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【ライブレポ・セットリスト】私立恵比寿中学 『We sing a popular tune on the stage 題して「ちゅうおん」2022』 at 秩父ミューズパーク 野外ステージ 2022年9月24日(土)夜の部

予想外な選曲からライブが始まったから驚いた。Studio Apartment 『Life from the sun』のカバーから始まったからだ。

 

Studio Apartmentは日本での知名度が高いとは言えないが、海外でも活躍し評価されている音楽ユニットである。当然ながら楽曲のクオリティは高い。

 

そんな知る人ぞ知る名曲を、アイドルである私立恵比寿中学がカバーするとは思わなかった。しかも英語詞の楽曲だ。難しい歌だとは思う。しかしエビ中はアイドルとしての魅力とグループの個性を加えつつ、見事にカバーしていた。

 

エビ中がほぼ毎年9月に行っている『ちゅうおん』という野外ライブは、「ペンライト禁止」「声出し禁止」「着席指定(立って観ることが禁止)」というアイドルとしては特殊なコンセプトで行い、「音楽を聴かせる」ことをテーマとして行っている。そのために凄腕の生バンドを従え、それに合わせた楽曲を披露することも特徴だ。

 

そして毎公演名曲のカバーからライブが始まることも定番である。だから1曲目はカバーだと予想してはいたが、流石にこの選曲は予想外だった。歌と演奏の素晴らしさと同じぐらいに、『ちゅうおん』では毎回意外な選曲に衝撃を受ける。

 

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こちらが衝撃を受けていることを知ってか知らずか、いつも通りに天然発言をしつつ自己紹介するメンバー。

 

風見和香は「夜公演はメイクさんにキラキラした髪飾りをつけてもらいました!」と言って無邪気に観客に自慢していた。しかしメンバーにメイク中に寝ていたことをバラされてしまう。こちらが素晴らしい選曲と歌と演奏に衝撃を受けているのに、リアル中学生はマイペースである。

 

ここからも普段のライブでは披露することが少ない意外な楽曲が続く。

 

喉のポリーブ除去の手術から復帰したばかりなため歌う曲数を絞っている真山が一旦ステージから去り、8人で歌い始めたのは『どしゃぶりリグレット』。初期の楽曲で披露回数がそれほど多くない楽曲だ。今のエビ中が歌うからこその、落ち着いたアレンジのバラードになっていた。

 

そこから曇り空のこの日のシチュエーションとマッチした『曇天』を続けて魅了する。メンバー全員が集中して歌いわ歌詞の主人公が憑依したかのような表情や声色で歌っていた。バンドの演奏も凄いのだが、この曲では特にメンバーの表現に凄まじさを感じる。

 

このまま落ち着いた曲をしっとりとしたアレンジで届けるかと思いきや、レキシが楽曲提供したことで知られる『U.B.U』で雰囲気がガラッと変わった。

 

椅子に座っていたメンバーは立ち上がり、手拍子を煽って楽しそうにパフォーマンスを始めた。表情もアイドルらしい明るさを見せている。それと同じように演奏も華やかで壮大になった。前半はボーカルグループの聴かせるライブといった空気だったが、一瞬でキラキラしたアイドルのライブへと変化した。

 

『ちゅうおん』はペンライトの使用と声出しが禁止で、着席指定というルールがある。しかしこれほど楽しいと、立ち上がり踊りたくなってしまう。

 

エビ中ファミリーは真面目な人ばかりなのでルールを守っていたが、ウズウズしていた人もいるだろう。それなのに最高のパフォーマンスで盛り上げつつも我慢させるなんで、エビ中はドSである。エビ中ファミリーがドMばかりなので良かった。みんな我慢しつつ喜んでいる。ドMが少なかったら大変なことになっていた。

 

音源より可愛らしい音色になったキーボードの音から始まった『日記』も最高だ。楽しそうに踊りながら、一緒に手を合わせてハートを作る星名美怜と中山莉子も印象的である。この2人の姿は360度どこから見てもアイドルだ。

 

ハイレベルな演奏と歌ではあるが、メンバーはいつも通りにアイドルとしてもパフォーマンスしている。それが『ちゅうおん』という企画ライブの魅力であり、アイドルでありつつ音楽にこだわるエビ中だからこそ、成立させられるライブに思う。

 

