2021-02-24 川崎鷹也『魔法の絨毯』の歌詞が嫌いな理由 川崎鷹也 コラム・エッセイ 川崎鷹也『魔法の絨毯』に怒る人たち お嫁さんがJ-pop top100みたいなプレイリストから流れてきた「僕にはお金も力もないけど君を守る」みたいな歌詞に対して、「じゃあいったい何をしてくれるのか何も見えてこない」という理由で怒っている。 — ジロウ (@jiro6663) 2021年2月15日 このツイートを見て川崎鷹也『魔法の絨毯』のことだとすぐにわかった。 TikTokをきっかけに人気が急上昇し、最近はストリーミングチャートの上位にランクインしている楽曲だ。YouTudeでは2500万回異常MVが再生されている。 この曲のサビはこのような歌詞だ。 ジーニーのように魔法のランプから出て笑わせるよ、魔法は使えないけどお金もないし、力もないし、地位も名誉もないけど君のこと守りたいんだ (川崎鷹也 / 魔法の絨毯) たしかに偶然この曲が流れてきてサビだけを聴いたとしたら「じゃあいったい何をしてくれるのか何も見えてこない」と思うのは仕方がないだろう。 見えてくるのは「笑わせてくれる」ということだけだから。それならばYouTubeで芸人の漫才やコントを検索して見れば事が足りる。毎日サンドウィッチマンのコントを観ましょう。 しかし曲の全体を聴けば「守る」の意図が伝わってくるはずだ。 くだらないことで笑って何気ない会話で泣いてひとつひとつの出来事に 栞を挟んで忘れないように 無くさないように (川崎鷹也 / 魔法の絨毯) この歌は経済力や力で守るというわけではなく、精神的な支えとして守るという意図を持った歌なのだ。 お金や力や地位や名誉で守るならばならば変わりは他にいくらでもいる。数値や結果でわかりやすく上下の差がわかるもので、人が人を守るわけではなく、モノや価値観が人を守るということだから。代わりはいくらでもいる。 しかし精神的な支えとしての「守る」だとしたら、他に代わりはいない。パートナーにとっての「他に代わりのいない存在になりたい」ということなのだろう。 このツイートのリプ欄には『魔法の絨毯』へのヘイトや批判のリプが複数連なっていた。 元のツイートは何気ない夫婦の日常をツイートしただけだとは思うが、それをきっかけに「自分の嫌いなものを叩いて良いきっかけ」を見つけたと思って、意気揚々と批判している人が多い。 正直なところ、自分はこの曲を好きではない。かと言って簡単叩くことにも違和感を感じる。 男性が女性を「守る」という考えに対する違和感 男性視点で女性を「守る」という考え自体に自分は疑問を感じる。 経済的な部分や体力的な部分で「守られたい」と思う女性視点の考えに対しても違和感を感じる。 それらには「男性は外で稼いで家庭を守る」という前時代から長年続く価値観や、「女性は嫁いで仕える代わりに男性に守られる」という時代遅れな考えが根底にあると思うのだ。 だから川崎鷹也が『魔法の絨毯』で<君のこと守りたいんだ>と歌うことに、自分は聴いていてモヤモヤする。だからあまり好きになれないのだ。 そして話題になったツイート主が結婚相手の女性を「お嫁さん」と呼ぶことや、その立場を受け入れて「何で守ってくれるの?」思う女性側の考えも、恋愛や結婚における古くからの価値観を大切にしている考えが根底にあるのだと思ってしまった。 それ自体が絶対的に悪いとは思わないし、それによって上手くいく関係もあるだろう。何気なく昔から使っている言葉を使っているのかもしれない。 しかしその言葉や根底にかる価値観によって、苦しんだり悩んでいる人もいる。 「女性を守るためにお金も力も地位も名誉も手に入れなければ」と悩んだり、他人と比べてコプレックスを抱える男性もいる。 女性も「男性を立てなければ」と思っている人もいるだろうし「守られる存在にならなければ」と思っている人もいるかもしれない。 1989年から1947年まで「家制度」という民法に定められた家族制度があった。これは家族を会社のような仕組みとして捉えているものと例える事ができる。 家の長男が社長だとするとその妻や子どもは社員。社長は社員を食わせていく義務があるが、そのために「一番偉い立場」として自分の言う通りに「家」を動かす事ができた。 例えば子どもが家を出ることや結婚することにも権限を持っていて、勝手なことをすれば離籍させることもあった。結婚相手を見定めるだけでなく、本人の意思を無視して許嫁を結んで結婚させることもあった。 「嫁いだ女性」は家の主である「主人」に仕える存在だ。 家事や子育ては率先して行わなければならないし、主人を立てなければならない。問題があったり嫌われたりすれば離婚される。 女性の社会進出が今以上に難しかった時代では、家制度から離れて女性が生きていく事は簡単ではない。主人に従う嫁でいることが常識であり、生きるための手段だった。 「嫁」「主人」という言葉や「男性が守る」「女性は守られる」という考えからは、戦前の家制度を思い起こしてしまう。 