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中村一義の最新作『十』をとりあえず聴いて欲しい(アルバムレビュー・感想・評価)

どう?

 

「どう?」

 

中村一義の『犬と猫』を初めて聴いた時、自分に対して尋ねているように感じた。

 

犬と猫

犬と猫

  • 中村一義
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

何について「どう?」と尋ねているのはわからない。でも理由も意味もいらないのかもしれない。

 

たった2文字の言葉なのに、自分の心の中に音楽が飛び込んできたような感覚になった。飛び込んできてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 

だろ、だろ? 

だろ、なあ、みんな

 

中村一義が結成したバンド100sの『A(エース)』を聴いた時も同じ感覚になった。

 

A(エース)

A(エース)

  • 100s
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

何について聞かれているかはわからない。

 

でも「みんな」の中に自分も入れてくれて、100sの仲間にしてくれた気がした。バンドを組んでも同じように一言で心の中に飛び込んできやがる。

 

中村一義を聴いていると、そんな感覚になる。

 

間違いなく才能に溢れたアーティストだと思う。唯一無二の個性を持っていると思う。

 

それなのに憧れやカッコよさをあまり感じない。ものすごく身近な存在に感じる。それが不思議で惹きつけられる。

 

 

天才と呼ばれた中村一義

 

中村一義はかつて雑誌やメディアで「天才」と呼ばれていた。

 

それは過剰評価ではないとは思う。素晴らしいミュージシャンだと思う。でも自分はその言葉に違和感もあった。

 

たしかに天才的な才能ではある。

 

『犬と猫』が収録されている1997年に発売された1stアルバム『金字塔』は、2020年に聴いても刺激的な音楽だ。

 

ザ・ビートルズの使用していたものと同じ機材を使用し演奏し、ザ・ビートルズのオマージュとも言える演奏をしている。しかもほぼ全ての演奏を中村一義1人で行っている。

 

オマージュではあるが中村一義の個性も詰め込まれている。ザ・ビートルズとは全く別物の音楽だ。

 

メロディも歌い方もビートルズとは全く違う。他のシンガーがやってこなかったであろう歌唱法法で、他のミュージシャンが作らないであろメロディを歌う。

 

散文的だったり口語体だったりする独特な歌詞も強い個性がある。

 

ミュージシャンとしての才能は間違いなく「天才」だ。

 

でも自分は「天才」という言葉で中村一義を評価することは、あまりしたくはない。

 

「天才」と聞くと近寄りがたい存在に感じるからだ。「

 

中村一義の音楽も存在も身近に感じる。中村一義の綴る言葉はいつも自分に寄り添う言葉ばかりで、奏でる音楽はとても優しい。

 

天才とは

天才とは

  • 中村一義
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

夕方みんなでね、有能な天才、三人思い出してたんだよ。
もうさ、あいつなんて、全部自分の名前で。
僕は有名なグループなんで…あっ!四人必要だ。

 

"天才"は、今、みんなが知ってる"天才"であり、いい奴なんで、
今、昔が溢れたって、いいって。だって、本物はある。

(中村一義 / 天才とは)

 

 中村一義は『天才とは』という楽曲で、このように歌っている。

 

彼は自身を天才としての立場ではなく、リスナーと同じ立場で「天才」の存在を眺めて憧れているようだ。

 

その価値観や思想に自分と近いものを感じる。親近感がわく。

 

「有能な天才を思い出していたみんな」の中に自分も含めてくれているような気持ちになる。

 

 

 全てが人並みに上手くいきますように

 

永遠なるもの

永遠なるもの

  • 中村一義
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

あぁ、全てが人並みにうまくいきますように

暗いだなんて言うなって。

全てよ、運命の想うままに

(中村一義 / 永遠なるもの)

 

この言葉に、自分は何度も救われた。

 

とても優しい歌詞。大層なことも歌っていない。この後に「愛がすべての人たちへ」と歌ってはいるが「この幼稚な気持ちが永遠でありますように」と最後は締めている。

 

大きな成功も大きな幸せも望んではいない。ささやかな幸せを望んでいる。その視点は自分のような普通の音楽ファンと同じだ。

 

君ノ声

君ノ声

  • 中村一義
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

いろんな声が広がる、この街にさ、
君の声が聞こえてくる。
出会う人は、その声かえす鏡のように。
だから、僕はうたえる、うたえる…。

 

すさんだ奴がはびこる、この街にさ、
君の声が聞こえてくる。
祈りにも似て否なる 話題を持って、
懲りず、君に届ける、届けるから…。

(中村一義 / 君ノ声)

 

 2000年に発売された『ERA』に収録されている『君ノ声』では「歌える理由」と「君に届ける理由」について歌っている。

 

その理由は「天才」としての目線ではない。リスナーと同じ目線だ。同じ立場として「君ノ声」を歌で返そうとしている。

 

あれやこれや

あれやこれや

  • 中村一義
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

届く日まで、届けような。
届く日まで、届けよう。あれやこれやを。

 

音を携えて、武器を持たぬ戦いが始まるぞ。
闇がこんだけだと、光る『君ノ声』がよ~く、届くよ。

(中村一義 / あれやこれや)

 

2016年に発売されたアルバム『海賊盤』の『あれやこれや』にはこのような歌詞がある。

 