星名美怜が「真山を召喚する」と遊戯王みたいなノリで真山りかを呼び、次の曲は再び9人でパフォーマンスを行った。披露されたのは『ヘロー』。今回のライブで初披露となる新曲だ。音源を再現するような演奏が良い。

 

そこから再び8人体制で『トキメキ的一週間』へと傾れ込む。生バンドだと楽曲の持つファンキーさが強まっていた。特にホーン隊の演奏が良い。ギターソロとベースソロの時は、メンバーが演奏するメンバーの近くに行ったりと盛り上げている。

 

着席指定なので観客は立ち上がることはできないが、座りながらも身体を揺らしたり、サビでメンバーと一緒に拳をあげたりと盛り上がっている。こんなに盛り上げるのに着席指定で観させるなんで、やはりエビ中はドSだ。しかし観客は我慢が好きなドMばかりなので問題はない。

 

逆に落ち着いた曲は、着席指定で聴くからこそ集中して音楽に浸れて良い。『お願いジーザス』がまさにそのような楽曲だ。

 

歪んだエレキギターの音が鳴り響き、そこに壮大なストリングスが重なる。原曲はフジファブリックの楽曲提供かつ演奏なのでロックを感じる編曲だが、今回は13名の大所帯バンドな。だからか壮大なサウンドになっていた。力強く感情的に歌うメンバーの姿も印象的だ。

 

そういえば作詞作曲した加藤慎一は、リリース当時にこのようなコメントを残していた。

 

歌詞は対バンした時にステージに立っていた皆を見ていて、彼女達がどうしようもない時に少しでも寄り添えるものがあったらなと言う思いで書きました。

 

そんな想いもあってか、『お願いジーザス』はメンバーにとって大切な曲になった。2017年前後の、グループとして辛かった時期に救われたと語るメンバーもいる。

 

続く『感情電車』もメンバーを救った曲のひとつで、エビ中にとって特に大切な曲のひとつに思う。

 

明るく華やかな演奏に合わせ、笑顔で優しい声色で歌うメンバー。そんな音楽が空高くまで響いている。特に小林歌穂が〈この空〉というフレーズを歌った時、いつも以上に大きな声量に感じた。彼女の歌声は空を突き抜けていくようだった。

 

ここで柏木ひなたが1人だけ残り「察しがいい方はお気づきかもしれませんが」と話し、ここからメンバーによる日本の名曲をソロカバーするコーナーが始まる。『ちゅうおん』ては恒例のコーナーだ。

 

最初に披露されたのは、柏木ひなたがカバーする宇多田ヒカル『Automatic』。「トップバッターは初めてだから緊張する」と歌う前に話していたが、緊張を感じさせないほどに自らの個性を出しつつ歌いこなしている。

 

小久保柚乃がカバーしたくるり『ワンダーフォーゲル』も、彼女の個性が遺憾無く発揮されていた。初々しい歌唱で歌うことで可愛らしいアイドルソングへと変化している。

 

〈強い向かい風 吹く〉という歌詞では、風に飛ばされるような動きで上手から下手まで移動していた。岸田繁も自身の曲がこのようなパフォーマンスでカバーされるとは想像していたかっただろう。このような化学反応を起こすからアイドルは面白い。

 

にしな『ケダモノのフレンズ』を歌いこなす風見和香の歌唱力の進化には驚いたし、妖艶な雰囲気を出しながらEGO-WRAPPIN'『くちばしにチェリー』を歌う小林歌穂の姿には驚いた。優しい歌唱のイメージが強かったので、新しい一面を観た気分だ。

 

驚いたといえば安本彩花が歌うMISIA『It's just love』もそうだ。難しい曲だし本家のMISIAは日本トップクラスの歌唱力を持つ。迂闊にカバーしても勝ち目はない。しかし自身の個性を出しつつ、安本彩花の解釈で表現していた。その歌声はMISIAとは違う魅力がある。

 

桜木心菜が歌ったUA『情熱』は、原曲の持つ色気や妖艶さが、彼女のキャラクターとマッチしていて引き込まれた。

 

星名美怜がカバーした川本真琴『愛の才能』もそうだ。可愛らしさと大人っぽさが組み合わさっていて、星名の声色や歌唱法とマッチしていた。

 

原曲のファンにも新しい楽曲の魅力を感じさせたであろう、真山りかが歌ったSaucy Dog『シンデレラボーイ』も良い。

 

