オトニッチ

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メレンゲ・クボケンジのライブに志村正彦が来た時の話

なんかいるなあ

 

「今日はなんかいるなあ」と言ってクボケンジは苦笑いをしていた。

 

ギターからノイズが出ている。シールドを繋ぎ直したりと対応しているがノイズは止まらない。まだライブは序盤。3曲しかやっていない時の出来事。

 

シールドを挿仕込むジャックが緩んでいたことがノイズの原因だった。この日使用していたギターは購入したばかりらしい。使い込んだギターでも滅多に起こらない故障。新品なら尚更のこと。

 

「やっぱりなんかいるなあ」とまた苦笑いしている。苦笑いしているけど、なぜか楽しそう。

 

サポートギターの曽根巧は「こうすればクボさん困るのかなって思ってイタズラしてるんじゃない?」と話す。曽根さんもなぜか嬉しそう。

 

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ライブが行われた場所は山梨県富士吉田市。この場所にいた人は全員が「なんか」が何を示しているのか理解していたはず。ステージで演奏していた3人だけでなく、関係者もお客さんも。

 

フジファブリックの志村正彦のことだ。

 

 

クボケンジと志村正彦

 

「同じ音楽を聴いてるのに、なんでアウトプットが違うのかなとずっと思ってた。でも、富士吉田に来てわかった。目の前に富士山が大きく見えて、自分が育った環境と全然違う」

 

この日のライブでは志村正彦についてMCで話すことが多かった。そして富士吉田のことについてたくさん話していた。

 

MCでは何度も「親友の故郷」という言葉を使っていた。富士吉田は志村正彦の出身地だ。

 

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二人は同じマンションの違う部屋に住んでいた。

 

頻繁にお互いの部屋を行き来して音楽の話をしていたらしい。お互いのバンドメンバー以外で最も会う相手だったかもしれない。2人とも地元を離れてミュージシャンになるために東京に出て来た。出身も音楽性も違うが、お互い惹かれ合うものがあってつながった、東京でできた大切な親友なのだと思う。

 

志村は生前、富士吉田のことをインタビューやライブのMCでも語ることが多かった。「山梨県富士吉田市から来ました」とライブでの挨拶でも言っていた時期もあった。それだけ故郷を大切にしていたのだと思う。

 

クボケンジにとっても、いつしか富士吉田が大切な場所になったのかもしれない。

 

「この10年で富士吉田に来る機会も増えて、志村のご家族とも仲良くさせてもらっていて、ご家族の人にも自分のライブを観てもらいたいと思って」

 

この日、富士吉田でライブを行った理由を話していた。

 

きっとそれだけでなく、親友が大切にしていた場所で、生活をしていた場所で自分の音楽を鳴らしたいということも理由にあったのではとも思う。

 

富士吉田は地元の人以外にはアクセスが簡単ではない場所だ。公共交通機関で行くには面倒な場所。アーティストがライブを行う土地としては選ばれることがないような辺鄙な場所かもしれない。

 

それでも、大切な人のいる場所で、大切な場所で、自分の大切な音楽を演奏したかったのだと思う。

 

ファンも特別な場所でのクボケンジのライブを観たいと思って富士吉田まで来たのだと思う。東京でのライブと変わらない人数が富士吉田に集まり、チケットは完売した。

 

 

カバーされた志村の作品

 

富士吉田でライブを行うことはクボケンジにとって特別なことかもしれない。しかし、いつも通りのライブでもあった。いつも通りの素晴らしい演奏。クボケンジの作った楽曲はいつどこで聴いても心に刺さる。

 

アコースティックギターとエレキギターとシンセサイザーの3人でのシンプルな編成。だからこそ歌声の素晴らしさやメロディの心地よさをより感じる。シンプルな編成でも音源とは違うアレンジもされていて聴き応えもある。

 

「志村のご家族にも聴いてもらいたい」と言っていた。きっと会場に来ていたご家族もクボケンジの音楽はきちんと届いていたと思う。

 

でも、やっぱり不思議な気持ちにもなった。ギターのトラブルがあった時からずっと。やはり「なんかいるなあ」と思ってしまうような空気感。

 

「なんかいる」ような空気感の中。サプライズもあった。志村正彦の作ったフジファブリックの楽曲を3曲カバーしたのだ。『タイムマシン』と『若者のすべて』と『笑ってサヨナラ』の3曲。

 

それを歌っていた時も、なんかいた気がすふ。

 

