オトニッチ

ニッチな音楽情報と捻くれて共感されない音楽コラムと音楽エッセイ

ロックバンドはアイドルに勝てない?

ロックの世界でずっと生きてきたバンドマンが、アイドルへ敗北宣言をしたことに驚いた。

 

THE COLLECTORSの加藤ひさしと古市コータローのインタビューでのことだ。加藤は乃木坂46『君の名は希望』について、このように語っていた。

 

君の名は希望

君の名は希望

  • 乃木坂46
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

超いいよね。ほんっとに、あんなにすごい詞ないよ。もう……泣いたもんね。俺コータローくんにこう言ったんですよ、「あんな乃木坂みたいな歌出されたらロックバンド負けちゃうよ」って。そしたらコータローくんが「勝ったことねえじゃん」って言って、確かにそうだよなあと。ロックバンドはずっと「シェキナベイビー」みたいなことしか言ってないもんなあと思って(笑)。負けるっていうか、最初から勝負になってねえじゃんって、ちょっと目からウロコでしたね。勝ったことないんだよ、ロックバンドはアイドルに一度も。売上では。そして、すべてにおいて。

THE COLLECTORS「鳴り止まないラブソング」特集 加藤ひさし&古市コータローインタビュー

 

ここ最近の若手ロックバンドは、アイドルと共演したり、アイドルファンだと公言することが少なくはない。アイドルソングから影響を受けているバンドもある。

 

しかしTHE COLLECTORSは還暦を超えたメンバーもいる超ベテランバンド。インタビューは2014年のものなので、当時は50代前半ではある。しかし数十年に渡りロックを貫き尖った発言も多かったバンドマンが、アイドルを認め評価することには驚いた。

 

それと同時に忖度なく、自身のプライドなど関係なく、良いものは良いと評価する姿をカッコいいとも思った。

 

とはいえハッキリと「勝てない」と言われてしまうと、音楽を好きになるきっかけがロックバンドだった自分としては、ショックも感じる。

 

自分はアイドルも好きだ。アイドルソングには素晴らしい楽曲がたくさんあることも知っている。でもロックが負けているとは思わない。バンドマンがアイドルソングを評価することは嬉しいが「ロックも負けてない」と言って欲しかった。

 

しかし「ロックバンドはアイドルに勝てない」と言う理由を知り納得した。インタビューではこのようにも語っている。

 

──古市さんは、ロックバンドはアイドルに勝てないものだという認識が?

古市 アイドルっていうか、歌謡界ね。まあ勝負しようとしたら勝てないでしょうね。勝負する場所が違うと思ってるけど、単純にそういうとこの曲のクオリティに迫ろうと思ったら並大抵じゃないだろうね。プロ中のプロが会議開いて作ってるわけだから。

加藤 作曲者もすごい連中を何十人も集めて、その中からコンペして一番いいやつを決めて、さらにそれをいじくりまわして。こっちが1人で必死にカリカリやってたってこれはなかなかね……。でもそこに勝ちたいのよ。どうしたら勝てるのかはちょっとわかんないけど。

 

例えるならばアイドルソングの制作過程は、大企業が人材や資金を潤沢に使い組織的に高品質の商品を作る過程に近い。それに対してロックバンドは、中小零細企業もしくは個人商店が少数精鋭で頑張っているようなものだ。そのことが古市と加藤の発言からわかる。

 

好みの差や個性の強さの度合いは違うとしても、少数精鋭で制作を行うロックバンドは、総力戦かつ潤沢に資金を使えるアイドルに楽曲クオリティで勝てないのは当然だ。

 

恋するフォーチュンクッキー

恋するフォーチュンクッキー

  • AKB48
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

そういえば加藤はSHOWROOM番組『豪の部屋』に出演した際、AKB48『恋するフォーチュンクッキー』について語っていた。

 

番組内では『恋するフォーチュンクッキー』について「ソウルミュージックに感じた」「ギターのカッティングとストリングスのアレンジが凝っている」と大絶賛していた。

 

