2020-07-15 【レビュー】RYUTist『ファルセット』はアイドルオタク以外も聴くべき レビュー RYUTist 名盤 RYUTistの最新アルバム『ファルセット』を聴いた。1曲目『GIRLS』からして、過去のアルバムとは違うモードであると感じた。 違うモードというか、過去作と比べても音の質感が違う。 歌声の表現力が違う。洗練された繊細な音色。そして作り込まれた編曲。これは名盤なのではと思った。 GIRLS RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes その予想は当たっていた。最初から最後まで一気に通して聴いてしまった。どの曲も心地よく聴こえて、それでいて斬新で刺激的。様々なタイプの名曲が揃っている。久々にアイドルのアルバムでアイドルファン以外にも勧められる作品に思う。 正直な話、RYUTistのアルバムにそこまで期待はしていなかった。深く聴いていたわけでもないことも理由ではあるが「Negiccoの二番煎じ」だと思い込んでいた。 どちらも新潟を拠点としているご当地アイドルであることで、アイドルファンにはまとめて語られることも多い。王道のキャピキャピしたアイドルソングとは少しだけ違う落ち着いたポップスを歌っていることも共通点だ。 しかし『ファルセット』の収録曲を聴くと、Negiccoと似ていると簡単に言うべきではないと思った。RYUtistにしか持っていない部分があるのだと実感したからだ。 Negiccoとの共通点と相違点 Negiccoは作り込まれている心地よいポップスが得意で、多くの名曲を作ってきたと感じる。音質にも拘っていて、全ての楽器の音がきちんと聴き取れるミックスながら音圧はそれほど高くなく聴きやすい。しかし演奏はキレッキレでベース音はゴリゴリの曲も多い。 音質にこだわっている部分はRYUTistも共通していると思うが、楽曲の方向性は少しだけ違う。例えば『ALIVE』のような曲はNegiccoには存在しない。 ALIVE RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes 実験用素を含んだ約7分の長尺の楽曲。ポリリズム(違うリズムが同時に演奏されること)のような複雑なリズムがあったり、ミュージカルのようにメンバーのセリフパートもある。 しかしメロディはJ-POP的でキャッチー。メンバーはアイドルとしてアイドル的な歌唱をしている。ギリギリのラインで難解で取っ付きにくい音楽にならないよう調整されている。そのバランス感覚が面白い。 Negiccoは渋谷系や80年代〜90年代の洋楽ポップスを現代の歌としてリバイバルし、アイドルソングに昇華していると感じる。RYUTistも渋谷系や80年代〜90年代の洋楽ポップスからの影響を感じるし、上質なポップスを作るという点は共通点だ。 しかしRYUTistはそこに実験的な要素を加えて「それでもアイドルソングとして成立させる」ことを意識しているように感じる。 春にゆびきり RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes パソコン音楽クラブが楽曲提供した『春にゆびきり』も面白い楽曲だ。 打ち込みを使用したダンスチューン。ゆったりとしたリズムなのにドラムの手数は多い。そこにメロディアスな歌が重なる。 それはマニアックな編曲でもあるが、J-POPとしても成立するキャッチーさもある。それが不思議でクセになる。 そんな音楽がRYUTistは多い。音楽を多く聴いていきたコアなリスナーほど唸ることが多いのではないだろうか。 変わったことをやりたいわけではない しかし変わったことをやって目立とうとしているわけではない。ジャンル問わずに良い曲をアイドルとして、RYUTistとして表現しようとしているのだと思う。 『センシティブサイン』や『好きだよ・・・』はミドルテンポの落ち着いたポップス。王道のポップスではあるが、一つひとつの音は繊細で編曲は丁寧で作り込まれている。 センシティブサイン RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes 音楽を普段熱心に聴かない人やアイドルに興味がない人でも「良い曲」と思えるような、キャッチーさとシンプルさを兼ね備えなえている。それでいて聴けば聴くほど編曲の細かい部分の工夫に気づける完成度の高い楽曲だ。 また『絶対に絶対に絶対にGO!』や『ナイスポーズ』のように、アイドルでなければ歌えない可愛らしい歌詞の楽曲もある。 