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Official髭男dismの『恋つづ』主題歌『I LOVE...』に残念ポイントはあるのか?(歌詞・レビュー・感想・評価)

残念ポイント?

 

2019年の日本の音楽シーンはOfficial髭男dismとKing Gunの年と言っても過言ではない。それほどにこの2組がヒットを飛ばしていた。その勢いは2020年になっても止まらない。

 

King Gnuは新作アルバム『CEREMONY』を大ヒットさせ、Official髭男dismもドラマ『恋はつづくよどこまでも』主題歌の新曲『I LOVE...』をヒットさせた。定額配信サービスでの週間再生数の歴代最高記録を更新したりと『Pretender』や『宿命』に続く代表曲になっている。

 

I LOVE...

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2組とも2019年を代表するアーティストではなく、日本を代表するアーティストになりつつある。しかし飛ぶ鳥を落とす勢いで人気が急上昇すると、出る杭は打つ精神で潰そうとする人も出てくる。話題性に乗っかろうとする輩も出てくる。

 

先日、話題性に乗っかって無理やりな批判をしている適当なネット記事を見つけた。

 

まず歌詞の中に登場するキャラクターを見てみましょう。彼(彼女)は、<I Love なんて 言いかけてはやめて I Love I Love 何度も>という状況にある。つまり、正面切って“愛”という言葉を言えない、もどかしい思いを抱えているわけですね。

 ところが、突如サビで現れた作詞者らしき人物が、<高まる愛>と、あっさり説明してしまうのはどうしたことでしょう?

(髭男dismの「恋つづ」主題歌、大ヒットの実力と“残念ポイント”)

 

『女子SPA !』というメディアに掲載されている記事で歌詞についての批判がされていた。無理やり批判すべき部分を探して文章にしているように感じた。的を得ていない批判に思う。

 

批判がダメだとは思わない。芸術やエンタメは批評によって作品への理解度が高まったり、作品を楽しむ上での新しい視点を教えてくれる。

 

しかし批判を目的にしてはならない。

 

この記事はPV数のために最初から批判する目線で記事を書いたように感じる。「残念ポイント」と記事タイトルに入れることで、注目を集めPV数を稼ごうとしているのではないだろうか。『髭男dism』と誰も呼ばないような謎の略し方をしていることからもアーティストへの知識も敬意も足りないように思う。

 

だから内容が浅いように感じる。自分の記事では髭男の”残念ポイント”について書いた記事の”残念ポイント”について書こうと思う。

 

言葉と想いは違う

 

愛してるって最近

言わなくなったのは

本当にあなたを愛し始めたから

(ゴスペラーズ/ ひとり)

 

 ゴスペラーズは『ひとり』という楽曲でこのように歌ってた。グループ最大のヒット曲であり代表曲である。特に上記のフレーズはインパクトが強く、ファンでなくとも覚えている人が多いかと思う。

 

ひとり

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このフレーズは批判されることもあった。「本当に愛してるなら言葉に出せよ」と言う人もいた。しかし歌詞の本質を理解してみてほしい。言葉と想いは一致しないこともあるのだ。

 

そこには照れ臭さや恥ずかしさの感情だけでなく、愛が深まったことによって愛の重さを感じ〈愛してる〉と簡単に言葉にしてしまうことの軽々しさについて表現しているようにも思う。言葉ではなく他の方法で愛を表現することの重要性に気づいたのかもしれない。

 

『I LOVE...』の歌詞も『ひとり』に通ずる部分がある。

 

僕が見つめる景色のその中に 君が入ってから 変わり果てた世界は
いつも卒なくこなした日々の真ん中 不思議な引力に逆らえず崩れてく

 

I Loveなんて 言いかけてはやめて
I Love I Love 何度も

 

高まる愛の中 変わる心情の中 燦然と輝く姿は
まるで水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具みたいな イレギュラー
独りじゃ何ひとつ気付けなかっただろう こんなに鮮やかな色彩に
普通の事だと とぼける君に言いかけた I Love その続きを贈らせて

 