特に編曲を高く評価しており「こんな緻密なアレンジ創る人がどこにいたんだ?」「プロデュースを頼みたいぐらい」とまで言っている。

 

『恋するフォーチュンクッキー』は編曲にかなり時間をかけた楽曲だ。指原莉乃の公式YouTubeチャンネルに秋元康が出演した際、秋元は「アレンジの直しを50回ほど行ってもらった」「テレビ番組での初披露からCDリリースまでの間も、より良くするためにアレンジを変更した」と語っている。

 

相当な時間とお金をかけて音楽を作っているのだ。メジャーで活躍しているロックバンドだとしても、ここまでこだわり抜くことは珍しいだろう。

 

『恋するフォーチュンクッキー』の編曲を行ったのは、武藤星児という音楽家だ。アイドルグループを中心に、多くの楽曲制作に関わっている。特に編曲家として高い評価を得ており、複雑で緻密な編曲が得意なようだ。それでいて様々なジャンルに対応もできる器用な音楽家でもある。

 

しあわせの保護色

しあわせの保護色

  • 乃木坂46
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

例えば乃木坂46『しあわせの保護色』では、フィリーソウルの影響を感じるストリングスやリズムが印象的な編曲をしている。この方向性は『恋するフォーチュンクッキー』に近い。70年代から80年代のディスコミュージックを、日本のアイドルソングへ馴染ませたような素晴らしい編曲だ。

 

流れ弾

流れ弾

  • 櫻坂46
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

かと思えば櫻坂46『流れ弾』のように、全く違う方向性の編曲も行う。

 

この楽曲はBPM140前後の高速ファンクナンバーで、サウンドはロックからの影響も感じる。特にエレキギターのカッティングと複雑なベースラインは、緻密でこだわり抜かれている。

 

アイドルソングはアイドルの歌がメインで、音楽的な部分は手抜きしていると勘違いされがちだ。しかし実際は歌を最高の形で魅力的に聴かせるため、バックトラックのクオリティに最も力を入れている。

 

もしかしたらアイドルソングが日本の音楽業界で最も音源制作にお金をかけられているのかもしれない。それならばロックバンドがアイドルに勝てないことも当然だ。

 

しかしイコール「アイドルはロックバンドよりも優れている」とはならない。なぜならば、アイドルソングはロックバンドに力を借りていることが多いからだ。

 

例えば武藤星児は元々bignosemanというロックバンドをやっており『三宅裕司のいかすバンド天国』にも出演している。『恋するフォーチュンクッキー』を作曲した伊藤心太郎もBakelite Blues Bandというバンドでメジャーデビューした経験がある。

 

彼らだけではない。メインの活動がアイドルへの楽曲提供である音楽作家も、自身がロックバンドをやっていたケースは多い。

 

例えば元フーバーオーバーの岩崎正美と遠藤ナオキは、バンド解散後は様々なアイドルに楽曲提供している。元HaKUの辻村有記もそうだ。彼は櫻坂46や日向坂46やジャニーズに近年は楽曲提供しており、各アイドルのファンからは「良曲を書く作曲家」として知られつつある。

 

BiSHのメインコンポーザーである松隈ケンタもBuzz72+というロックバンドのメンバーだし、他にも現役のロックバンドマンがアイドルに楽曲提供することも少なくはない。

 

演奏陣もロックバンド出身者が参加することは少なくない。例えばAKB48『ヘビーローテーション』のギターを弾いているのは、元MY LITTLE LOVERで現The Birthdayのギタリスト藤井謙二だ。そういえばこの曲の編曲は、ロックにも造詣が深くあいみょんのサウンドプロデュースを務めている田中ユウスケだ。

 

語弊がある表現かもしれないが、彼らも「アイドルに負けてきたバンドマン」である。それが今ではアイドルを支える側の、アイドルを勝たせるための音楽家になった。

 

