オトニッチ

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ライブへの参加はしばらく自粛すべきなのか?

「サニーデイ・サービス、好きなんですか?」

 

初対面の男性にこんなことを聞かれた。音楽好きと集まった時やライブ会場ならまだしも、日常生活で「サニーデイ・サービス」という言葉を聞くとは思わなかった。

 

おそらく自分がサニーデイ・サービスのTシャツを着ていたからだろう。それを見て気づいたのだろう。

 

アルバム『いいね!』のジャケットが書かれたTシャツ。乃木坂46の齋藤飛鳥も着ていたやつである。つまり自分は飛鳥とお揃いである。ペアルックである。与田祐希からの推し変を考えるほどに運命を感じた。

 

 

彼の質問に「好きです!5月には渋谷でライブを観てきました!」と応えた。仲間を見つけた気分になって嬉しくなった。しかし自分が求めていた反応とは違う言葉が返ってきた。

 

「自分も好きで以前はライブにも行きました。でも強制はしませんが、ライブの参加は自粛した方が良いです。抗体ができるのは10月以降になりますから。感染状況は日々悪化していますし、ワクチンを打っても感染はします。抗体ができてからも油断しないでください」

 

この反応に少しだけ落ち込んだ。しかし正論なので異論はない。こんな世の中でライブへ行くような、不要不急の外出をすることは褒められたことではない。

 

この会話は新型コロナウイルスの集団接種会場で、注射をする前の問診で医師と話した内容だ。医療従事者の立場ならば、音楽ファンだとしても自粛を求めることが当然だろう。専門家の意見なので説得力もある。

 

「仕事には行っても大丈夫ですか?」

 

性格が悪い自分は、こんな質問もした。「気をつけながら出勤してください」と言われた。仕事は不要不急の外出ではないし、生活のための必要な外出らしい。この言葉を信じて、明日からも変わらず満員電車に乗って出勤しようと思う。

 

でも、もしも、「ライブ運営に関わる仕事をしているのですが、働いても良いですか?」と医師に質問したら、どのように答えるのだろうか。性格が悪い自分は、そんなことを思ってしまった。

 

実際はライブ運営に関わる仕事に就いているわけではないし、音楽業界の中心で働いているわけでもない。だからそんな質問はしなかった。

 

しかし自分はメディアでライブレポートを執筆するライター仕事も副業でやっている。今週末にも1本その仕事が入っていた。ライブ会場へ行くことになるが仕事ではある。これは不要不急でないと判断すべきだろうか。

 

ライブ会場は政府が定めたガイドラインを遵守して公演を行う場合がほとんどである。今までなかった厳しいルールを取り入れて工夫しながら仕事をしている。

 

それでも絶対的に安全な場所とは言えない。不要不急の外出をすることになるし、どうしても3密になる瞬間はある。

 

参加者全員がルールやマナーを守るとは限らない。全ての運営が対策を徹底しているとも思えない。感染症に対して甘い考えを持ったアーティストや運営が、時折批判され炎上している。それが完璧には徹底できていない証拠だ。

 

そもそも政府の定めたガイドライン自体が、すでに古い内容だ。デルタ株やラムダ株が猛威を奮っている現状では、内容を改める必要がある。

 

しかも東京の感染者数はここ1ヶ月で莫大に増えた。古いガイドラインを徹底したところで意味はないかもしれない。

 

つまりライブへ行き慣れている自分でも、今の状況ではライブに参加することに、迷い躊躇してしまうということだ。

 

これはアーティストや業界関係者を信頼していないわけではなく、どう転んでも危険が潜んだ場所へと行くことへの迷いや躊躇である。

 

 

 

しかし日常の出勤や日用品の買い物に関しては、不思議と不安を感じない。それは安心しているからではなく、諦めているからだ。感覚が麻痺しているからだ。

 

公共交通機関は感染症対策を行うことが、不可能に近い。スーパーやコンビニの対策は、利用者が多すぎるのでガバガバ。入店時にアルコールを使わない人もいるし、誰が触ったかわからない商品を当然のように購入する。

 

でも収入のために出勤するしかないし、生活のため買い物へ行くしかない。

 