見えない物を見て笑う君の事を 分かれない僕が居る
美しすぎて目が眩んでしまう
今も劣等感に縛られて生きている

 

I Love I Love 不恰好な結び目
I Love I Love 手探りで見つけて
I Love Your Love 解いて 絡まって
僕は繰り返してる 何度も

 

レプリカばかりが飾られた銀河 カーテンで作られた暗闇
嘆く人も居ない 鼠色の街の中で I Loveその証を抱き締めて

 

喜びも悲しみも句読点のない想いも
完全に分かち合うより 曖昧に悩みながらも 認め合えたなら

 

重なる愛の中 濁った感情の中 瞬きの僅かその合間に
君がくれたプレゼントはこの やけに優しい世界だ
イレギュラー
独りじゃ何ひとつ気付けなかっただろう こんなに大切な光に
普通の事だと とぼける君に言いかけた I Love その続きを贈らせて

 

受け取り合う僕ら 名前もない夜が更けていく

 

 

歌の主人公は〈I Love〉と言えないもどかしさ、もしくは言わないようにしているもどかしさを感じているだ。しかしお互いにわかり合おうとして愛を深めている様子もわかる。想っていいたとしても、あえて〈愛している〉と言わないのだ。

 

独りじゃ何ひとつ気付けなかっただろう こんなに鮮やかな色彩に
普通の事だと とぼける君に言いかけた I Love その続きを贈らせて

 

〈I Love その続きを贈らせて〉というフレーズから、言葉では伝えきれない想いがあることがわかる。言葉で片付けられないほど深い想いを伝えようとしているようにも思う。

 

想いをあえて言葉にしないという行動は日本的だと思う。ゴスペラーズ『ひとり』がリリースされた20年前から変わらない日本的な部分だと思う。それにはメリットもデメリットもあるとは思うが、奥ゆかしさのある日本人の魅力でもあると思う。日本人だからこそ伝わる表現だとも思う。

 

歌詞に出てくる〈愛〉は想いの部分だ。言葉ではない。〈I Loveなんて言いかけてはやめて〉を繰り返していたとしても相手に愛があることは変わらない。

 

だから歌詞で〈愛〉という言葉が出てきたのだ。〈高まる愛の中〉というフレーズからわかるように、言葉にせずとも想いは高まっていることを表現するために、必然的に〈愛〉という言葉が出てきたのだ。

 

タイトルの「I LOVE…」に対して、うまく愛を表現できないという反語的なテーマだったはずなのに、いとも簡単に使われてしまった「愛」という単語によって台無しになっているのです。

 なぜこんなことが起きてしまったかといえば、キャラクター主体で進めていたストーリーの中に、作者が介入してしまったからなのですね。早い話、状況を整理、説明したいという事務的な欲求が働いてしまったわけです。聴き手への配慮が裏目に出てしてしまったと言えばいいでしょうか。

 それが、“歌詞の主体が揺らいでいる”イコール、楽曲の構造に不具合が生じている、という意味なのです。

 (髭男dismの「恋つづ」主題歌、大ヒットの実力と“残念ポイント”)

 

 だからこそ「愛」という単語によって台無しになっているという批判は的を得ていないように感じる。

 

むしろ「愛」という言葉を使うことで「I Loveと言いかけてはやめているのに、愛は高まっている」という複雑な状況や想いを表現できているのだ。もしも「愛」を歌詞に使わなければ、歌詞の本質が伝わらない内容になっていた。

 

音楽を聴いたときにどのように感じるかは人それぞれ違う。しかし『女子SPA !』の記事のように「不備がある」「ミスを犯している」「台無しになっている」と絶対的な答えがないものに対して、決めつける表現でヘイトを書くことには疑問を感じる。

 

そこにアーティストへの敬意はない。

 

 

残念ポイントよりも満足ポイントを伝えたい

 

悪い部分よりも良い部分を見つけて評価する方が価値がある批評になるのではと思う。批判も必要だとは思うが、批判に重点を置いた批評が蔓延することは悪影響しかない。批判するとしても相手に敬意を持ち、しっかりと調べて考えなければならないと思う。

 

