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ばってん少女隊『九祭』を聴いて驚いた

このグループは物凄いことになるかもしれない。去年、ばってん少女隊に対して、そんなことを思った。

 

それぐらいに去年リリースされた『わたし、恋始めたってよ!』という楽曲が、自分の胸に突き刺さったのだ。

 

 

ゴリゴリのドラムンベースに、キャッチーなJPOP的なメロディが乗り、アイドルが歌う。それでいて音色は煌びやか。その不思議なバランスが面白い。

 

歌割りは複数人ボーカリストがいる強みを活かしたもので、きちんとグループである強みを活かしているのも良い。繊細に作り込まれたトラックだが、それに引けを取らないほどに歌割りやメロディも作り込まれている。音楽マニアの琴線に触れるポイントが盛りだくさんの楽曲だ。

 

とはいえ音楽マニアだけに向けた、難解な音楽というわけではない。マニアックなことをしているのに、ポップで聴きやすい音楽になっている。

 

それはなぜかというと、アイドルがアイドルとして歌っているからだ。

 

難解な音楽やマニアックな表現でも、アイドルがアイドルとして歌うと、ポップになることが多い。他のジャンルでは生まれない不思議で個性的なバランスが、歌声によって生まれるのだ。それがアイドルの面白い部分である。

 

とはいえ全てのアイドルソングが、魅力的で個性的な音楽になるとは限らない。むしろ失敗することの方が多い。

 

アイドルの歌声とマニアックな音楽の組み合わせは、バランスを取る事が難しい。それが上手いこと均等なバランスになった時、ハイクオリティなアイドルソングが生まれるのだ。

 

『わたし、恋始めたってよ!』は上手いこと均等なバランスを保ったことで、唯一無二の個性と揺るがない魅力を生みだした。2021年を代表するアイドルソングになったと思う。

 

しかしこれは1曲だけの奇跡ではない。今のばってん少女隊は、目指すべきコンセプトを明確に構築し、それを音楽として丁寧に落とし込んでいる。だから奇跡ではなく必然だ。最近はそんな名曲を量産しているグループなのだ。それは最新アルバム『九祭』を聴けばわかる。

 

 

このアルバムは様々なジャンルの音楽が、雑多に詰め込まれている。ヒップホップにテクノポップ、R&Bなどなど。なんでもアリだ。

 

楽曲提供者の人選も様々で、それぞれ作風が全く違う。普段はアイドルソングをあまり作らないクリエイターも参加しているので、実験的で攻めた作風にもなっている。

 

しかし「アイドルが歌う」ということは意識して作詞作曲をしているのだろう。どの曲もメロディはキャッチーなので聴きやすい。歌詞は〈ふわっふわ〉〈ざっぶーん〉〈ドンドン〉〈てててて てって〉かなど可愛らしい表現や擬音が多い。それは全曲共通している。

 

他にも共通点はいくつかある。

 

それは打ち込みのダンスミュージックを軸にしていることや、和の要素を取り入れていることだ。

 

例えば『御祭sawagi』や『さがしもの』など多くの曲で、和を感じる音色が使われている。メロディにら日本音階の特徴と言われるヨナ抜き音階が使われた楽曲が多い。

 

またどの曲もリズムの仕組みやパターンはちがうものの「ビートの力強さを重視している」部分も共通している。そのためアイドルソングとしては珍しく、歌や楽曲を彩る音色よりも、ビートが印象的な楽曲が多い。

 

このようにクオリティが高い攻めた作風かつ、アルバム全体のまとまりがあるからこそ、『九祭』は名盤になったのだ。

 

ただこのアルバムの1番の個性と魅力は、他にある。それは「アイドルの音楽」であることを、忘れていない部分だ。

 

『禊 the MUSIC』では、サビでこのように歌っている。

 

アイドルは歌い踊るよ Music
この愛が伝われば Magic
きっとそれが希望なんだ
アイドルは踊るよ Music
The Music

 

この歌詞を高らかに歌えるばってん少女隊は、今でもアイドルとして勝負をしている。そうでなければ歌うことはできない歌詞だ。楽曲提供者も歌わせようとしないだろう。攻めた音楽性になったとしても、アイドルであることからぶれていないのだ。

 

この曲も80年代シンセポップやニューウェーブの影響を感じるサウンドで、攻めた音楽性である。そこに「アイドルとしてのプライド」を感じる歌詞が乗るのが面白いし、感情に訴えかけてくる。

 

アイドルであることは、メリットもデメリットも両方ある。アイドルというだけで聴いてくれる人もいるが、アイドルだからと偏見を持って避ける人も少なくはないからだ。

 

それでもばってん少女隊はアイドルとして勝負することで、アイドルの魅力を多くの人に伝えようとしているのだと思う。偏見を持っている人のイメージを覆したいのだろう。

 

そして攻めた音楽をアイドルとして表現することで、アイドルファンに音楽の奥深さを理解させようとしているのだと思う。

 

思い返すと彼女たちは、今までもアイドルでありながらも攻めた音楽で勝負するグループではあった。

 

初期はスカコアを貫くコンセプトだったし、『BDM』では凄腕バンドマンを揃えてロックナンバーに挑戦していた。活動初期からずっと、アイドルの軸をぶれさせずに、音楽を変化させることでグループが突き抜ける突破口を探していたように見える。

 

その挑戦が無駄だったとは思わない。良い曲もあった。

 

しかしセールスも評価もイマイチでくすぶってはいた。正直なところ、面白さは感じていたものの、自分もばってん少女隊の評価はそれほど高くなかった。

 

それが少しずつ風向きが変わった。音楽としてもアイドルとしても、評価のされ方が変わってきた。そして『九祭』で、目指す方向か定まったように思う。

 

この個性とクオリティとアイドル性は、強い武器になるはずだ。「何様だ?」と思われるかもしれないが、自分は今作でばってん少女隊を見直した。それぐらいに「こんなに良いグループだったのか」と思って驚いた。

 

このグループは物凄いことになる。今年、ばってん少女隊に対して、そんなことを思った。

 

九祭

九祭

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