、彼のキャリア的にも、目新しいものではなかった。むしろ原点回帰だ。パンクロックでありハードロック。音楽に目覚めたばかりの若者が、感情のまま音を鳴らしたかのような勢いがある。今の若手バンドでも、ここまで衝動的な作品は珍しい。

 

1曲目の『Frenzy』からしても演奏は激しいし歌声も荒ぶっている。今作は1977年の『Lust For Life』や1979年の『New Values』と通ずるロックサウンドに思う。しかし若い頃に作られたはずの初期作品よりも今作は衝動的だ。75歳の年金受給者とは思えないほどに荒れ狂っている。

 

とはいえ大御所だからこその凄みも、しっかりと伝わる作品だ。『New Atlantis』や『Morning show』のようなミドルテンポの渋いロックもある。これは大御所だからこその貫禄によって楽曲の魅力が引き出されているはずだ。

 

この貫禄はイギー・ポップの存在感だけでなく、参加ミュージシャンの技術力や個性によるものも大きい。チャド・スミスやダフ・マッケイガン、トラヴィス・パーカーなど、ロックシーンで重要なバンドマンが多数参加しているのである。そのためパンクな演奏ながらも、確固たる技術力や貫禄をサウンドから感じるのだろう。

 

そして今作のプロデューサーであるアンドリュー・ワットは、新しい何かを証明したり作り出すのではなく、アーティスト本人が持つ本質となる魅力を引き出すプロデューサーなのだと気づく。

 

彼はオジー・オズボーンのプロデュースも行っていた。オジーはアンドリューにプロデュースを依頼した理由について「抜群に相性が良かった」と語っていた。そんなアンドリューがプロデュースしたアルバム『Ordinary Man』と『Patient Number 9』は、上質なヘヴイーメタルやハードロックだっあ。、オジーの本質となる魅力が凝縮されたようなは内容だ。

 

音楽プロデューサーとアーティストは、求められる役割や、行うべき仕事内容が違う。本当に一流な音楽プロデューサーは、自身の個性を作品に反映させるのではなく、アーティストの個性や魅力を最大限に引き出すのかもしれない。

 

そんなことをイギー・ポップが最新作で最高のパンクロックを鳴らしていることから思ってしまった。

 

EVERY LOSER [Explicit]

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