「なんか」はクボケンジの歌うフジファブリックの曲を聴きに来てくれたような気がする。いや、歌いに来てくれたような気がする。

 

 

タイムマシン

 

この日最初に歌われたフジファブリックの楽曲は『タイムマシン』。楽曲についてやフジファブリックについて説明をすることなく。曲が始まった。

 

タイムマシン

タイムマシン

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  • provided courtesy of iTunes

 

ピアノの音が鳴った瞬間、鳥肌が立った。

 

自分がメレンゲとフジファブリックの両方のファンで、志村の作った楽曲をクボケンジが歌ってくれるという嬉しさで鳥肌が立ったのかもしれない。

 

でも、それだけではない。

 

志村正彦が、ステージにいるように感じた。

 

聴こえて来る歌声は確実にクボケンジの歌声。それでも、ところどころ、志村の声が聴こえて来たような気がした。志村のメロディは個性的だ。自然と似た歌い方になってしまっただけだとは思う。

 

欲を言えば

欲を言えば

君の声が聞きたいんです

 

タイムマシンのBメロの歌詞のフレーズ。このフレーズをクボケンジが歌ったとき、志村正彦が頭に浮かんだ。このフレーズを聴いて自分は志村の声を聴きたいと思った。

 

戻れるのかな

タイムマシンのように

同じように 笑えるかい

 

サビの歌詞は志村の歌声にしか聴こえなかった。ところどころではない。サビの全てが志村が歌っているように聴こえた。君の声が聞きたいという言葉に応えてくれたのかとも思った。

 

それは気のせいだとわかっている。自分がフジファブリックや志村正彦への思い入れが強いだけで勝手に感じただけだ。

 

でも、その時だけ、志村が憑依しているようにすら見えた。歌声も志村に聴こえたし、立っている姿も志村に見えた。

 

この日はクボケンジのライブ。このように思ってしまったことは失礼かもしれない。

 

それでも、この日の『タイムマシン』は特別で忘れられない。志村はギターをイタズラしに来ただけでは申し訳ないからと、親友と一緒に歌ってくれたんじゃないかと思う。そう思いたい。

 

全ては自分の気のせいかもしれないけど、クボケンジが親友の故郷で親友の作った楽曲を歌うことに、他の楽曲とは違う想いや、特別な想いを込めていたはずだ。

 

そんな思いのこもった演奏と聴けたことが嬉しかった。

 

 

志村正彦について語ることについて

 

クボケンジが志村正彦について語ることは多い。楽曲をカバーをすることも多々ある。

 

どちらも好きなファンにもとっては嬉しいことではあるが、好意的に思っていない人がいることも知っている。

 

フジファブリックに詳しくないメレンゲファンは、そのことにモヤモヤしている人もいる。メレンゲをよく知らないフジファブリックファンは、志村を使って客を集めていると思っている人もいる。

 

そう思うファンの気持ちも自分は大切にしたいとは思う。メレンゲファンはメレンゲを、フジファブリックファンはフジファブリックを好きだからこそ感じる感情だとは思う。全員が納得することは難しい。

 

それでも、自分はクボケンジが志村正彦について今でも語ってくれることや、楽曲をカバーしてくれることが嬉しい。

 

音楽は聴いていて心地よいと思うだけのものではない。歌は聴いて歌詞に共感するだけのものではない。

 

音楽は特別な力を持っていると思う。

 

志村正彦はもう居ない。それでも彼の残した楽曲を聴けばそこに志村正彦はいる。

 

CDからは志村の歌声が聴こえる。カバーしてされれば志村の才能に触れることごできる。彼のことを心から想って歌い継いでくれる人がいるからまた志村正彦の音楽に触れることができる。

 

クボケンジが歌ってくれたから、志村にまた会えたような気がした。

 

まるで『タイムマシン』で10年前に戻って2人が一緒に音楽をやっている世界に戻ったような気持ちになった。

 

自分が志村正彦を最後に観たのは新宿ロフトで行われたメレンゲとフジファブリックの対バンライブだった。あの日に戻れたような感覚になった。

 

クボさんも志村にまた会いたくて富士吉田でライブをやってくれたんじゃないかと思った。音楽の力で、また親友に会おうとしたんじゃないかと思う。

 

人間は死ぬ。

 

でも、音楽は死なない。音楽の中では人も生き返ったのではと思う瞬間がある。

 

この日のライブは、それを心底感じた。最初から最後まで「なんかいるなあ」と思ってしまたライブだった。

 

また「なんかいるなあ」と思える場所に行きたい。

 

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