つまり全体のクオリティでロックバンドがアイドルに勝つことはできないかもれないが、 楽曲の軸であり要とも言える作曲の魅力では負けていないということだ。ロックバンドの楽曲がアイドルに使われているとも言えるし、ロックバンドが存在したから生まれたアイドルソングの名曲があるということなのだから。

 

それに技術やクオリティが高ければ、確実に人の心を掴むとは限らない。荒削りな楽曲や演奏だからこそ、響いてしまうこともある。ロックバンドが歌い演奏するからこそ生まれる魅力もある。それが音楽の不思議なところであり、エンタメや芸術の素晴らしいところだ。

 

ロックバンドは老若男女誰もに気に入られる音楽ではなく、1000人いるうちの1人の心に深く刺さる音楽を奏でる存在だと、自分は思っている。勝ち負けとは別の次元で、誰かのナンバーワンかつオンリーワンになれる存在になるのがロックバンドだ。

 

むしろアイドル運営側もそれを理解していて「ロックバンドも素晴らしい」「他にはない魅力を持っている」と思っているからこそ、ロックバンド出身のミュージシャンに助けを求めるのかもしれない。

 

The Rolling Stones『Jumpin' Jack Flash』をオマージュした乃木坂46『ジャンピングジョーカーフラッシュ』のような楽曲が発表されることからしても、アイドルに関わるクリエイターからロックバンドへのリスペクトを感じる。そもそもこの楽曲の作曲と編曲もロックバンドTOTALFATのKubotyだ。

 

ジャンピングジョーカーフラッシュ

ジャンピングジョーカーフラッシュ

  • 乃木坂46
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

そもそもアイドルだって歌やダンスの技術が高いとは限らないし、レベルが高い歌やダンスのアイドルが愛されるとも限らない。しかし拙い歌やダンスだとしても、それが心をつかんでしまうことがある。「技術やクオリティを超えた魅力」というものがあるのだ。

 

音楽はスポーツと違い明確な勝ち負けが存在しない。誰かにとってのワーストが、誰かにとってのナンバーワンになる。それが音楽を含めたエンタメや芸術の面白い部分だ。勝敗が存在さない世界なのだから、本来は「ロックバンドはアイドルに勝てない」なんてあり得ないはずだ。

 

しかしプロのバンドマンの目線からすれば、音楽ファンにも評論家にも理解できない、自身の中の勝ち負けがあるのだろう。

 

そういえば竹原ピストルは『カウント10』でこのように歌っている。

 

カウント10

カウント10

  • 竹原ピストル
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

ぼくは“人生勝ち負けなんてないんだ”という人の人生に
心を動かされたことは、一度たりとも、無い。

竹原ピストル / カウント10

 

ロックバンドとアイドルのどっちが優れているかとか、実際には決めることができない。でもあえて「負けている」「勝ちたい」と言うロックバンドはカッコいいと思う。

 

なぜなら自分も竹原ピストルのように“人生勝ち負けなんてないんだ”という人の人生に心を動かされたことは、1度ったりとも無いからだ。だからTHE COLLECTORSに自分は心を動かされるのである。

 

竹原ピストルはロックバンドではないが、彼の音楽も制作に時間もお金もかけたアイドルソングに負けているのかもしれない。しかし彼はギター弾き語りで多くの人の心をつかみ、紅白歌合戦にも出場している。クオリティや技術など関係なく、彼の音楽もアイドルに負けないぐらい魅力的だ。

 

ロックバンドはアイドルに勝てないかもしれない。でもロックバンドがアイドルに負けているとも限らない。

 

どんな音楽だとしても、聴いた者を感動させた時点で素晴らしいのだ。勝ち負けを意識して高みを目指す創り手の姿は尊敬に値するが、リスナーは勝ち負けを意識して聴く必要はないはずだ。

 

それにしても大御所ロックバンドなのに「アイドルに勝てない」と言いつつも「アイドルに勝ちたい」と悔しがるTHE COLLECTORSは、デカいハートを持ってるたよりになる男だと、改めて実感する。これがロックバンドだからこその魅力だと、自分は思う。