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【レビュー】礼賛『WHOOPEE』はサーヤと川谷絵音の感性が混じりあった傑作

WHOOPEE

WHOOPEE

  • 礼賛
  • J-Pop
  • ¥2139

 

BiSHのサウンドプロデュースを務める松隈ケンタが、かつて自身のYouTube配信で「作詞作曲は誰でもできる。でも編曲は誰でもできるわけではない」と語っていた。

 

それは安田大サーカスのクロちゃんが作詞作曲、松隈ケンタ率いるSCRAMBLESが編曲を行った豆柴の大群の楽曲について言及した時のことだ。

 

決して「作詞作曲は誰もでできるぐらい簡単」と言いたいわけではないだろう。「編曲家は作詞家や作曲家よりも優れている」と言いたいわけでもないはずだ。どちらも難しいことを理解しての発言に思う。

 

おそらく「作詞作曲は感性が影響する部分が大きい」ということと「編曲は技術や知識が重要な部分が大きい」ということを伝えたかったのだろう。

 

実際にクロちゃんは音楽の知識は皆無で、作詞作曲をしたこともなかった。しかし自身の感性を生かし、歌詞と曲を書くことができた。それも「アイドルオタク」「お笑い芸人」という自身のアイデンティティを反映させたものだったので、彼にしか作れない個性的な楽曲になっている。

 

しかし感性だけで作品を作り上げることは難しい。感性を形するためのプロが、何を作るにしろ必要なのだ。その役割を音楽において担っているのが編曲である。

 

そんなことを礼賛の1stアルバム『WHOOPEE』を聴いて思った。このバンドの作詞作曲を務めるのは、ラランドのサーヤ。クロちゃんと同様に本業はお笑い芸人で、ミュージシャンとしてはアマチュアである。

 

しかしサーヤの作詞作曲した礼賛の楽曲は、高いクオリティを保っている。それはサーヤの独創的な感性を、バンドメンバーが編曲によって支えているからだろう。

 

サーヤはヒップホップが好きだと、よくインタビューで語っている。学生時代から多くのヒップホップを聴いており、特に日本のヒップホップは深く掘り下げているようだ。そこから受けた影響を、しっかりと作詞作曲に生かしている。

 

礼賛の歌詞は韻を踏んでいるものが多い。例えばアルバム1曲目の『TRUMAN』のサビでも〈誰かの価値観で 味わって 端から端まで〉とフレーズごとに母音をeにしている。ラップパートも多く、楽曲の構造としてはヒップホップそのものだ。

 

2022年時点で先行配信されていた『take it easy』も〈take it easy ここでまた意地〉〈take it easy ここまでの日々〉と母音をiで韻を踏んでいるし、サビ以外の部分も韻も踏んだラップパートになっている。『愚輩』や『橋は焼かれた』での細かい譜割でラップをしている部分も印象的だ。歌唱方法もヒップホップの影響が色濃く出ている。

 

とはいえ素晴らしい感性を持っていたとしても、音楽に関してサーヤは素人だ。きちんと編曲してくれるプロがいなければ、作品として完成させることができない。その部分で他のバンドメンバーがサポートしているのだ。

 

バンドメンバーは川谷絵音に休日課長(Ba.)、DALLJUB STEP CLUBのGOTO (Dr.)、様々なアーティストと関わっている木下哲(Gt.)と第一線で活躍するメンバーが揃っている。しかし彼らのメインの活動フィールドは、ヒップホップシーンではない。そのためか編曲のアプローチはロックやポップス、ジャズ、ソウルなど違うジャンルの匂いを感じるものになっている。それによって曲はヒップホップでありつつもサウンドは違うジャンルという、独創的な音楽となった。

 

特に川谷絵音の個性はは編曲から強く感じる。

 

礼賛の楽曲は楽器の一つひとつの音の主張が強いが、それが絶妙なバランスでひとつにまとまっている。それでいてビートが力強くピアノの音色は美しい。ギターはキッズが真似したくなるよなフレーズが盛りだくさん。

 

それはindigo la Endやゲスの極み乙女。の音楽性に近い。バンド結成のきっかけは川谷絵音が「ヒップホップバンドを新しく始めたい」と思ったことがきっかけだ。もしかしたらバンドの舵取りは川谷絵音が担っている部分が大きいのかもしれない。

 

つまりサーヤの感性と知識と技術のあるメンバー兼編曲家の技が組み合わさっただけでなく、川谷絵音の感性までもプラスされたバンドが「礼賛」であり、それが音源として形になったのが1stアルバム『WHOOPEE』ということだ。

 

そもそもサーヤにお笑い芸人としてだけでなく、音楽的な部分でも優れた感性を持っていると見極めた川谷絵音のセンスにも脱帽である。

 

物凄い新人バンドが、素晴らしい1stアルバムをリリースした。『WHOOPEE』はそんな名盤だ。