今では使われ方や言葉の持つ意味合いも変わっているので、自分が敏感になっているだけだとは思う。しかし当時の悪い部分の名残や価値観が、言葉や思想にまだ残っているとも感じる。 そうでなければ〈お金もないし、力もないし、地位も名誉もないけど 君のこと守りたいんだ〉と歌う音楽がヒットすることはないだろうし、「じゃあいったい何をしてくれるのか」と思うリスナーも出てこないはずだ。 女性も男性を守る 性別関係なく誰もが平等に扱われる世の中であって欲しい。自分はそう考えている。 男性も女性も平等に経済的に自立できる社会が正しいと思うし、地位や名誉で人が評価されることなどクソ喰らえと思う。仕事での役割も家庭での役割も平等であるべきだ。差別も格差もなくなって欲しい。 だから「守る」という言葉は男性から女性に向けるための言葉だとは思わないし、女性側から男性に「守る」という言葉を向けても良いのではと思う。綾波レイだってシンジに「あなたは死なないわ。私が守るもの」と言っていた。 さらにいうと性別も関係なく、同性に対しても「守る」という感情を持って良いと思う。お互いに守り合うことで支え合うのだ。 それは金銭的な意味や名誉や地位の意味ではなく、精神的な意味として。どちらかが立場的に上か下かという考えも排除した上での意図として。 AIに『Story』という曲がある。 2005年にリリースされたこの曲はオリコンチャートで70周以上連続でチャートインし、着うた(懐かしい)で200万ダウンドーロされるほどの大ヒットとなった曲だ。 この曲には下記のような歌詞がある。 1人じゃないからキミが私を守るから強くなれる もう何も恐くないヨ 1人じゃないから私がキミを守るからあなたの笑う顔が見たいと想うから お互いに「守り合っている」のだ。それも精神的な支えとして。そしてこの曲は恋愛ソングと明言しているわけでもないし、友情の歌だとも断言されていない。 「人と人の関係について歌た楽曲」として、どのようにも受け取れるようになっている。 そのような普遍的な歌だから多くの人に受け入れられてヒットしたのだろう。 ジェンダーに関する考えは人それぞれで、様々な価値観がある。常識と非常識が時代によってひっくり返ったり、新しい思想が時代とともに生まれ、アップデートされていく。 今の普通が正しいとは限らないし、未来の普通が正しいとは限らない。ここに自分が書いた考えが絶対的に正しいとは思わない。 しかし「どうすれば今よりも良い世の中になるか」という軸はブレさせずに、持ち続けて考えていくべきだと思う。 だからこそ「男性だから女性を守る」「女性だから男性に守られる」という考えは前時代的に思う。それは長年深く根付いてしまった悪い考えだ。 今でもそれを理想に思っている人や常識だと考える人も多いのかもしれないし、それ自体は否定しない。そう考える人同士で繋がるならば幸せだし最高だろう。 しかし全員がその考えでは、性別関係なく誰もが平等に活躍できて幸せになれる世の中とは、遠ざかってしまうのではないだろうか。 「守る」ということは相手を下に見ている場合もあるし、「守られる」ということは相手に必要以上のサポートを求めている場合もある。 川崎鷹也『魔法の絨毯』には主人公とヒロインにおいて、上下の関係があると感じてしまう。 自分を卑下しているような歌詞に思わせておいて、根底には女性を弱い立場として扱っているように聴こえる。 意地悪な捉え方ではあるし、本人が意図していないことだとは思うが、「何も持っていない自分でも男だから女よりも上の立場」と言っているとも受け取れる。 そのような考えをする人が世の中にたくさんいて、それが集まって飛躍した結果として、女性の社会的立場が低く扱われるきっかけの1つになっているのではないだろうか。 かといって「じゃあ金も力も名誉もないのに、何によって守ってくれるのか?」と『魔法の絨毯』を聴いて思うことについても、自分は違和感がある。 そこには「自分は弱い立場だから守られて当然」という女性側の考えがあって、男性が「女性を守らなければならない」という前時代の価値観を押し付けることになり、男性を苦しめているようにも思う。 「どうすれば今よりも良い世の中になるか」という考えを軸にしているのではなく、「どうすれば自分にとってオトクな世の中になるか」という考えを軸にしていると感じてしまう。 自分はAI『Story』のように、性別も関係なく大切な人とお互いが支え合い守り合う関係でありたい。 魔法のじゅうたんの方が好きです 余談ですが、自分はくるり『魔法のじゅうたん』の方が好きです。すごいぞ。くるり。 くるりの20回転(通常盤)<CD3枚組> アーティスト:くるり 発売日: 2016/09/14 メディア: CD THE BEST-DELUXE EDITION アーティスト:AI 発売日: 2016/05/04 メディア: CD