原曲は男性ボーカルで女性目線の歌詞を歌う楽曲だが、実際に女性が歌うことで、歌詞がよりリアルに感じる。そして真山の感情の込め方だと、切なさがさらに増していた。原曲のリアルさと切なさが、彼女が歌うことで強調されて聴こえる。

 

小沢健二 featuring スチャダラパー『今夜はブギー・バック (nice vocal) 』を歌った中山莉子は、原曲のイメージを全てぶち壊すぐらいあまりに、彼女にしか歌えない独自のカバーになっていた。

 

そもそも中山莉子は何をやっても中山莉子になる。それが自分は彼女の魅力で凄い部分に思う。このカバーでもそれが発揮されていた。

 

途中で他のメンバーも登場し合いの手をを入れていたが、中山は1人でオザケンのパートもスチャダラパーのラップもこなしていた。彼女は『今夜はブキー・バック』のfeaturingという概念を壊してしまった。

 

そんなメンバーの個性を活かしたカバー曲を連続で披露し観客を感動させたものの、MCではカバーした楽器を紹介する際に噛みまくるメンバー。

 

安本は「安本彩花のIt's just loveでした」と自身の曲のように紹介してツッコまれていた。MCは雰囲気がゆるくわちゃわちゃしているのも、それはそれで良い。

 

ここからは再びエビ中楽曲が披露されていく。そしてカバーだけでなく、持ち曲でも特別なアレンジで新しい一面を見せていた。

 

『さよならばいばいまたあした』は、アコースティックギターの音に合わせた中山莉子の歌唱から始まった。ギタリストの近くに寄って感情を込めながら歌う姿が印象的だ。編曲は原曲に近いものの、生演奏かつ新メンバーを含んだ歌唱なので、今までとは違う聴こえ方がする。

 

星が見えるぐらいに暗くなった野外で歌われた『ナガレボシ』も、原曲とは違う聴こえ方がした。この曲も原曲に近い編曲だったが、シチュエーションがベストマッチで、より壮大で感動的になっていた。

 

このように後半は壮大で感動的な楽曲が増えていく。続く『スーパーヒーロー』もそうだ。重要な場面で披露されることが多い、エビ中にとって大切な楽曲のひとつである。この歌をうたう時のメンバーは、他の楽曲以上に感情的になっている。

 

この日の『スーパーヒーロー』もやはり魂のボーカルを感じた。それと同じぐらいに音源よりも壮大で力強い演奏にもグッときた。立ち上がり真っ直ぐな眼差しで歌うメンバーの姿は、アイドルでありながらもスーパーヒーローを体現しているように見える。

 

暗くなり秋らしい心地よい気温になってきた会場。小林が「リアルな鈴虫の音が聴こえますね」と穏やかな表情で話す。『ちゅうおん』は普段は体験できない環境も含め、魅力的なライブなのだ。

 

そして桜木心菜が「この環境にぴったりな、ちゅうおんと言えばという曲」と言ってから『蛍の光』が披露された。

 

原曲は尾崎世界観のアコースティックギター1本に合わせたメンバーの合唱で録音されているが、今回はアコースティックギターの演奏から少しずつ他の楽器も加わっていき、メンバーはソロ歌唱を繋いでいく編曲になっている。

 

これは去年の『ちゅうおん』でも採用された編曲だ。しかし新メンバーの歌唱力が向上したこともあり、去年よりもクオリティは高まっている。より胸に沁みる歌になっていた。

 

温かい歌声と演奏だが、歌詞の内容も影響してか、少しだけ切ない気持ちになる。ライブが後半であることを、空気感で伝えているようにも思う。

 

柏木ひなたのフェイクから始まった『星の数え方』は特に感動的だった。ボサノバ風に編曲された心地よい演奏に合わせ、メンバーが優しく語りかけるように歌う。

 

Bメロの低音と中音と高音に分かれるメンバーのハモリは美しく、生演奏だとよりずっしりと響いてくる。これも『ちゅうおん』でなければ体感できない感動だ。

 

しかし感動的な余韻に浸らせる余裕を与えるつもりはないのだろう。すぐに歪んだギターのリフからバンドによるジャムセッションが始まった。

 

エビ中はドSなので観客の感情やテンションを急激に変化させようとする。しかしファンは全員ドMなのて問題ない。むしろ喜んでいるし楽しい。

 