感染するかしないかのギャンブルを、毎日自身を危険に晒しながらしているようなものだ。そのギャンブルに負ける確率を減らすために、不要不急の外出を控えているのだ。

 

そう考えると「何の職業に就くか」もギャンブルかもしれない。コロナの影響で大打撃を受けた業界もあるが、恩恵で好景気になった業界もある。

 

ライブエンタメ業界は、そのギャンブルに負けた業界だ。大きな損害を被っている。仕事がまともにできない状況になっている。

 

だから「転職すればいい」「自業自得」と言う人もいるが、それは正論でありつつも暴論である。実際はギャンブルではないのだから。

 

殆どの従事者は生活を営むための、堅実な職業として働いていた。自らを危険に晒しながら、毎日満員電車で通勤している自分たちと同じだ。同じ仕事なのだ。

 

危機感をもって対策し仕事している企業や従事者が多いのだから、感覚が麻痺して諦めている自分よりもずっと感染症について真剣に考えているかもしれない。

 

それでもライブエンタメ業界は、厳しく批判されることが多い。補償も足りていない。そんな業界に税金を使うな」という意見もある。

 

批判自体が悪いとは思わない。国難の時期にイベントを開催することは、確実に危険もある。開催可否について議論が必要だろう。

 

そしてそれと同時にライブエンタメ業界を含む、世の中のために自粛し損害を被った様々な業界への補償に対しても、議論が必要なはずだ。

 

その必要性について日々訴えかけたり発言する人も増えてきたが、まだ少ないと感じる。業界内でも声を挙げる人は一部だけだ。

 

当然の事ながらライブエンタメに興味がない人からは、なかなか補償の必要性についての議論されることは無い。開催への批判だけで終わっているとも感じる。

 

先日行われたフジロックに関しては、開催前日にとある医療従事者が「開催を今からでも中止して欲しい」「払い戻しもあるから参加者は帰って欲しい」と書いたツイートをしていた。

 

医療現場の疲弊を考えたら、医療従事者からこのような意見が出るのは当然だ。しかしギリギリで中止した場合の経済的な損害なついては、一切触れていなかった。

 

それぞれの立場で考えることは違う。医療の立場で考えることも正しいし、経済を心配することも正しい。しかしそれぞれの立場を大切にするあまり、自分の立場とは違う視点を見落としてしまう。

 

逆にライブエンタメ業界は医療への視点が抜け落ちていたり、甘く見ている人も少なからず居るように思う。

 

ライブエンタメ業界は医療のことをもっと考えるべきで、医療関係者は経済への影響をもっと考えるべきだ。当事者では無い立場や、自分の専門外のことこそ深く考えるべきだ。

 

自分を問診してくださった医師は、音楽ファンという立場でありつつ、医療従事者という立場だった。その上で自身の意見を伝えてくれた。

 

きっと様々な立場を考えた上での言葉であり、伝える相手の立場によっては、傷つける言葉になるとも理解していただろう。

 

その言葉を受け止めた上で、自分はこれからもライブに行くかを悩み葛藤し結局行ってしまうし、収入を得るために思考をストップさせ、満員電車で致し方がなく出勤するだろう。

 

そしてライブエンタメ事業の従事者は開催可否を悩み葛藤しギリギリまで考え、時には収入を諦めて致し方がなく中止を選ぶだろう。

 

この状況をどうするべきなのか、今の自分には答えが出せない。補償はもっと必要だが、十分な額や範囲を決めることも難しい。

 

だからこそ各自がもっと考えて訴えていくしかないのかもしれない。自分の立場だけでなく、自分と真逆の立場についても真剣に。

 

多くの意見や考えが集まり政府に届いた時、少しは明るい未来が見えるかもしれない。

 

きっと自分に問診した医師も、本当はライブに行きたいと思う。医療従事者だから「仕方がない」と諦めているのだと思う。自分が満員電車で出勤することを「仕方がない」と諦めていることと同じように。

 

サニーデイ・サービスが好きな医師が、またライブへ行ける世の中に今から戻せるだろうか。

 

とにかくひたすら考えたい。

 

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