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ELLEGARDENのチケット代の安さを批判する理由がわからない

ELLEGARDENが16年振りの新曲をリリースし、ワンマンツアーの開催を発表した。

 

活動再開から4年経ったものの、活動ペースは遅くバンドの稼働率は低かった。それがようやくここから本格始動する予感がする。ひっそりとユニバーサルミュージックが関わるようになったからか、プロモーションにも力を入れているようだ。

 

そのニュースに音楽ファンは喜んでいる。特にツアー発表はSNSが湧き上がっていた。チケット代2600円という値段も話題になっている。あまりの安価に驚いている人もいるようだ。

 

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「安すぎる」「値段の表示間違えてる?」「細美さんの言うことは〜絶対!」「TOSHI-LOWとデキてるの?」などと、様々な反応があった。そのほとんどが好意的な反応だったが、あまりにも安すぎる金額設定ゆえか、否定的な意見もある。

 

「音楽で身を立てるもののビジネスモデルとしては最悪」「人気があるベテランがこの金額設定にしては、後続のアーティストへの悪影響がある」という意見を、Twitterでみかけた。

 

個人的にはその意見は理解できる。本来はこんな安い値段でなるべきでは無い。Zepp規模のライブハウスでは5000円以上の値段でも一般的だし、人気アーティストやベテランは1万円を超えることもある。エルレの金額は価格破壊だ。だから「この金額が当然のもの」と勘違いされては困る。

 

しかしELLEGARDENが2600円前後の安価チケットを売るのは今に始まった話ではない。15年前もからこの程度の金額だったはずだし(当時は2500円だった気がする)、細美武士が所属するバンドは基本的にずっとこの金額だ。ここ数年で多くのアーティストがチケット代金の値上げをしており、コロナ禍でその値上げ幅がさらに大きくなったにも関わらず、この金額を貫いている。

 

他のアーティストは細美武士の設定するチケット代金を参考にしていないのだ。むしろもっと小さな規模でやっているインディーズバンドの方が、最近は値段が高いくらいである。

 

細美武士の影響力は凄まじい。ELLEGARDENは日本の音楽シーンを語る上で避けることができない。しかしそれは「音楽」に関する部分の話だ。チケット代金に関しての影響力は皆無だ。誰も真似しようとはしない。そもそも真似できない。

 

プロのバンドマンの活動はボランティアではないし、趣味でやっているわけでもない。バンド活動も生計を立てる手段であり職業のひとつだ。きちんとライブでも利益を出さなければならない。

 

ライブチケットが高ければ足が遠のく人もいるだろうが、右にならえで全体の平均価格前後にしていれば、チケットが売れないことはないだろう。収益が減るのにわざわざ細美武士の真似をして、チケット代金を安くする必要がない。それに大多数に合わせた方が楽だ。

 

だから「細美武士がチケット代を安くすることで業界に悪影響があるのでは?」という発想は、余計な心配である。悪影響が出るなら、10年前には既に出ていたはずだ。

 

ではなぜELLEGARDENをはじめとする細美武士のバンドはチケット代が安いのか。それは彼のポリシーに理由がある。

 

細美武士は自身が暮らしたことがある外国と比べ「日本の音楽は高すぎる」と思っているらしい。彼の暮らした当時の外国では、アルバムは10ドル前後で、ライブチケットは20ドル前後で買えた。「高校生が小遣いで月に2本もライブに行けない国なんて文化が育つわけがない」という考えがあるようだ。

 

文化に触れる機会が増えた方が、たしかに文化は育ちやすいと思う。きっと彼はもっと気軽に深く音楽に触れられる世の中を作りたいのだろう。この発言はthe HIATUSが『A World Of Pandemonium』のリリースツアーを行った際の、ROCKIN'ON JAPANに掲載されたインタビューに書かれていたと思う。

 

つまり彼の経験で感じた違和感を自分の活動ではできる限り排除し、そこから生まれた自論による理想を実現するためにこの価格設定にしているのだ。

 

そのために経費はできる限り削っているらしい。例えばスタッフの人数を最小限にしたり、メンバーの移動も車にしたり、機材運搬や設置をメンバーが行ったりと。ツアー先の宿は安価な場所を探して泊まっているという。

 

しかしTシャツなどのグッズは他のバンドと同等価格だ。そこは「音楽」ではない部分なので、値段が高すぎると思わないので通常価格なのだろう。だからチケット代が安く財布に余裕が出た客は、他のバンドのファン以上にグッズを購入しやすく、グッズの売上が増えるのかもしれない。

