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【レビュー・感想】YOASOBI 『THE BOOK』で行われたEPやアルバムを一つの作品として聴かせる工夫について

THE BOOK

 

YOASOBIがEP作品『THE BOOK』をリリースした。彼らにとって初のCD作品だ。

 

満を持してのCDリリースだが新鮮さはない。純粋な新曲は1曲のみしか収録されてなく、過去に配信された楽曲を1つにまとめたような作品だからだろうか。

 

つまり初のCD作品にしてベスト盤のような構成なのだ。

 

しかし不思議なことにEP作品として統一感があり、1枚の作品として綺麗にまとまっている。まるで全曲が『THE BOOK』のために制作されたと思ってしまう。

 

今はストリーミング全盛期。アルバムやEPを一つの作品として聴く人は減っている。

 

1曲単位で好きな曲だけ聴く人も多い。ストリーミングをきっかけにバズったYOASOBIのファンは、特にそういった人が多いはずだ。

 

そんなYOASOBIだからこそ、EPとして楽曲をまとめることに意味や必要性があるのかもしれない。

 

『THE BOOK』は単曲のストリーミングで天下を取った音楽ユニットが、複数曲をまとめて1つの作品として聴く楽しみがあることを、改めて教えてくれているEPに感じるのだ。

 

YOASOBIの個性と強みについて

 

ビルボードの2020年年間チャートでYOASOBI『夜に駆ける』が年間総合首位になった。

 

CDリリースされていない楽曲が1位になったことは初であり快挙だ。2020年に最も日本で聴かれた曲である証拠でもある。

 

夜に駆ける

夜に駆ける

  • YOASOBI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

語弊があるかもしれないが『夜に駆ける』を自分は「2020年代だからこその新しい音楽」には思えない。

 

YOASOBIは10年以上前のボカロ文化の文脈を受け継いだ演奏と編曲である。歌のキーが大きく上下しないこともボカロの特徴と似ている。

 

そこに90年代から続くJ-POP的なメロディラインや楽曲構成を組み合わせることで個性になっている。90年代J-POPのリバイバルであり00年代ボーカロイドのリバイバル的な側面もあるのだろう。

 

 だからボカロ全盛期の楽曲みたいに大量の言葉をメロディに詰め込むわけではないし、ボーカルのikuraは初音ミクほど高い声では歌わない。これは90年代J-POPと00年代ボカロ曲のミックスだから生まれた個性だ。

 

つまり新しい音楽の価値観を生み出したというよりも、既存の音楽を組み合わせることで新しい音楽が作ったといういうことである。親しみやすさの中に少しの新鮮さが加わっていることが理由でヒットにつながったのだろう。

 

またコンポーザーのAyaseはバンドマンとして活動していた時期もあるからか、ロックからの影響も受けているようだ。

 

『群青』のコーラスにはサカナクションの影響を感じるし、『夜に駆ける』の疾走感や『ハルジオン』のサビ前のブレイクは、邦ロックバンドがやることが多い演奏パターンだ。

 

群青

群青

  • YOASOBI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

YOASOBIは日本人に馴染みのある様々な音楽の良い部分を組み合わせている。これが彼らの個性と魅力であり強みだ。

 

 

1つの作品としてまとめる工夫

 

『THE BOOK』は良い曲が揃ったEPだと思うが、箸休め的な楽曲がない。全てが濃くてインパクトがある。だから人によっては聴いていて疲れてしまうかもしれない。

 

メインディッシュの曲があって、それを引き立てるオードブルやサイドディッシュ的な曲がある。それがまとまることで1つの作品となる。そのような方法でEPやアルバムを制作するアーティストがほとんどだ。

 

それに対してYOASOBIは全曲がメインディッシュである。全ての楽曲がステーキ400gみたいな重さ。エレカシ宮本浩次が激怒する例えならば 「メインディッシュばかりのフルコースで、食べにくい」という感じだ。

 

しかしメインディッシュでも、胃もたれせずに食べ続けられる工夫がされている。

 

例えば曲と曲の間の無音の時間への工夫。

 

インタールード曲の『Epilogue』から『アンコール』『ハルジオン』までは、曲間なしで無音の時間を作らずに曲を続け、作品の世界観に引き込む。

 

ハルジオン

ハルジオン

  • YOASOBI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

しかし『ハルジオン』の次の曲である『あの夢をなぞって』が始まる前には5秒の無音の時間を作っている。メインディッシュを消化させる時間を設けているのだ。

 

そこから『たぶん』『群青』に続く時は再び曲間を作らないことで、畳がけるように曲を聴かせる。これによって中弛みを防いでいるのだ。

 

しかし『群青』から『ハルカ』に続く時は再び5秒の無音時間を作り、『ハルカ』から『夜に駆ける』に繋げる時は3秒の無音の時間を作る。

 

ハルカ

ハルカ

  • YOASOBI
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

ラストソングの『夜に駆ける』はインパクトが特に強い楽曲だ。そこにいたるまでに胃もたれさせないために、無音の時間を増やしているのかもしれない。

 

 無音の時間まで”音楽として”重要視しているのだ。

 

もちろんこのような工夫は他のアーティストもやっている場合が多い。例えば椎名林檎は曲間の時間についてのこだわりをインタビューで話していた。

 

しかしストリーミング全盛期で単曲でのインパクトによって成り上がったYOASOBIがこれを行うことは、特に重要で意味のあることだと思う。単曲を求めているファンにもEPである意味を伝えているのだから。

 

そしてインタールードとして1曲目に『Epilogue』を、ラストに 『Prologue』を収録していることも、EP作品としての価値を高めている。

 

『Epilogue』から『ハルジオン』に流れるように歌が始まる瞬間、単曲では味わえない感動がをするし、単曲とは違う聴こえ方がする。

 

最後の『Prologue』が湿っぽい曲でないことも特徴的だ。まるで次の曲に繋げるような終わり方。それでいて余韻を楽しませてくれるようなトラック。

 

そんな工夫がなされているので、メインディッシュばかり集められた作品なのに、最初からまた聴きたくなってしまうのだ。

 

 

CDに付属されている歌詞カードの紙質は1枚ごとに違うらしい。ストリーミングで天下を取ったYOASOBIが、CD作品を買う理由まで考えて制作しているのだ。

 

もしかしたらストリーミングでヒットをだしたからこそ、新しい楽しみ方を提供し、より深く音楽を楽しんでもらうための機会を作ろうとしているのかもしれない。自身のためだけでなく、音楽をきっかけに様々な楽しみ方ができることを多くに人に示そうとしていると感じる。

 

だからこそ『THE BOOK』は単曲ごとではなく1つの作品として聴くべきだし、CDを手に取ってみるべき作品だのだ。そうでなければ作品の本当の価値が伝わらないのかもしれない。

 

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