オトニッチ

ニッチな音楽情報と捻くれて共感されない音楽コラムと音楽エッセイ

ヒグチアイ『東京にて』は東京に住む人は全員聴いた方がいい

ヒグチアイ『東京にて』は今聴かなければならない

 

ヒグチアイの新曲『東京にて』は勿体ない楽曲だと思う。

 

 

ここでいう「勿体ない」という言葉は、ダメ出しや不満の意味ではない。むしろ称賛の言葉でだ。

 

この曲は下記のフレーズから歌が始まる。

 

渋谷も変わっていくね
オリンピックがひかえているから

(ヒグチアイ / 東京にて)

 

駅前は再開発で渋谷スクランブルスクエアなど新しい建物が建ったり、駅も綺麗になり改札口も変わった。東京オリンピックは2021年に開催予定で国立競技場も新しくなった。再開発はまだ途中で、まだ目まぐるしいスピードで渋谷は変わっていくだろう。

 

あまりにも歌詞の内容が時代性を持ちすぎている。そのためオリンピック前と後ではリスナーも受け取り方が変わってしまうし、渋谷の再開発が完了する前と後では意味も変わってしまう。

 

『東京にて』は名曲だと思う。しかし言葉が持つ時代性が強すぎて、2020年に聴いた感動や意味が2021年以降には変わってしまう。それが「勿体ない」と思ってしまった

 

歌の力を感じた

 

音楽を好きになって様々な音楽を聴くようになると、刺激的な音楽や新しい価値観を創ろうとする斬新な音楽に惹かれがちになる。そのような音楽を評価しがちになる。

 

音楽に対して知識を得ることで、詳しくなる代わりに純粋に聴けなくなってしまうことがあるのだ。自分は気づけば音楽を聴くときに頭を使って、難しく考えてしまうことが増えてしまった。

 

『東京にて』はピアノの弾き語りから始まる。その演奏はシンプルだし、バンドの演奏も斬新で変わったことをやっているわけでもない。歌を引き立たせるような演奏ではあるが、音楽シーンに衝撃を与えるような斬新さはない。

 

その代わり純粋に歌に感動した。歌がスッと胸に沁み入ってきた。ただただ丁寧で繊細な歌と演奏に感動した。頭で考えて音楽を聴きがちな自分としては、この感覚は久々である。

 

「渋谷も変わっていくね」とまるで自分に語りかけてきたような感覚になった。〈解散したバンドは友達じゃないけど わたしのこと歌ってた〉というフレーズは、まるで自分の心の中を見透かされたような気持ちになった。

 

ヒグチアイは友達じゃないけど、わたしのことを歌っている。そう思った。

 

 

なぜヒグチアイに感動したのか

 

 『東京にて』は誰かに元気を与えようとしていたり、力強いメッセージを送ろうとしている歌には思えない。アーティストの心情を吐露しているような歌とも感じない。リスナーと同じ立場で、東京で生活する人間として寄り添っている歌に思った。

 

1番の歌詞では一人称が「わたし」で2番では「ぼく」になっている。つまり歌の主人公は一人ではない。

 

他にも様々な人物が登場する。それは「わたし」や「ぼく」よりもあっさりと一言で語られているが、そんな人たちが集まることで「東京」という街が作られているのだと改めて実感する歌詞だ。

 

ロックバンドから見える東京 ホームレスから見える東京
ピンヒールの OL の東京 どれも嘘でどれも本当
誰かの作った方程式じゃない 新しい答えを作ろうよ
最初で最後 きみだけの きみだけの

 

会社をやめたサラリーマン 笑い方を忘れた芸人
引っ越し手伝いにきた父親 結婚したい派遣社員
見えてるものは一緒でも 違う方法で見つけたものだろ
最初で最後 きみだけの きみだけの東京にて

(ヒグチアイ / 東京にて)

 

どのような人物かをはっきりと歌うわけではないが、少ない言葉でも歌声とメロディによって、どのような生活をしていて、どのような性格をしているかが自然と想像できる。

 

 その中に自分もいるのだと思った。特定の誰かの視点で歌っているのではなく、リスナーの誰もが「ぼく」や「わたし」になれる歌だ。むしろ自然と「ぼく」や「わたし」にさせられるような歌ともいえる。

 

それぐらいに歌に力があった。東京で生活する人達の日常を歌っているだけとも言える歌詞に感動してしまうのは、それが理由だ。

 

〈どれも嘘でどれも本当〉というフレーズ。〈見えているものは一緒でも 違う方法で見つけたものだろ〉というメッセージ。

 

それらは東京で暮らす人が心のどこかで感じていることだけど、言葉にすることができなかった複雑な感情に思う。それを歌としてメロディに乗せることで、言葉の裏に込められた想いや意味を伝えているのだ。

 

自分はロックバンドではない。ホームレスでもないしピンヒールのOLでもない。

 

それでも『東京にて』では自分にとっての東京を歌ってくれていると思った。最後に1分近いアウトロがあるのは、そこで歌詞になっていない人の分の東京を、言葉ではなく音で表現しているとも思った。

 

『東京にて』に自分が感動した理由を、まとまらない言葉でここまでつらつらと書いてみた。つまりこの文章は「音楽が好きで文章を書いているブロガーの東京」である。

 

あ、でも、自分が住んでいるのは埼玉だし、この文章を書いた場所も埼玉だ。東京じゃねえ。

 

駄文をブログで書き散らしている変人の埼玉。

 

きみだけの埼玉にて。

 

ヒグチアイ・ベストアルバム「樋口愛」

ヒグチアイ・ベストアルバム「樋口愛」

  • アーティスト:ヒグチアイ
  • 発売日: 2020/09/02
  • メディア: CD