さらにバンドはソロ回しをして盛り上げていく。それに合わせてエビ中メンバーがバンドメンバーを1人ずつ紹介していく。エビ中もバンドも笑顔で楽しそうだ。

 

仕事と割り切り演奏しているのではなく、心からエビ中と一緒に音楽を楽しんでいるのではと思う。それぐらいにエビ中は歌声も楽曲も魅力があるし、バンドメンバーの生き生きとした表情が嘘だとは思えない。

 

そんなセッションから柏木ひなたの「今日は本当にありがとうございました!」という挨拶から『また明日』へとなだれ込む。明るくてポップで、それでいて少し切ない楽曲だ。これが最後の曲である。

 

華やかで壮大な演奏も最高だし、身体を揺らしたりイチャイチャしながら歌うエビ中も素晴らしい。途中で柏木ひなたを中心に抱きつくように集まる姿にグッとくる。

 

そしてそんな姿を見て、もうすぐこの9人のエビ中が終わってしまうと思い切なくなる。

 

アウトロで「ちゅうおん最高!」「バンド最高!」「エビ中最高!」と声をそろえて叫ぶ姿も印象的だ。これも心の底からの想いを叫んでいるように思う。決してライブの演出や決まり事としてやったわけではないはずだ。

 

それぐらいにエビ中は魅力的なグループなのだから。ファンだけでなく本人たちさえも、自らに魅了されてしまうぐらいに最高のグループだと思う。

 

エビ中がこの9人で『ちゅうおん』を行うのは、今年が最後だ。今年いっぱいで柏木ひなたが卒業し、新メンバーの加入が決まっているからだ。

 

こうして生バンドでひなたの歌声を聴くと、やはり歌唱力については頭ひとつ抜けていると思うし、時折アイドルというよりもシンガーの表情や表現になっていると感じた。

 

もしかしたら彼女の才能や将来の可能性を考えたら、決してアイドルの活動がマイナスになるとは思わないが、タイミング的にアイドル活動から離れた方が良い時期になったのかもしれない。それを今回のライブを見て思った。彼女の卒業を納得してしまった。

 

柏木ひなたの卒業ライブはキャパが少ない会場なので、自分は行けない可能性が高い。おそらく『ちゅうおん』が自分にとって、柏木ひなたのいるエビ中を観る最後の機会だと思う。もっとこの9人のエビ中を観たかった。

 

ただ今後のエビ中に対する不安はない。柏木ひなたというエースはいなくなってしまうが、他のメンバーも魅力的だ。それに新メンバーの成長は目まぐるしい。新メンバーの3人は存在もパフォーマンスも、今後のエビ中を引っ張っていく存在になるだろう。むしろ今後のエビ中が楽しみだ。

 

ただやはり寂しさはある。今後9人のエビ中を観れるか分からない自分は「また明日」とは言えない。

 

でも『ちゅうおん』で素晴らしい歌声を聴けたし、感動的なパフォーマンスを観ることはできた。それによって、エビ中との思い出のアルバムがまた増えた。キミといて楽しかったよ。

 

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■私立恵比寿中学 『We sing a popular tune on the stage 題して「ちゅうおん」2022』 at秩父ミューズパーク 野外ステージ 2022年9月24日(土)夜の部 セットリスト

1.Life from the sun ※Studio Apartmentのカバー

2.どしゃぶりリグレット

3.曇天

4.U.B.U

5.日記

6.ヘロー

7.トキメキ的終末論

8.お願いジーザス

9.感情電車

10.Automatic / 宇多田ヒカル ※柏木ひなたによゆカバー

11.ワンダーフォーゲル / くるり ※小久保柚乃によるかばー

12.ケダモノのフレンズ / にしな ※風見和香によるカバー

13.くちばしにチェリー / EGO-WRAPPIN' ※小林歌穂によるカバー

14.It's just love / MISIA ※安本彩花によるカバー

15.情熱 / UA ※桜木心菜によるカバー

16.愛の才能 / 川本真琴 ※星名美怜によるカバー

17.シンデレラボーイ / Saucy Dog ※真山りかによるカバー

18.今夜はブギー・バック (nice vocal)  / 小沢健二 featuring スチャダラパー ※中山莉子によるカバー

19.さよならばいばいまたあした

20.ナガレボシ

21.スーパーヒーロー

22.蛍の光

23.星の数え方

24.また明日