 

そのような工夫や努力で利益を出せる構造にしているのだ。他の業種で例えるならば『サイゼリヤ』に近い経営だと思う。経費を減らし効率化することで価格を抑える。細美武士は確実に完売するキャパで開催しているので、安くても堅実な経営。だからしっかりと利益を出せる。

 

サイゼリヤは安い。ミラノ風ドリアはずっと299円で提供していた。(現在300円)オペレーションを効率的に行える仕組みを構築したり、自社農場を作り原材料価格を抑えているようだ。そのため安価でも利益を出し続けている。

 

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↑サイゼリヤの売上高と営業利益 

 

ただサイゼリヤのノウハウが独特すぎて再現が不可能に近いため、他社は真似しようとはしない。サイゼリヤは独自のビジネスモデルを作ったのだ。細美武士も自身のポリシーを貫いた結果ではあるが、他者が真似できないビジネスモデルを構築したと言える。

 

もちろん細美武士のやり方では、メンバー自身の負担が大きい。長距離の車移動は疲れるだろうし、安宿では落ち着かないかもしれない。ただでさえ体力を使うライブの前に、メンバー自ら機材運搬や設置を行うのはしんどいだろう。

 

ただ細美武士を含めた彼と一緒にバンドをやるメンバーは、それすらも楽しんで行っているように思う。四星球の北島康雄がビバラロックの関連イベントに出た時、「細美さんたちは酒を飲みながら楽しそうに機材運搬している」と語っていた。

 

 

もしかしたらポリシーや経費の問題以前の話で、ただただそれが楽しいからやっているのかもしれない。仕事は楽しい方が良い。それに対して「後続のことを考えろ」「業界のことを考えろ」と批判して、彼らのポリシーや楽しみを奪う必要があるだろうか。

 

他のアーティストはそのような価値観を持っていなかったり体力の問題などがあるので、人件費をかけてスタッフを雇いサポートしてもらったり、良質な移動手段や宿を手配している。

 

だからその分だけチケット代は高くなる。もちろんそれも雇用を生んでいるし経済を動かしているので素晴らしいことだ。それにライブに集中して本人が楽しんでライブをやれる環境作りにもなる。楽しく仕事できることが1番だ。

 

そしてこれはあくまで「細美武士の考え」なので他者に強要はしていない。

 

対バンライブの場合はチケット代が他アーティストと同等価格になることも多い。他者の考えも尊重していて、自身が折れることもある。ホールや武道館など経費が高くつく大会場では、ライブハウスの2倍前後の値段設定にすることもある。

 

ビジネスとしてきちんと成立しているし、他のアーティストとも上手くやっている。何も問題はない。ビジネスのやり方はそれぞれだし無数にあるのだ。

 

本質を理解せずに影響を受けて「細美さんが2600円だから俺達もその値段でやる!」と同じ値段設定にして失敗する後続のバンドがいたとすれば、それはチケット代とは違う部分で誤っていると思う。細美武士に責任を押し付けるべきでは無い。

 

だから安いチケット代で利益を出しているバンドに、業界に悪影響を与えているあるのではと懸念することは、余計な心配だし大きなお世話なのだ。ビジネスとして成功しているのだから、何の問題もない。むしろ独自のビジネスモデルを築いたと評価したいと思う。

 

それよりもサカナクションを心配するべきだ。彼らは音響や演出にこだわり、そこに莫大な経費をかける。そのため1万円弱のチケットが完売しても赤字になるらしく、山口一郎は多数のメディアで愚痴ったりネタにしながら、この件を話題にしている。グッズが売れなければバンドは破産するらしい。

 

去年は「6万枚売れなきゃ赤字なのに、オンラインライブのチケットが5千枚しか売れてない」と語り切実な販促活動をしていた。経費やチケット代の設定がおかしい。そこまでヤバいならサカナクションも安い宿に泊まった方がいい。

 

そのこだわりはリスペクトするしファンとしても感謝しているが、ビジネスとしては最悪だ。細美武士よりもサカナクションのビジネスモデルの方が、バンドだけでなく業界の未来を考えた場合、認めるべきではない。心配になってしまう。めちゃくちゃ高額でもいいから、チケット代を値上げしてくれ。チケットの値段が安いか高いかよりも、きちんと利益が出ているかの方が大切だ。

 

サカナクション、アイデンティティはあるのに、利益がない。生まれない。どうして?

 

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