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【レビュー・感想】ズーカラデルが『JUMP ROPE FREAKS』でサニーデイ・サービスをオマージュしている

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ズーカラデルの音楽からは、サニーデイ・サービスへの愛が溢れている。最新アルバム『JUMP ROPE FREAKS』の2曲目を聴いて、そう思った。

 

その曲のタイトルは『シーラカンス』。

 

イントロを聞いた時点で、どことなくサニーデイ・サービスのとある曲に「似ている」とは思った。三連符が続くAメロの歌を聴いて、「あの曲も同じだ」とも思った。

 

途中で「熱い缶コーヒー」という歌詞が出てきて、「あの曲は熱い濃いコーヒーだったな」と思う。

 

そっちはどうだい うまくやってるかい

 

そして後半のサビに、この歌詞が出てきて、全てを理解した。思わずニヤリとしてしまった。

 

サニーデイ・サービス『青春狂走曲』にも全く同じフレーズが出てきたからだ。歌詞が平仮名表記なことまでも同じだ。

 

こらは狙って気づいてもらうための、愛を持ったオマージュだ。自分はこういうオマージュに弱い。

 

しかもアルバムの後半には『若者たち』というタイトルの曲がある。これにもニヤリとしてしまう。サニーデイ・サービスにも同名タイトルがあるからだ。ズーカラデルのオマージュは美しいしユーモアと愛がある。

 

だが「オマージュしたから」という理由だけでは好きにならない。むしろ愛や敬意を感じなければ不快に思う。パクリにはならないオリジナリティも必要だ。

 

ズーカラデルの場合はどうかと言うと、メロディも歌唱も演奏も、ズーカラデルのオリジナリティで溢れている。サニーデイなど影響を受けたアーティストの要素を、隠し味として取り入れている感じだ。

 

そういえば1stアルバムでは、銀杏BOYZのオマージュが盛りだくさんだった。それでも全曲でズーカラデルの個性を感じる作品になっていた。

 

 

自分達が唯一無二の個性を持っているという自信があるから、パクリではなくオマージュとして音楽を成立させられている。そして音楽への深い愛や先輩アーティストへのリスペクトがあるから、オマージュを取り入れる勇気も持てるのだろう。

 

思い返すと山下達郎や奥田民生や小沢健二など、オマージュを取り入れつつも、他にはない個性を出して評価されているアーティストもいる。ズーカラデルも、そんな感じで評価される未来もあるかもしれない。

 

オマージュを取り入れていない他の楽曲も素晴らしい。今作はバンドメンバー以外の音を取り入れて、音楽性の幅を拡げている。

 

例えば『まちのひ』ではピコピコしたシンセサイザーの音が楽曲の要になっているし、『未来』ではオシャレなピアノの演奏が楽曲の魅力を引き立てている。

 

『どこでもいいから』ではFINLANDSの塩入冬湖がゲストボーカルとして参加している。過去作でもコーラスとして参加はしていたが、今回はデュエット。ガッツリと絡んでいる。それによってズーカラデルとして新境地といえる楽曲となった。

 

つまり最新作はバンドメンバーの音が薄まる作風の楽曲が多いのだ。

 

それでもやはりズーカラデルとしか言いようがない個性が、『JUMP ROPE FREAKS』の収録曲にはある。

 

むしろオマージュを取り入れたり、新しい挑戦をしたり、ゲストミュージシャンを招くことで、バンドの個性が浮き上がり滲み出ている。

 

バンドは最新作でさらに進化した。個性に磨きがかかった。これからさらに良いバンドになる予感がする。

 

ズーカラデルはバンド活動は、今んとこはまあそんな感じなんだ。