2016年の中村一義も『君ノ声』を聴いている。それを返すように歌を届けてくれる。

 

中村一義の思想や指針は、きっとデビュー時から変わっていない。

 

リスナーと同じ目線に立って、仲間として歌ってくれているよう思う。むしろ一緒に歌おうとしているように思う。

 

2020年の中村一義も変わらない。

 

中村一義は様々な音楽に挑戦したし、バンド活動もしていた。それでも作品の持つ力やメッセージは変わっていない。

 

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それは最新作『十』を聴けばわかる。最新作でも中村一義は変わらない。

  

 

最新作『十』

 

最新作『十』でもいつも通り1曲目から心の中に飛び込んでくる。

 

1曲目は『叶しみの道』。中村一義のソロ曲ではあるが「みんなの歌」でもあると思う。

 

叶しみの道

叶しみの道

  • 中村一義
  • ロック
  • ¥255
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この叶しみをもう、忘れないだろうな。
今日、終わったこの日からさ、始めればいい。
このほほえみを、忘れないだろうな。
そう言って、この友と、歩けりゃあ、いい。


そう、だって、この道を、歩けりゃあ、いい。

そう、「どうして?」って、この道と、歩けりゃあ、いい。

(中村一義 / 叶しみの道)

 

終盤には中村一義の「せーの!」という掛け声が入っている。

 

その後の「そう」と肯定する歌詞の部分にコーラスが入っている。まるで自分も一緒に「そう 」と肯定し、一緒に歌っているような気持ちになる。

 

自身に言い聞かすような歌詞にも思う。それでいて誰かに語りかけるような歌詞にも思う。

 

だから中村一義の歌はいつも寄り添ってくれるような気持ちになる。一緒に感情を分かりあっているような気持ちになる。

 

それはデビュー曲の『犬と猫』の時と変わらない。

 

どう?


僕として僕は行く 僕等 問題ないんだろうな
奴は言う こう あぁ ていのう もう けっこう!


奴等 住む場所へ行く 全て解決させたいんだ


僕は僕 もう 最高潮! 落とせ あんなもんは ねぇ
インチキばっかのさぁ

(中村一義 / 犬と猫)

 

『犬と猫』では「どう?」と語りかけながらも、自分に言い聞かすように歌っている。昔からずっと変わらない。

 

それでいいのだ!

それでいいのだ!

  • 中村一義
  • ロック
  • ¥255
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最高を待つのは短い滞空時間で、
それ保ちたいから、上がり、下がり、曲がり、んで沈殿。
また君、笑えば、どうあれどうでもいいんで。
なら、僕の道。

 

もういいかい?まぁだだよ。

 

「それでいいんだ。」って君は言う。
「そうだって、最高の〆はいい。」
「それでいいんだ。」って君は言う。
「だって、本当の君がいい。」

(中村一義 / それでいいのだ!)

 

『十』に収録されている『それでいいのだ!』に込められているメッセージは『犬と猫』と同じことを伝えようとしているように思う。

 

中村一義はずっとありのままの自分を肯定している。ありのままの「君」のことも肯定している。

 

『永遠なるもの』で歌っていたように、ずっと「愛が全ての人たちに分けられる」ことを望んでいる。

 

もういいかい?

 

『それでいいのだ!』の最初のフレーズ。

 

これを聴いた時、『犬と猫』で「どう?」と歌っていた時を思い出した。自分に尋ねられているような気がした。

 

いつだって中村一義は、たった一言で心の中に飛び込んでくる。

 

 

どう?

 

最新作『十』は演奏も全て中村一義が行っている。デビュー作の『金字塔』を作った時と同じように。「原点回帰」とも言える作品だ。

 

中村一義の活動はマイペースだ。

 

熱心に追うファンは減ってしまったし、あれだけ「天才」ともてはやしたロッキングオンは中村一義のインタビューをやらなくなった。

 

活動なマイペースすぎて離れてしまったファンも多い。昔とは変わってしまったと思っている人もいるかもしれない。

 

そんな人にも『十』を聴いて欲しい。

 

『金字塔』に救われた人にも響く作品だと思う。中村一義が1人で演奏しているからか『金字塔』に近い温かさを感じるから。

 

100sのバンドサウンドに痺れた人にも聴いて欲しい。中村一義が1人で演奏はしているが、バンド活動を経た上で制作された作品だ。

 

バンド活動での経験を吸収した上で演奏されているような、グルーヴを感じるバンドサウンドもある。きっと気に入るはずだ。

 

かつてザ・ビートルズのオマージュをしていたように、名曲のオマージュをする遊び心だってある。

 

『スターズー』はOASISの『Lyla』のサウンドをオマージュている。OASISを中村一義の個性で味付けしている。カッコいい曲なんだ。

 

スターズー

スターズー

  • 中村一義
  • ロック
  • ¥255
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Lyla

Lyla

  • オアシス
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes


もしも中村一義を知らないのにこの文章を読んでいる人がいるならば、ためしに『十』を聴いてみて欲しい。

 

中村一義は君ノ声を聴いてくれて、胸の中に飛び込んでくれるはずだから。何かしら力をくれるかもしれないから。

 

一言でまとめると、めちゃくちゃ良いアルバムだから、多くの人に聴いて欲しいということだ。

 

そんな感じなんだけど、聴いてみませんか?

 

「どう?」