絶対に絶対に絶対にGO! RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes 『ファルセット』には様々なタイプの楽曲が揃っているのだ。ジャンルもバラバラ。共通している部分は「良い曲であること」「RYUTistが歌っている」ということだけ。 楽曲提供者には柴田聡子や蓮沼執太、シンリズム、Kan Sanoなどコアな音楽ファンから支持されているアーティストが多い。楽曲のクオリティにおいては心配する要素がない楽曲提供陣。それも「良い曲」にこだわっているからだろう。 最後に『黄昏のダイアリー』で終わるのもいい。 作曲が元Cymbalsの沖井礼二であるからか、ポスト渋谷系に感じるサウンド。切なくも美しいメロディと優しい歌声の楽曲。センチメンタルな気持ちにさせて、アルバムに余韻を残すようにアルバムを締めてくれる。 黄昏のダイアリー RYUTist J-Pop ¥204 provided courtesy of iTunes 個性的な展開と不思議な編曲の『GIRLS』を1曲目にしてインパクトを与え、一瞬でアルバムの世界に引き込む。中盤では中だるみしないようにアップテンポの『絶対に絶対に絶対にGO!』やポップな『青空シグナル』を挟む。そして最後は王道ながら作り込まれていて心に染み入る名曲『黄昏のダイアリー』で締める。 各楽曲が作り込まれているだけでなく、アルバムの曲順にも拘っているのだ。アルバムを一つの作品として考えた場合も、誰もが認める良いものを作ろうとしていると感じる。 『ファルセット』で不思議なこと 一つだけ『ファルセット』で不思議なことがある。 それはジャンルも楽曲提供者もバラバラで統一感がないのに、アルバムとして1つの作品としてまとまっていることだ。それが不思議でありつつも魅力的にも思う。 楽曲提供者がアルバムのコンセプトやグループのイメージに合わせて制作するパターンも多い。しかし蓮沼執太のインタビューの発言から考えると、楽曲提供者は自身の作品と同じように自由に制作していたように思える。 蓮沼:僕に楽曲を頼むくらいなので、変わったことをしたいんだろうなと思いました。なので、アイドルの形式みたいなことは特に考えず、自由に作ればいいんだろうなって。 南波:でも「フィルでお願いします」って言われたら、「え?」ってなるよね。 蓮沼:いや、なりませんよ。心配になったのはスケジュールと予算くらい。フィルは大きなスタジオに入って一発録りという方法で作っているので、全員集まれないとダメなんです。オーバーダブして、ポスプロしてって考え方じゃないので、そのあたりの調整が大変なんですけど、それ以外は特に問題はなかったですね。 (引用:蓮沼執太とRYUTist運営が語る、コロナ以降の「アイドルと楽曲」) ではなぜアルバムに統一感を感じるのだろうか。 それはRYUTistのディレクターの安部博明氏が「メロディーがいいということをすごく大事にしているんです。アレンジが多少難解でも、メロディーを聴いていいと思ってもらえる曲を作りたかったので」と上記引用のインタビューで語っていた通り「良いメロディであること」という考えが楽曲提供者全員に共有されていたことが理由かもしれない。 しかしアルバムに統一感のある最も大きな理由は他にあると思う。それはメンバーの歌声だ。 RYUTistのメンバーは他にいないような個性的な声質を持っているわけではない。歌がべらぼうに上手いわけでもない。一聴しただけではありきたりな声に感じるかもしれない。 しかし彼女たちが歌うと、どんな楽曲も「RYUTistの音楽」になってしまう。 どんな楽曲でも歌声が真っ直ぐなのだ。丁寧に真摯に大切に歌っているように思う。それは歌手としてというよりも「アイドルとして」歌っているように聴こえる。 純粋無垢で汚れを知らないような明るい歌声だ。どんな複雑で難解な曲もポップにしてしまうし、マニアックな編曲もキャッチーにしてしまう。 この歌声は狙って作られたのではないと思う。活動していくうちに自然と身についた歌唱方法で、滲み出てきたものだろう。それが気づいたら強みになっていたのだ。 マニアックでコアな音楽ファンに受けそうな楽曲が揃っているが、それをRYUTistがアイドルとして万人に愛される明るい歌唱で表現している。コアな音楽でありつつもポップでキャッチー。その絶妙なバランスが魅力的で惹きつけられる。 RYUTist『ファルセット』は音楽ファンに聴いてほしいアルバムだ。もちろんアイドルファンにも勧めたいアルバムでもある。 というか、音楽を愛する音楽リスナーの全方位誰もにお勧めできる名盤だ。 ファルセット 楽天市場 Amazon