ところで、この記事もここで終わってしまっては『女子SPA !』の記事を批判することが目的の記事になってしまう。髭男を批判する目的の記事と対象が違うだけで同じことをしてしまっている。それは不本意だ。

 

ここから先はOfficial髭男dismの自分が感じる魅力について書いていきたい。髭男は急激に人気になったことで、きちんと聴かれずに批判されることも増えてきた。しかし彼らは話題性やマーケティングだけでなく実力も伴っていることを伝えたい。

 

 

『Pretender』のヒットは必然だと思う。人気映画の主題歌だったこともヒットの理由だとは思うが、楽曲の持つ力によってヒットにつながったはずだ。

 

ミドルテンポのラブソングでバラードならば、ストリングスの音を入れて感動的に盛り上げることが多い。音を多く重ねることで華やかにすることもJ-POPの定番だ。

 

しかしストリングスを多用していない。多くの音を重ねる訳ではなくバンドメンバーの音が目立つ程度の控えめの編曲になっている。

 

それでも曲が進むにつれ盛り上がるように曲展開が工夫されている。落ち着いたAメロからBメロで音を増やして少しづつ盛り上げる。そして伸びやかな歌声で圧倒させるサビへ繋げる。ありきたりな編曲で盛り上げるのではなく、バンドの底力を感じるような盛り上げ方をしているのだ。

 

J-POPはメロディの良さで聴かせることを重要視することが多い。髭男の曲もメロディアスなメロディでJ-POPの雛形をなぞっている。しかしそれとは違う新しい工夫もされていて、新鮮さも感じる音楽になっている。

 

 

もちろん髭男は「リズムを重要視する」という価値観をJ-POPに提示したように思う。

 

例えば『Pretender』のBメロはピアノの音がメロディを奏でるのではなく、リズムを刻むように弾かれている。無音の部分を作ることで、心地よいノリを生み出している。

 

『宿命』ではそれがさらに顕著になっている。

 

音数を減らし無音の部分を作ることでノリを作っている。リズムを奏でる音をドラムやベースの音だけでなく指を鳴らす音など様々な音を使っている。この曲もリズムを奏でるようにピアノを弾いている部分がある。

 

音を重ねて派手にして印象に残すのではなく、リズムの魅力で心地よく聴かせる楽曲だ。

 

R&Bのシンガーではそのような曲はあったが、バンドでは殆どなかった。それに髭男ほどのヒットには繋がった曲は少ない。

 

そしてリズムの良さを重要視しつつもJ-POP的なメロディアスさもある。その新しい組み合わせを作ったことで、J-POPの枠を広げて新しい価値観を作り出したように思う。

 

 

 

 『I LOVE...』もリズムを重要視した楽曲だ。この曲もしっかりとヒットさせている。

 

髭男は90年代から続くJ-POPの定番的な編曲をぶち壊して新しい価値観を作り出したように思う。彼らの勢いはまだまだ加速しているし、止まる様子が見えない。

 

今後J-POPシーンでの活躍狙う新人アーティストはやりづらくなる可能性がある。多くの音楽リスナーが自然と新しい価値観を作った髭男の音楽を受け入れている。

 

そもため90年代から続くJ-POPの雛形が通用しなくなるかもしれない。リスナーは新しい価値観の音楽に触れたことで、過去に使い古された手法を古臭く感じるかもしれない。

 

今後の新人アーティストは新しい価値観に合わせなければならないし、さらにいうと新しい価値観を作ることを、今まで以上に求められるかもしれない。

 

髭男は新しい価値観や自分たちの個性を自然と既存のJ-POPの雛形に混ぜ合わせて人気を獲得したので、しっかりと聴かなければ個性や凄さが伝わりづらいかもしれない。そのため一部のリスナーに批判されがちなのかもしれない。

 

もちろん髭男の音楽が好みに合わない人もいるとは思うが『女子SPA!』の記事のように斜に構えて批判を行うことには個人的には疑問を感じる。

 

Official髭男dismに”残念ポイント”があるとしたら、残念な人たちに気軽に批判されるようなポジションになってしまっていることかもしれない。

 

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