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あいみょんが新曲『さよならの今日に』の歌詞で聴き手を共感させるために行った工夫について(感想・レビュー・評価)

不思議な歌詞

 

あいみょんの綴る言葉は耳に残る。

 

それが多くの人の心をつかんでヒットした理由の一つだとも思う。印象的な言葉を使いながら共感させる内容を書く。

 

でも聴いていて、不思議な気持ちにもなる。

 

誰かにメッセージを贈るような歌詞にも思えない時も多い。それなのに聴いた後にメッセージを受け取ったような気持ちになる。歌詞が起承転結になっていないこともある。

 

さよならの今日に

さよならの今日に

  • あいみょん
  • J-Pop
  • ¥255
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新曲『さよならの今日に』の歌詞もそうだ。

 

具体的なメッセージを伝えようとはしていない。歌詞の主人公がどのような人物なのかもよくわからない。

 

それなのに心をつかまれる。自分のことを歌ってくれているような気持ちになって共感する。

 

結論も結末もわからない歌詞

 

あいみょんは歌詞で結論を出そうとしない。結末も教えてくれないのだ。

 

『さよならの今日に』は「過への後悔があった上で明日をどのように生きていくか」がテーマの歌詞に感じる。

 

泥まみれの過去が
纏わりつく日々だ
鈍くなった足で
ゴールのない山を登る

 

恋い焦がれたこと
夢に起きてまた夢見たこと
これまでを切り取るように
頭の中を巡る

 

明日が来ることは解る
昨日が戻らないのも知ってる
できれば やり直したいけれど

 

切り捨てた何かで今があるなら
「もう一度」だなんて
そんな我儘 言わないでおくけどな
それでもどこかで今も求めているものがある
不滅のロックスター
永遠のキングは
明日をどう生きただろうか

 

傷だらけの空が
やけに染みていく今日
鈍くなった足で
河川敷をなぞり歩く

 

涙がでることは解る
気持ちが戻らないのも知ってる
それなら 辞めてしまいたいけれど

 

残された何かで今が変わるなら
「もう一度」だなんて
そんな情けは言わないでおくけどな
それでもどこかで今も望んでいる事がある
伝説のプロボクサー
謎に満ちたあいつは
明日をどう乗り越えたかな

 

吹く風にまかせ
目を閉じて踊れ
甘いカクテル色の空を仰げ
そんな声が聞こえる

 

切り捨てた何かを拾い集めても
もう二度と戻る事はないと
解っているのにな

 

切り捨てた何かで今があるなら
「もう一度」だなんて
そんな我儘 言わないでおくけどな
それでもどこかで今も求めているものがある
不滅のロックスター
永遠のキングは
明日をどう生きただろうか

 

伝説のプロボクサー
謎に満ちたあいつは
明日をどう乗り越えたかな

  

しかし歌詞の主人公がどのような結論を出したのかはわからない。悩んだままで終わる。考えた末に何も変わっていない。

 

あいみょんの歌詞の特徴の一つが「変わらないこと」を歌うことかもしれない。『君はロックを聴かない』『マリーゴールド』などの代表曲でもそれは共通している。

 

『マリーゴールド』では愛する人との変わらない日々を歌っている。

 

マリーゴールド

マリーゴールド

  • あいみょん
  • J-Pop
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『君はロックを聴かない』ではロックへの想いと、ヒロインとわかり合って近づきたいという想いを歌っている。

 

君はロックを聴かない

君はロックを聴かない

  • あいみょん
  • J-Pop
  • ¥255
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それは日常を切り取ったような歌詞で、結論も結末もいらないのかもしれない。意味やメッセージを込めた歌というよりも、物語を見るような感覚。

 

それに共感したり入り込むことで、リスナーに寄り添ってくれるような歌詞だ。

 

『さよならの今日』は結論や結末が決まらない部分は、『マリーゴールド』や『君はロックを聴かない』の歌詞に通ずるものがあるかもしれない。しかし内容や方向性は違う。

 

『さよならの今日に』は出来事を歌っているわけではなく、心情を歌っているのだ。

 

明るくはない歌詞

 

『さよならの今日に』は主人公以外の登場人物は出てこない。

 

過去に主人公だけしか出てこない歌詞はあった。『真夏の夜の匂いがする』『19歳になりたくない』などだ。

 

真夏の夜の匂いがする

真夏の夜の匂いがする

  • あいみょん
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  • ¥255
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天国か地獄かわからない道を行こう

振り切って進んでいこう

簡単じゃないからハマっていくんだろう

恋もカネも この人生も

(真夏の夜の匂いがする)

 

『真夏の夜の匂いがする』の主人公は、強い意志や悟りのような考えを持っていて前に進んでいく。「様々な色恋も踊りだす」様子を比喩や皮肉を使って表現している。

 

19歳になりたくない

19歳になりたくない

  • あいみょん
  • ロック
  • ¥255
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明日になれば私

何か変わっちゃうかな

どうにもこうにも想像できない

(19歳になりたくない)

 

『19歳になりたくない』では上記のフレーズから始まる。19歳になる前の心情という具体的なシチュエーションの曲。

 

「小中高と進んで逃げ方も覚えた」「カメラを片手にギターを背負い」というフレーズから高校を一度退学した経験もあり、プロのミュージシャンを目指していた自身の体験を歌ったドキュメント的な歌に思う。

 

しかし『さよならの今日に』は少しだけ違う内容だ。

 

『真夏の夜の匂いがする』の主人公とは違い、落ち込んでいる。悩みや後悔や苦しみを感じている。

 

