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フジファブリックの活動休止について想うこと

2022年2月10日に行われたフジファブリックのライブで、山内総一郎はアンコールで涙を流していた。当時ソロ名義で出す予定となっていた『白』という曲を歌った時だ。

 

歌う前に「大切な友人であり、バンドメンバーであり、僕らを導いてくれた人について歌った曲を歌います。志村くんに向けて、作った曲です」と話していた。

 

 

歌い始めはいつも通りに声もギターの演奏も素晴らしかったが、曲の中盤辺りからギターは荒々しくなり、歌声は掠れ始めた。

 

山内は泣いていた。そのせいで声も出なくなり、演奏を途中で止めタオルで顔を拭っていた。

 

そんな姿を見て、彼を支えるかのような長い拍手を鳴らす観客。バンドと同じように、ファンも温かかった。

 

志村くんと作ってきた曲を初めて歌う時は、いつも泣いてしまって歌えないんです。

 

だから家で何回も練習して、歌えるようになってから、ステージで歌っているんです。

 

歌い終えてから山内が話した言葉を聞いて、ハッとした。自分はファンとして山内がボーカルとして志村正彦の残した曲を歌ってくれることに無邪気に喜びライブを楽しんでいたが、歌う本人には相当な心理的負担があることに気づいたからだ。

 

いつしかフジファブリックの活動が当たり前のように続き、当たり前のように山内が志村の残した曲を歌うようになっていたから、自分は長年追いかけているファンでありながらも、そのことに全く気づけなくなっていた。

 

ファンの立場からはメンバーが抱える負担の全てを知る術はない。それでも志村正彦の存在が大きすぎる故の代わりに歌うことへのプレッシャーだったり、大切な人の残した大切な曲だからこそ大切に歌わなければというプレッシャーだったり、亡くなった大切な人を思い出してしまう悲しみだったり、様々なことがあることは察することができる。

 

志村正彦がファンにとっても大きな存在だからこそ生まれたプレッシャーもあるだろう。

 

ファンは志村正彦の音楽を愛している故に、今のフジファブリックにも志村正彦の姿を重ねてしまう。そしてそれに応えるように想いを乗せて志村の残した歌を、想いをのせてうたい継いでくれる今のフジファブリックも支持している。

 

ファンの期待に応える歌をうたうことは、本人が望む活動だとしても精神的な負担は大きいとは思う。むしろ志村正彦のことも、フジファブリックのファンのことも、どちらも大切に想っているからこそ妥協もできないし使命感も出てくるのだろう。

 

それは歌をうたう山内だけでなく、志村正彦の残した曲を演奏する金澤ダイスケや加藤慎一も同じだと思う。

 

志村がいた頃から演奏していた曲だったとしても、志村が居ない中で演奏することにはプレッシャーもあるはずだ。志村がいた頃と変わらないクオリティで演奏するだけではなく、代わりに歌う山内を演奏によって支える役割も担うようになったのだから。

 

それに加えて新曲も創り続けている。志村の曲に負けないクオリティで新曲を創らなければならないし、アルバムは名盤を創らなければならない。懐メロバンドではなく現役のカッコいいバンドであり続けなければ、ファンは失望するし、きっと志村もフジファブリックが懐メロバンドになることを望んでいない。それに応えるプレッシャーもあったとは思う。

 

ある時期から山内は「フジファブリックは解散しないバンドです」と言うようになった。「みんなも含めてフジファブリックです」とも言っていた気がする。

 

その言葉に嘘はかったはずで、活動休止を発表した今でも、嘘ではなかったはずだ。金澤や加藤も同じ想いで、バンドとしての総意としての想いだったと思う。

 

でもそれは、ファンに希望を与える言葉としての意味だけではなく、メンバーが自らを奮い立たせるため、自らに言い聞かせるための言葉でもあったのかもしれない。フジファブリックの活動が嫌というわけではなくて、活動を続けなければ自らかけた呪いでもなくて、フジファブリックが大切すぎるが故に生まれる精神的負担を軽減させるための言葉だったのではないだろうか。

 

もちろんこれは全てただのファンである自分の想像ではある。でもメンバー自身が最もフジファブリックを大切にしていたとしか思えない光景を、自分はたくさん観てきた。メンバー自身が最もフジファブリックの活動を楽しんでいたとしか思えない演奏を、自分はたくさん聴いてきた。

 

金澤ダイスケが楽しそうに宙吊りされる姿だって観た。なぜかステージ上で料理をする姿も観た。人体切断マジックに挑戦する姿も観た。キーボーディストなのにMCでハンドマイクになり、嬉しそうにステージを練り歩く姿だって観た。最高の演奏をする姿だって、当然に観た。

 

