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『アダムとイヴの林檎』で椎名林檎が全然トリビュートされてない件〈感想・レビュー〉

これはトリビュート盤なのだろうか?

 

国内外の多くのアーティストのトリビュートアルバムが毎年発売されている。トリビュートアルバムは活動10周年記念などの特別なタイミングでそれを祝う目的だったり、活動休止や解散などを惜しむ気持ちで制作されることが多い。

 

2018年は完結を発表したチャットモンチーや、デビュー30周年のエレファントカシマシがトリビュートアルバムを発売した。ちなみにエレカシはこれで3枚目のトリビュートアルバム。何度目だナウシカ。

 

そして、2018年でデビュー20周年迎えた椎名林檎もトリビュートアルバムを発売した。タイトルは『アダムとイブの林檎』

 

 

このトリビュートアルバムは素晴らしい作品だ。椎名林檎を知らない人にもおすすめできるし、参加アーティストのファンは是非とも聴くべき作品だと思う。

 

しかし、この作品は普通のトリビュートアルバムではないように思うのだ。 

 

トリビュート(tribute)という言葉を日本語訳すると「称賛・賛辞・尊敬・感謝」という意味になる。椎名林檎のトリビュートアルバムからは、そういった意味合いをあまり感じないのだ。

 

もちろん、尊敬や感謝の気持ちも含まれているとは思う。しかし、それ以上に、このアルバムは楽曲の再構築で、椎名林檎自身もそれを狙っているのではと思ってしまうのだ。

 

椎名林檎を喰ってしまいそうなカバー

 

M1. theウラシマ’S 「正しい街」

M2. 宇多田ヒカル&小袋成彬 「丸ノ内サディスティック」

M3. レキシ 「幸福論」

M4. MIKA「シドと白昼夢」 

M5. 藤原さくら 「茜さす帰路照らされど・・」

M6. 田島貴男(ORIGINAL LOVE) 「都合のいい身体」

M7. 木村カエラ 「ここでキスして。」

M8. 三浦大知 「すべりだい」

M9. RHYMESTER 「本能」

M10. AI 「罪と罰」

M11. 井上陽水 「カーネーション」

M12. 私立恵比寿中学 「自由へ道連れ」

M13. LiSA 「NIPPON」

M14. 松たか子 「ありきたりな女」

 

『アダムとイヴの林檎』に参加したアーティストはそうそうたる面子だ。交流の深いアーティストもいれば、意外なアーティストや若いアーティストもいて幅広い。ジャンルや立ち位置も違う様々なアーティストたち。

 

しかし、参加アーティストに共通点はある。全てのアーティストが他にはない個性と、しっかりとした実力を持っていることだ。

 

そのためか、どの曲もカバーしたアーティストの色が濃く表れている。カバーであることを知らない人が聴けば、オリジナル曲だと思うかもしれない。

 

もちろん、作詞作曲は椎名林檎だから林檎の個性も感じる。しかし、参加アーティストは「椎名林檎を喰ってやろう」としているかのように個性をぶつけているし、高いクオリティでカバーをしている。

 

しかし、椎名林檎自身も「自分が喰われる」ことも想定しているのではとも思う。むしろ、椎名林檎が「喰われたふり」をして参加アーティストを手のひらで転がしているのかもしれない。 

 

椎名林檎の関係者が盛りだくさん

 

『アダムとイブの林檎』が他のトリビュートアルバムと違う部分がある。

 

今回のアルバムに参加しているアーティストはソロのアーティストやユニットが多い。他のアーティストのトリビュートアルバムならバンドも参加することが多い。しかし、今作バンドマンが参加するとしても、theウラシマ’S のようにトリビュートのための特別バンドを組んでいる。

 

そして、参加アーティストにはバックバンドやプロデューサーがついている。

 

例えば、亀田誠治や伊澤一葉の東京事変のメンバーや過去にライブサポートをしたハマ・オカモトやレコーディングにも参加した皆川真人、編曲に関わったことがある富田ラボなどなど。

 

『アダムとイヴの林檎』に関わっている多くのバックバンドやプロデューサーが、過去に椎名林檎の作品やライブに関わっているのだ。

 

その裏方たちが参加アーティストの個性を生かす演奏や編曲をする。それに加えて、椎名林檎の成分もほんの少しプラスする。

 

そのため、参加アーティストがバラバラでもアルバム全体に統一感が出る。そして、椎名林檎の楽曲をきちんと理解している人が関わっているので、曲に合わない編曲になることもない。

 

他のトリビュートアルバムだと、このようなことは少ない。基本的に参加アーティストが自分たちの解釈で自由にカバーすることが多い。

 

もしかしたら、普通のトリビュートとは違い、椎名林檎も企画から関わり、プロデューサーや作家のような立場でコントロールしていたのかもしれない。

 

椎名林檎の作家性

 

椎名林檎は作家としても多くの作品を残している。多くの歌手やアイドルに作詞作曲で30曲以上提供している。

 

本人も一時期アーティストではなく楽曲提供をメインに活動していきたいと言っていた。

 

今回のトリビュートも音楽作家としての目線だったのかもしれない。その目線で参加アーティストやカバー曲や裏方などの関わる人達を決めていたのかもしれない。

 

今作の楽曲は全て椎名林檎のソロや東京事変などで、本人がアーティストとして歌いライブでパフォーマンスしたいた楽曲だ。それにも関わらず、参加アーティストのために書き下ろした提供作品のように聴こえる。

 

『アダムとイブの林檎』は椎名林檎のトリビュートアルバムでもあり、椎名林檎にとっての新しい方法での作家活動の挑戦ではないだろうか。

 

企画アルバムではなく1枚で1つの作品

 

『世代を越える・ジャンルを越える・国境を越える・関係を越える 今回限りのコラボレーション』

 

これは公式サイトにも書かれている、トリビュートアルバムのコンセプトだ。

 

コンセプトを読むとわかるが、これはトリビュートとしてのカバーアルバムではない。コラボレーションアルバムとして作成されたことがわかる。

 

トリビュートは日本語で「称賛・賛辞・尊敬・感謝」という意味だ。しかし、コンセプトは「コラボレーション」。

 

コラボレーションということは、椎名林檎と参加アーティストは、世代もジャンルも国境も関係もすべて飛び越えた対等な関係だ。

 

つまり、これは椎名林檎の作品を活かしてトリビュートした、企画盤的な要素の強いカバーアルバムではない。椎名林檎も参加アーティストといっしょに作り上げた、コラボレーションアルバムなのだ。

 

椎名林檎が今まで行っていなかった方法で多くのアーティストと作り上げた1つの作品であり、コラボレーションアルバムであり、オリジナルアルバムに近い作品ではないだろうか。

 

これは今までにはなかった新しいトリビュートアルバムの形ではと思う。

 

 ここまでの内容をまとめて言いたいことを一言にすると、「このトリビュートアルバム、普通のトリビュートアルバムではないかもしれないけど、めちゃくちゃ良い作品だよ」てことです。