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【ネタバレあり・感想】映画『花束みたいな恋をした』は大衆向け映画ではないと思う

ワンオクは聴けます

 

「ワンオクとか聴くのか?」

「聴けます」

「今度チケットとってあげるから2人でライブ行って来たらいいよ」

「はあ・・・・・・」

 

これは映画『花束みたいな恋をした』に出てくるシーンの一つ。主人公の山音麦とヒロインの八谷絹の父による会話だ。

 

「聴きます」ではなく「聴けます」という部分が、主人公の趣味嗜好だけでなく、人間性まで表しているように感じる。「拗らせてるなあ」と思う。

 

そして「音楽好きの若者はワンオクが好き」と思っている中高年にもリアリティがある。それに対して微妙な反応をする主人公2人も「拗らせてるなあ」と思う。

 

大人数のカラオケでSEKAI NO OWARI『Dragon Night』が歌われて周囲が盛り上がっている時に微妙な反応をしているシーンも、絹と麦の2人がきのこ帝国『クロノスタシス』を一緒に歌っているシーンも、「拗らせてるなあ」と思ってしまった。

 

でもそういう「拗らせてる部分」があるから、感情移入してしまうのかもしれない。もしくは全く共感できずに受け付けないかのどちらかだろう。

 

ちなみに、自分は拗らせているので、この映画が胸にぶっ刺さった。

 

彼らの音楽や漫画、小説などのカルチャーの趣味が被りすぎて、まるで自分のための物語に感じてしまった。

 

鑑賞者を切り捨てる内容

 

語弊があるかもしれないが、この映画は多数の鑑賞者を切り捨てるような部分がある。劇中に固有名詞が出てくるカルチャーと同じように。一部の人にだけ向けた作品に思う。

 

劇中にも出てくるシーンのセリフで例えるならば「マニアックな映画も観るよ。『ショーシャンクの空に』とか」と答えるような層。そんな人は完全に切り捨てている。「ショーシャンクの空にがマニアック?何言ってんだ?」と思う層に向けた映画だ。

 

劇中に出てくる固有名詞が何のことなのか、それを出す理由や文脈を理解できなければ、意味がわからないことの連続だ。

 

麦と絹が意気投合するきっかけになった細田守や天竺鼠、きのこ帝国、cero、ゴールデンカムイを知らない人は彼らに感情移入できないだろう。Awesome City Clubを劇中にだけ出てくる架空のバンドとだと、勘違いしている人もいるかもしれない。

 

「今村夏子のピクニックを読んでも何も感じない人なんだよ」という何度も出てくるセリフの重みや意味は、実際に『ピクニック』を読んだことがない人には意味不明だ。

 

クライマックスの麦と絹が別れ話をするファミレスで、清原果耶と細田佳央太が演じる若い男女が羊文学や崎山蒼志、長谷川白紙などの名前を出し、楽しそうに会話しているシーンもそうだ。

 

主人公二人が出会った2015年当時にきのこ帝国が居た音楽シーンの空気感を体験していたり、現在の羊文学が注目されている現在の音楽シーンを知っていなければ、理解できないシーンだろう。

 

YOASOBIや髭男、King Gnuの名前では若い2人と主役の2人との対比が成立しないのだ。

 

羊文学と崎山蒼志と長谷川白紙だから、麦と絹は自分たちと若い2人を重ねてしまったのだ。その感覚がわからない人は感情移入できないシーンかもしれない。

 

つまり主人公と同世代だったり趣味嗜好が合致する人や、劇中に出てきたカルチャーについての理解や知識がない人は切り捨てている内容なのだ。

 

その代わり知っている人で、特にそれらが好きな人にとってはめちゃくちゃ刺さる、「観る人を選ぶ映画」になっている。

 

 

カルチャーを自分の一部と思ってしまうことへの危険性

 

恋愛において「この人は運命の人だ!」と思ってしまうことはある。誰もPretenderみたいな恋愛になるとは最初は思わない。

 

『花束みたいな恋をした』はサブカルチャーをきっかけに、趣味やファッションなどのお互いの共通点を見つけて麦と絹は心を近づけていく。

 

そのような人は自分が好きなものを、自分を構成する重要な一部だと思っている節がある。好きなモノ自体が自分自身の全てだと思い込んでいる人すらいる。

 

周囲の大多数が理解してくれない「自分が大好きなもの」を知っていて、認めて魅力を共有してくれる人のことは、やはり魅力的に思ってしまう。それを「自分の理解者」と勘違いしてしまっても不思議ではない。

 

「クロノスタシスって知ってる?」と聞かれたら「知らない」とあえて答える人と偶然出会って、夜道を一緒に歩きながら350mℓの缶ビールを一緒に飲んだら、そりゃあ好きになってしまう。

 

こんな「一部の人しかわからない感情」を共有できる相手には運命を感じてしまう。

 

しかしそれがその人の魅力になるかと言えば違う。趣味以外の部分で相性がいいかも別の話。

 

趣味嗜好が合う人のことは魅力的に見える。近づきたいと思う。それは花束のように美しく感じる。

 

しかし花束は茎がない。だから水を頻繁に変えたり気を使っても美しさは長く維持できないしすぐに枯れてしまう。

 

本当は小さい蕾の花を育てるような恋愛を望むべきなのだろうけど、そんな簡単ではない。

 

花束をドライフラワーや押し花にする方法もあるかもしれないが、それも手がかかるし難しい。

 

 

クロノスタシスって知ってる?

 

 

アナログフィッシュ『Hybrid』という楽曲の歌詞に、下記のフレーズがある。

 

あの時僕は彼女に恋をして
同じ理由で彼女を嫌いになった
抱きしめた時と反対の手順で
ほどけてく腕は少しの熱を残した

(アナログフィッシュ / Hybrid)

 

映画を鑑賞し終えた後に、この曲のこの歌詞が自分の脳内で再生された。まるで麦の気持ちを代弁している歌詞に思ったからだ。

 

好きなモノが同じということが好きになる理由の大部分を締めていると、それが少しづつズレた時に、好きになった理由が、嫌いになる理由に変わってしまうのかもしれない。

 

そんな映画の切なさと音楽の切なさが重なってしまった。もしかしたら最初から別れる運命にある恋だったのかもしれない。

 

そして好きな曲の歌詞を引用して感想を述べている自分も、麦と絹と同じぐらいに拗らせている。だから主人公2人を好きにはなれないのに感情移入してしまうし、作品に感動したのだ。

 

クロノスタシス

クロノスタシス

  • きのこ帝国
  • ロック
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

クロノスタシスって知ってる?
知らないと君は言う
時計の針が止まって見える
現象のことだよ

きのこ帝国 / クロノスタシス

 

映画はGoogleストリートビューに、麦と絹が焼きそばパンを食べながら多摩川沿いを歩く姿が映っていることを、麦が発見するシーンで終わる。

 

二人の恋は終わってしまった。新しい恋人ができたりと時間は進んでいる。それでもストリートビューには終わったはずの二人の日々が記録されている。二人の時間が画面の中では止まっている。

 

それは時計の針が止まって見えるクロノスタシスという現象のようだ。

 

『花束みたいな恋をした』オフィシャルフォトブック
 
ノベライズ 花束みたいな恋をした

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  • 作者:坂元 裕二
  • 発売日: 2021/01/04
  • メディア: 単行本