『19歳になりたくない』の歌詞のように何に対して悩んでいるのか具体的な理由がわからない。状況や環境や立場もわからない。歌詞の内容が抽象的なのだ。

 

つかみどころのない歌詞。明るくはない内容。しかし歌詞に共感してしまう。歌の世界に入り込んでしまう。

 

それにも理由があるのではと思う。

 

具体的と抽象的の中間

 

泥まみれの過去が
纏わりつく日々だ
鈍くなった足で
ゴールのない山を登る

 

抽象的な表現だが「泥まみれ」「鈍くなった」などの表現によりマイナスな感情であったり、悪い状況であることが伝わる歌い出し。

 

明日が来ることは解る
昨日が戻らないのも知ってる
できれば やり直したいけれど

 

BメロではAメロと違い、比喩表現を使わず具体的な表現になる。

 

当たり前のことで誰もが理解していることを歌う。「できればやり直したいけれど」という誰もが思ったことがあるであろう内容を歌っている。

 

切り捨てた何かで今があるなら
「もう一度」だなんて
そんな我儘 言わないでおくけどな
それでもどこかで今も求めているものがある
不滅のロックスター
永遠のキングは
明日をどう生きただろうか

 

サビでは「何か」という言葉を使い、あえて確信に触れず曖昧な表現にする。リスナーによって「何か」の受け取り方は変わるので、感情移入しやすくなる。

 

「不滅のロックスター」という具体的でありつつも抽象的な部分も含んでいる表現によって、リスナーとの距離を詰めているように思う。

 

有名で評価されている一流のロックミュージシャンをリスナーに想像させる歌詞。しかし特定の誰かを指しているわけではないので、聴き手によって思い浮かぶミュージシャンは違う。

 

だからリスナーが曲に入り込んでしまう。自分の頭に浮かんだ「不滅のロックスター」が明日をどのように生きたのかを想像してしまう。

 

具体的な表現と抽象的な表現を使い分けたり、組み合わせることで歌詞を組み立てる。

 

具体的すぎると曲に入り込める人を選別してしまう。抽象的すぎると曖昧な表現ばかりになり説得力がなくなる。

 

このバランスが取れているから、あいみょんの歌は多くの人に響くのかもしれない。

 

それに加えて『さよならの今日に』では、もう1つ工夫がなされている。

 

一人称と二人称が出てこない

 

この歌の主人公は男性なのか女性なのかわからない。

 

「僕」や「私」などの一人称が出てこないからだ。これが共感させたり、歌の世界に入り込ませる工夫の一つに思う。

 

『マリーゴールド』でも一人称は出てこなかった。

 

だから主人公が男か女かもわからない。リスナーに委ねられている。だから聴いていて想像が膨らむ。だから多くの人が共感や感動をしてヒットしたのだと思う。

 

『さよならの今日に』は一人称だけでなく「君」や「あなた」など二人称も出てこない。

 

主人公の性別も年齢も立場も分からない。自分以外の誰かがいるのかも分からない。主人公についても他の登場人物についても、リスナーの想像に任されている。

 

そのため自分に置き換えて歌の世界に入り込みやすい。自分の経験や考えと照らし合わせることができる。

 

具体的な表現と抽象的な表現が組み合わさっているので、歌の世界観に入り込みやすい。

 

あいみょんはリスナーやファンに媚びているわけではないと思う。自分の個性を活かしながら表現をしているように思う。

 

自分の表現をしつつもリスナーの入り込む隙をあえて作っているのだ。特に『さよならの今日に』はその傾向を感じる。

 

だから自分は『さよならの今日に』の歌詞にグッと来たのだ。

 

あいみょんはずっと変わらない

 

憧れてきたんだ

憧れてきたんだ

  • あいみょん
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 『憧れてきたんだ』という曲がある。

 

2017年に発表された楽曲。あいみょんがブレイクする前の楽曲だ。『憧れてきたんだ』ではこのように歌われている。

 

私が知ってるロックスターなら
数年前に墓の中
掘り起こせ 掘り起こそう
ギターをまた握らせてやろう

 

私の知ってるシンガーソングライター
数年前にメジャーを辞めた
歌うこと 歌うこと
まだ続けていてくれよお願いだ

 

憧れて 憧れて
憧れてきたんだ
あなた達が奏でた音で
私は変わったんだ

 

『憧れてきたんだ』でも『さよならの今日に』と同じように「ロックスター」という言葉が出てくる。

 

あいみょんは売れる前も売れてからも誰かに憧れて、それによって心を動かされたり力をもらったのだと思う。

 

ヒットした理由や人気アーティストで居続けている理由は、音楽の間口が広がったからだと思う。

 

聴く人を選ぶ過激な歌詞も減ったし、個人的な心情を吐露したり偏った内容の歌詞は減った。

 

しかし根っこの部分は変わっていない。あいみょんは変わらずに音楽を作り続けている。

 

最も大切な部分が変わらないから音楽に説得力が増す。変わらない部分に感動することもある。『さよならの今日に』でも変わらないあいみょんを感じたからこそ、聴いていて心が動かされた。

 

ただ変わった部分もあるのだとは思う。あいみょん自身というよりも、周囲が変わったように思う。

 

憧れてきたんだ
あなた達が奏でた音で
私は変わったんだ

 

あいみょんは『憧れてきたんだ』でこのように歌っていたが、今は「あいみょんが奏でた音で私は変わったんだ」と感じている人が数え切れないほどたくさん居ることだ。

 

あいみょんの音楽が、多くの人を感動させるようになった。これはあいみょんがヒットしたことによって変わったことだ。

 

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