オトニッチ

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銀杏BOYZが好きな自分は第二の酒鬼薔薇聖斗や対馬悠介になっていたかもしれない

トラッシュ

トラッシュ

  • 銀杏BOYZ
  • ロック
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

幸せそうな恋人たちを
電動ノコギリでバラバラにしたいよ

(銀杏BOYZ / トラッシュ)

 

これは銀杏BOYZの『トラッシュ』という楽曲の歌詞だ。過激で猟奇的な内容だが、自分はこの歌を普通に聴いていた。

 

普通に受け入れ、普通に共感していた。今でもこの曲を普通に聴く。

 

もしも小田急線刺傷事件を起こした対馬悠介容疑者の「幸せそうな女性を見ると殺してやりたい」という言葉を、好きなバンドが演奏し歌ったとしたら、自分は普通に聴いて、普通に共感し受け入れていたかもしれない。

 

事件を肯定するつもりも、容疑者を擁護するつもりもない。きちんと罪を償ってほしい。被害者の回復を祈っている。同様の事件が起こらないよう、対策を考えたい。

 

それでも自分は少しだけ、容疑者の気持ちが理解できる。妬みや嫉みや偏見や差別によって生まれた狂気が、自分の中にも存在しているからだ。

 

自分は人を殺すつもりはない。刃物で刺すこともない。

 

それでも気に食わないことや侮辱をされた時に、感情的になって怒鳴ってしまうこともある。

 

きっかけがあればきっと、自分も他人に殺意を向けてしまう。そんな自分を恐ろしく思うし、自分自身を軽蔑する。

 

東京マシンガン

東京マシンガン

  • 野狐禅
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

例えば週末の都内某副都心
スクランブル交差点の ド真ん中に立ち尽くしては
ごったがえす東京共を マシンガンで皆殺しにする 

(野狐禅 / 東京マシンガン)

  

野狐禅の『東京マシンガン』も好きな歌だ。初めて聴いたのは15年以上前だが、今でも聴くことがある。

 

これも過激で暴力的な歌詞だ。やはりそんな歌詞を普通に受け入れ、普通に共感していた。最近ならばSHISHAMO『生きるガール』の〈目の前を歩くカップル殺したかった〉というフレーズも気に入っている。

 

狂気や殺意を含んだ歌は、世の中にたくさん存在するのだ。

 

自分はそれらの歌を聴いて好きになることが多い。それは歌の主人公のように、誰かを傷つけようと思っているからではない。そのような感情を浄化させるために聴いている。

 

マイナスの感情で押しつぶされそうになった時に、そんな歌が自分の感情を代弁してくれる。それによって救われている。

 

もしかしたらリスナーだけでなく、アーティスト側も感情を吐き出し作品にすることで、自らと向き合い、自らを救っているのかもしれない。

 

不謹慎と思われている芸術やエンターテインメントは、世の中にたくさんある。その価値について議論されることもあるし、場合によっては規制もされる。

 

しかしそんな狂気に満ちた不謹慎な作品が、世の中から暴力を無くすきっかけになるかもしれない。例えば自分はそのような音楽に出会えたことで、他人への殺意や暴力的な感情を抑えられている。同じような人が他にもいるかもしれない。

 

ぶっ殺してくれ 俺ん中のバケモノを

(銀杏BOYZ / 若者たち)

 

これは銀杏BOYZ『若者たち』の歌詞である。パンクロックを聴いた若者が主人公の歌だ。人ではなく心の中のバケモノを殺そうとしている。音楽の力で人を救おうとしている。

 

 

 

小田急線殺傷事件について「女性の生きづらさ」「弱者男性」「格差社会」など、社会問題と繋げたり、容疑者の性質や境遇をカテゴライズした世論は多い。

 

たしかに社会には様々な問題がある。考えることも解決手段を探すことも大切だ。

 

しかしそれを理由に容疑者の感情や動機を安易に妄想し、何かしらの分類に当てはめて社会問題とすることは危険に思う。

 

対馬容疑者と同じ境遇の人はたくさんいるが、罪も犯していない人がほとんどだ。逆に社会的に恵まれた境遇だとしても、犯罪に手を染める人も存在する。

 

1人の人物を分析し分類し、それを不特定多数で作られる社会の問題に発展させることは、安易に行うべきではない。

 

これは罪を冒さず平和に真面目に生きている人の人物像に対しても、問題視することにもなる。直接手をくださないだけで、言葉によって関係ない人に危害を与えている。

 