それらの行動の全てが、フジファブリックを大切に思っていて、フジファブリックの活動を心の底から楽しんでいるからこその姿としか思えなかった。ステージでフジファブリックがファンに観せる姿は、そのような姿ばかりだった。

 

でも人の感情はそれほどシンプルでは無く複雑だから、ステージで観せない部分での葛藤や辛さはあったのだと思う。あの日のライブで山内が涙を流し、フジファブリックとしての活動に葛藤する生々しい姿は、本当だったら本人が最もファンに見せたくない姿だったのかもしれない。

 

何事も本気になればなるほど「楽しい」の感情だけで片付かない物事が増えていく。それはバンドマンでは無い一般のサラリーマンである自分でも、普段の生活や仕事の中でも感じることだ。フジファブリックのメンバーも我々と同じ人間だから、様々なことを考えると思う。悲しい出来事もあったバンドなのだから、尚更様々なことを考え、想うはずだ。

 

フジファブリックの活動休止も、そのきっかけが金澤ダイスケが脱退を申し入れたということも、青天の霹靂だった。ついこの間まで自身の生誕祭のタオルをステージに飾って、楽しそうに演奏する姿を自分は観ていたから。

 

でも、金澤もひとりの人間として様々なことを考えるだろうし、フジファブリックが大切だからこその葛藤もあっただろう。そしてフジファブリックが大切だからこそ、自身が後悔しないタイミングで自ら活動に幕を降ろそうとしたのかもしれない。

 

金澤は「この20年間でバンドに対してすべてを出し尽くした」ことを理由に脱退を申し入れたという。出しつくした後に活動を無理に続けても、それは惰性になるかもしれない。それではカッコいいロックバンドであり続けることは難しいだろう。

 

金澤の決断は、スポーツ選手が人生をかけて続けた選手活動を引退する時や、トップアイドルが大切なグループを卒業する時や、成人した子どもの独り立ちを見送り子育てを終える時に、近いものなのかもしれない。大切だからこそ引き際を考えていたり、プレッシャーや精神的負担がある中で活動したからこその、達成感や疲労もあったのだろうか。

 

だからメンバーの想いがバラバラになったわけでも、バンドに対する熱量に差があったわけでもないと思う。むしろバンドへの想いも熱量も一緒だと思う。 

 

ただどれだけ親しい間柄でも、想いや熱量が同じだったとしても、大切に想う物事に対する考え方が全く一緒とは限らない。決断内容や決断のタイミングには違いがある。だから複数人が集まった時は、話し合ってひとつの決断を導きだす。

 

フジファブリックの活動休止は、メンバーがバンドを大切に想っているが故の決断だと思う。大切に想っているメンバーやスタッフが、方向性は違うものの同じ想いを持って導き出した決断だと思う。きっとメンバーの気持ちがバラバラになったわけではないと思う。

 

バンドが活動休止を決めた2023年以降も、自分は何度かフジファブリックのライブを観た。そのどれもが素晴らしい内容で、メンバーは楽しそうにしていた。あれだけ素晴らしい息の合った演奏をしているのだから、バラバラになっているはずがない。

 

この文章はフジファブリックの活動休止に心が乱れてしまった自分の感情を、無理矢理に納得させるために書いた。ただの妄想と想像で組み立てられたお気持ち表明である。だからバンド側が発表した活動休止の理由以外の、実際の深い理由や決断までの過程はわからない。

 

でもフジファブリックのこれまでの活動を追ってきたファンとして、つい最近もライブを観た者として、メンバーの心がバラバラになった後ろ向きな活動休止だとは、どうしても思えない。何年経っても思い出してしまうような感動的なライブを、つい最近も観たばかりなのだから。

 

本音を言えば、活動ペースをゆっくりにしても良いから続けて欲しかった。活動休止と言わずに、たまに集まって曲を創ったり、ライブを数本するだけでも良いから続けて欲しかった。

 

でもそれをできない理由もあったのだと思う。常にファンに対して真摯に向き合うバンドだから、誤魔化しながら活動することもできやかったのだと思う。そうでなければ「解散しない」と言い続けていたバンドが、謝罪しながら活動休止を伝えるはずがない。

 

だが「解散」ではなく「活動休止」ではある。発表内容からすると解散に限りなく近い状態かもしれないけれど、それでも解散ではないことに希望を持ちたい。

 

志村正彦が憧れたユニコーンは脱退したメンバーが戻ってきて再結成したし、解散ライブで志村が客席で解散してほしくなくてキレていたというスパルタローカルズも再結成したし、交流があった吉井和哉がいるTHE YELLOW MONKEYも活動再開した。フジファブリックにもそんな未来があっても良いでのではないだろうか。

 

今は活動休止を決断したメンバーの想いを尊重したい。でも、いつか、そんな未来があると信じている。