2022-04-15 CDの複数枚商法とLINE MUSIC再生キャンペーンが嫌い コラム・エッセイ 音楽業界が厳しいことは理解している。 「普通の人はCDなんてもう買わなくなった」と言われてから約10年。定額ストリーミングサービスが普及した影響で、ダウンロード販売すら下火になっている。 近年はライブを軸にする収益構造に変化していったものの、コロナ禍で以前のようにライブを開催することは難しくなった。 過去と同じ方法をしていては、音楽産業はビジネスとして成り立たなくなる。今までとは違う手段や届け方をしなければ、音楽業界はさらに先細りするかもしれない。 そんな現状を打破するために、現在主流になり始めている販売促進の1つが『LINE MUSIC 再生キャンペーン』に思う。 これはユーザーが特定の楽曲を再生した回数に応じて景品がプレゼントされたり、イベントへ招待されるキャンペーンだ。 アーティスト側は再生回数を稼ぎやすいし、ファンは時間さえ使えば無料で特典を得ることができる。キャンペーン目当てに新規加入するユーザーもいるので、LINE MUSICとしてもメリットがある 関わる人たち全員にメリットがあり、誰も損しない販促だ。しかも少ない経費で結果を出しやすい。だから多くのアーティストでキャンペーンが行われているのだろう。 しかしアーティストや楽曲がファン以外の人に最悪な印象になる危険性もあると感じる。短期的には良くても、長期的にはデメリットが大きいかもしれない。 この画像は2022年4月10日の、LINE MUSICにおける再生回数ランキングの上位10曲だ。 このうち平井大『「いつも通り」のキセキ。』を除く9曲で『LINE MUSIC 再生キャンペーン』を行なっている。 例えば1位のINIと3位のTREASUREは1000回以上再生したユーザーに、2位のJO1は500回以上再生したユーザーに、オリジナルのLINEトーク背景画像をプレゼントしている。ファンは特典を目当てに大量に再生することになる。 ネットで検索すれば再生回数を効率よく増やすための裏ワザを紹介しているサイトが、いくつも見つかる。それを参考にして、曲を聴くことなく再生回数を増やしている人も多いのだろう。 つまり「音楽を聴きたい」と思って数百回から数千回再生しているのではなく、「特典目当ての作業」として再生しているのだ。 その行動や販促自体が悪いとは思わない。推し活の一つだと思うし、ファンの懐を痛めることなく利益も出せるので良心的ではある。 しかし再生回数が増えればランキングにも反映され、結果的に上位にランクインしてしまうことは問題だ。これはランキングをハックしているし、ファンを利用して人気を過剰に見せる誇張広告に近い。 そのため「人気の曲を知りたい」という一般ユーザーがランキングに求める内容とは、大きく乖離したランキングになってしまってしまう。 他のサブスクサービスでは純粋に聴かれた楽曲が上位にランクインしやすいので、結果的に一般ユーザーは「LINE MUSICのランキング上位楽曲は人気があるわけではない」と気づくはずだ。 それは「呆れ」から「嫌悪感」へと、少しずつ変わるだろう。テレビCMやYouTubeの広告が過剰に何度も流されるとマイナスプロモーションになることと同じだ。 これからは上位にランクインしている曲が避けられる現象が生まれる可能性もある。 CDの複数枚商法と同じだ。かつてのAKB48は一人のファンに過剰にCDを買わせる商法で人気を過剰に見せて、それをきっかけとして世間に楽曲や存在を届けていた。実際にいくつもヒット曲を出していたし、名曲がたくさんあるとは思う。 しかし阿漕な商売であることが気づかれ問題視され始めると、100万枚売れたとしても世間に楽曲が届かないことが増えてきた。 2020年にリリースされた『失恋、ありがとう』は110万枚を売り上げているが、Spotifyでは2022年4月現在で再生回数は47万回程度である。CD売上枚数と実際の人気が大きく乖離しているようだ。 利益率が高いCDの売り上げが多いならば、ビジネスとしては問題ないのかもしれない。レコード会社にとってAKBは今でも大きな利益を出すドル箱だろう。 しかし人気を過剰に見せるマーケティングでは、一般のリスナーは興味を失ってしまうのだ。