言葉によって関係ない人を殺してしまうかもしれない。それは結果的に通り魔と同じかもしれない。

 

これでは新しい分断や差別が生まれてしまう。根深い社会問題をさらにややこしくして、解決から遠ざけることになる。

 

8月5日に石川県金沢市の百貨店で、60代の女性が面識のない50代の男性を刃物で刺傷する事件があった。※金沢市の百貨店で男性刺される 女を殺人未遂の疑いで逮捕

 

無差別の通り魔的な犯行は、小田急線刺傷事件と近い内容である。

  

つまり犯罪には年齢も社会的な地位も関係ないのだ。簡単に人を分類できないし、安易に社会問題と繋げることもできないのだ。

 

もちろん差別や格差を理由に行われる犯罪もある。だからこそ安易に社会問題と繋げると、本質を見失ってしまう。慎重に考えるべきだ。

 

自身の思想や価値観を表明する材料として、事件を利用してはならない。

 

それに主語を大きくしてしまっては、1人の犯罪者や1件の犯罪について、深く向き合い考えることが難しくなる。性別や年齢や国籍や境遇や血液型では、どのような人物かわかるはずがないのだから。

 

だからこそ犯人も犯罪も、個別の問題として考えるべきだ。その上で社会問題が関係しているかを、深く考えるべきだ。

 

SKOOL KILL

SKOOL KILL

  • 銀杏BOYZ
  • ロック
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

 

銀杏BOYZには『SKOOL KILL』という曲がある。この曲も過激で暴力的で不謹慎な歌詞だ。

 

曲名は神戸連続児童殺傷事件の犯人が書いた、犯行声明文の文末から引用されている。犯人は自らを酒鬼薔薇聖斗と名乗っていた。

 

酒鬼薔薇が語った犯行の動機は「誰でもいいから殺してみたかった」である。

 

なぜ酒鬼薔薇がそのような思想になったのかはわからない。何かしら行動を起こすきっかけがあったのかもしれない。もしくは行動を止めるきっかけが、なかったのかもしれない。

 

自分の心の中の奥底には、酒鬼薔薇聖斗と同じような感情がある。侮辱されたりムカついた時に「殺したい」と思う時はある。

 

しかし行動に移そうとは思わない。「銀杏BOYZの音楽」という、行動を止めるきっかけがあるからだ。もしも世の中が綺麗事しか歌わない音楽で溢れていたとしたら、自分は間違いを犯していたかもしれない。

 

 一時期『SKOOL KILL』をライブで歌う前には、酒鬼薔薇聖斗について触れるMCを、ほぼ毎回行っていた。

 

この中に酒鬼薔薇聖斗くんはいますか?いたら手を挙げてください。誰も見てないから、こっそり手を挙げてください。

 

皆さんは人を殺したいと思ったことがありますか?僕はあります。酒鬼薔薇聖斗くん、僕も人を殺したいと思ったことがあります。

 

でも僕は人を殺しませんでした。なぜなら音楽があるから。酒鬼薔薇聖斗くんにも、そのようなものがあれば、君も少しは変わっていたかもしれない。

 

いつか酒鬼薔薇聖斗くんが銀杏BOYZのライブを観にくることを信じて、みんなの心の中にいる酒鬼薔薇聖斗くんに向けて、この国から殺人が消えてなくなるまで、僕はこの歌をうたい続けます。

 

細かな言葉は毎回変わっていたが、このような内容を話していた。

 

このMCは犯罪者の心情を妄想しているとも受け取れる。安易に捉えているとも感じる。

 

しかしこの言葉は、銀杏BOYZの音楽を聴いた人の心の中にいる酒鬼薔薇聖斗に向けた言葉と考えたら、納得ができる。神戸児童連続殺傷事件の犯人に対してだけ向けた言葉ではないのだろう。

 

酒鬼薔薇と同じような感情を、心の奥底に持っている人は少なくないと思う。銀杏BOYZの音楽や言葉によって、取り返しのつかない行動を止められた人もいるかもしれない。

 

過激な表現の歌が、世界を少しだけ良くしてくれている。そこに含まれた意図や意味や文脈は、本当は優しいのだ。

 

少なくとも自分は銀杏BOYZに、俺ん中のバケモノをぶっ殺してもらえた。

 

たまにバケモノが復活することもあるけれど、人の代わりにバケモノを殺すことができるようになった。不要不急と言われる音楽は、人の心を変えることができるのだ。