むしろ「AKBならば」と売上枚数が多くても避けられてしまうかもしれない。 『失恋、ありがとう』が悪い曲だとは思わない。 グループサウンドからの影響を感じる編曲は面白いし、そこに歌謡曲的なメロディを現代のアイドルが歌唱するギャップも魅力的である。しかし今のAKBはどれだけ良い曲を出しても、世間には届かずに評価もされない状況になってしまった。 その感情の矛先は楽曲やアーティストだけではなく、業界そのものに向けられてもおかしくはない。音楽そのものへの興味を失う人も増えるかもしれない。 そうなってくると新曲や新しいアーティストを求めなくなり、聴き慣れた過去の曲や知っているアーティストの曲ばかり聴くようになってくる。 現時点でもストリーミングのランキングは数ヶ月間上位の楽曲が変わらないことが多い。新曲を求める人が減っているのだ。サブスクは気軽に大量の音楽に触れられるから、新しい音楽と出会う場としては適しているというのに。 慣れ親しんだ音楽しか聴かない世間の流れは、今の販促方法ではより強まってしまうだろう。意図的なドーピングによって「作られたヒット」なんて、世間は興味ないのだから。 ここまで色々と書いてはきたが、個人的に最も『LINE MUSIC再生キャンペーン』で懐疑的思う部分は他にある。 それは結果的に「音楽を大切にしていないキャンペーン」になっていて「音楽を金儲けの道具」としてしか扱っていないと感じてしまう部分だ。 「1000回再生するとLINEトーク背景画像をプレゼント」だとして、実際に1000回聴いている人はどれだけいるのだろうか。 例えば4分の曲だとしたら、時間にして66時間以上かかる。約3日間だ。キャンペーンの短期間にこれほどの回数を聴く人はいないだろう。だから誰も聴いていない音楽が、再生され続けることになる。 業界は金儲けのために音楽を消費し、ファンは特典のために音楽を消費する。 それは誰も傷ついていないので問題はないかもしれない。しかし自分は聴かれることを前提として作られたはずの音楽が、聴かれずに消費されていくことが悲しく思う。せめてBGMとして流してくれと思う。 音楽が好きな人は、音楽に特別な思いを持っていることが多い。音楽によって救われた人だっている。音楽人生において大切なもので、他のなによりも人生に必要だと思っている人もいるはずだ。 音楽業界の中にも、音楽を大切にしている人がいることも知っている。自分は仕事で業界の人と会うこともあるが、心の底から音楽を大切にしている人と会ったこともある。 しかし今は業界が自ら音楽の価値を下げ、道具として使うことが主流となってしまった。10年以上前にCDの複数枚商法が常識になった頃から、さらにその流れは強まってしまった。 ファンの「アーティストを応援したい」という気持ちに付け込んで、お金や時間を搾取しているとも感じる。 モヤモヤを抱えつつも同じCDを複数枚買ったり、音声を消して四六時中LINE MUSICを再生しているファンも少なくはないはずだ。自分が好きなアーティストやアイドルも複数枚商法や再生キャンペーンを行っているので、モヤモヤする時が多い。 きっと音楽を大切にしている一部の業界人だけでは、微力すぎて変えることができない流れだろう。実際に売上や利益は出せるメリットがあるので、モヤモヤした思いを抱えながら、複数枚商法や再生キャンペーンに携わっている音楽を愛する関係者もいるはずだ。 かといって音楽をビジネスにすることが難しくなった現代に、どうすればもっと良い販促方法があるのかは、自分の頭では思いつかない。そもそもレコード会社や事務所やレーベルのマーケティングに関わっているわけでもない自分には、どうすることもできない。 むしろ特典目当てでLINE MUSICの再生ボタンを作業的に押し続けている人の方が、特典会目当てで聴かないのに同じCDを何枚も買っている人の方が、こんな「お気持ち文章」を書いている自分よりも、音楽業界に利益をもたらしているだろう。 しかし「音楽が届いて、その結果としてお金になる」ではなく「音楽を利用して、無理やりお金を集める」という状況を、どうしても健全に思えない。 自分は音楽業界の関係者には、音楽を大切に扱ってほしいと思ってしまうのだ。 AKB商法とは何だったのか 作者:さやわか 大洋図書 Amazon