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クリトリック・リスだけは聴かない方が良い

汗だくのおっさんを観て感動した

 

 しょうもないライブを観て感動してしまった。

 

お世辞にも良いパフォーマンスとは言えないライブだったと思う。普通の感覚で考えると酷いライブだとは思う。

 

それなのに、自分でも意味が分からないぐらい感動した。

 

彼の音楽は一度聴くと耳にこびりついて離れないのだ。ハゲ頭で小太りの半裸の中年男性のカラオケを聴きながら涙が出そうになった。

 

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BAYCAMPという音楽フェスに出演していたクリトリック・リスというシンガーソングライター(?)のライブのことだ。

 

ライブを観ることができて良かったとは思っている。しかし、それと同時に後悔もしている。そして、人におすすめできないし、おすすめしたいとも思えない。

 

それは、クリトリック・リスを好きになることはデメリットがあるのだ。クリトリック・リスを聴くとおかしな人になってしまうのだ。

 

興味があってもクリトリック・リスは聴かない方がいい。

 

これを好きと思える感性はおかしい

 

クリトリック・リスの音楽は好みが分かれる。おそらく8対2の割合で「嫌い」と思う人が多いと思う。生理的に受け付けないと人も少なくないだろう。

 



 覚悟して聴いてほしい。もしかしたら曲や歌詞に嫌悪感を感じるかもしれない。歌っている半裸の中年男性を生理的に受け付けないかもしれない。

 

この曲の主人公は内容は売れないバンドマンをけなげに支えている女性。歌詞に出てくる登場人物はクズみたいな人間や世間の常識からずれている人物が多い。

 

クリープハイプだって同じようなテーマの歌詞があるのに、リスナーの受け取り方が全く違う。尾崎世界観もクリトリック・リスも若い女性から「キャーキャー」言われるのにその意味合いが違って感じる。なぜだ。

 

 クリトリック・リスを良いと感じる感性は世間とはずれているのかもしれない。

 

全くポップではない曲。上手いとは言えないボーカル。共感できないし共感したいと思えない歌詞。

 

ルックスだってそうだ。クリトリック・リスは半らでステージに立つ。

 

服を脱ぐミュージシャンは少なくはない。甲本ヒロトや峯田和伸やBRAHMANのTOSHI-LOWなどクリトリック・リスと近い年代のミュージシャンも脱いでいる。その姿はカッコいい。

 

しかし、クリトリック・リスはどうだろうか。

 

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 明らかに絵面が違う。甲本ヒロトのように細くしなやかな体ではない。TOSHI-LOWのように鍛え抜かれた体でもない。だらしないメタボ体形の小太りの中年男性。

 

それでも自分はクリトリック・リスを良いと思ってしまう。音楽だけでなく見た目も含めて良いと思ってしまう。この見た目だから曲が際立っているのだと感じる。自分の感性は一般人と完全にずれている。悲しい。

 

聴くことでトラウマになってしまうかもしれない。好きだと感じたとしても、自身の感性が狂っていることを実感してショックを受けるかもしれない。

 

やはりクリトリック・リスは聴かない方がいい。 

 

ライブに感動するのもおかしい

 

 

 クリトリック・リスのライブを観て自分は感動してしまった。しかし、それも一般的な感性からはズレているだろう。

 

楽器を弾いているわけでもない。上手いとは言えない歌だし、客も男性客が9割以上で臭そう(偏見)。自分が観たBAYCAMPのライブでも同じような光景だった。

 

フェスだったので次の出演者目当ての女性客はいた。しかし、女性客は常にひきつった顔でステージを観ていた。それが通常の反応だ。男性客も苦笑いでステージを観ている人が多かった。それが普通だ。

 

しかし、約30分のステージが終わるころにはフロアの反応も違うものになっていた。

 

後方で座りながら観ていた客は立ち上がり、苦笑いしていた客も真剣にステージを見つめたり腕を上げて盛り上がっていた。目に涙を浮かべている人もいた。女性客はひきつった顔のままだったけども。

 

自分と同じように感動している人がたくさん居た。あの場所ではクリトリック・リスを良いと思わない人の方がマイノリティだった。

 

もしかしたら、あの場に居た人達は全員一般的な感性からはズレたおかしな人たちかもしれない。しかし、みんなクリトリック・リス以外の「まともな音楽」でも感動したくてフェスに来ている客だ。

 

もしかしたら、普通の常識人もクリトリック・リスのライブを観るとおかしくなってしまうのかもしれない。

 

クリトリック・リスのライブには人をおかしくしてしまう不思議な力があるのかもしれない。おかしくなるのが嫌な人はクリトリック・リスは聴かない方が良い。

 

なぜ感動してしまうのか

 

音楽を聴いたりライブを観ることで心が動いた経験がある人は多いと思う。それは演奏や歌の素晴らしさや曲の素晴らしさなどなど。

 

しかし、クリトリック・リスのライブで感動する理由はそれらとは少し違う。

 

曲は悪くはないかもしれない。しかし、歌も下手だし音はカラオケだし見た目も良くない。宴会芸の延長のようなパフォーマンス。他のミュージシャンと比べるとパフォーマンスのクオリティは負けているかもしれない。

 

しかし、クリトリック・リスが他のミュージシャンにも負けていない部分がある。

 

それは、ありのままの姿でパフォーマンスをする吹っ切れた強さだ。

 

クリトリック・リスはカッコつけたパフォーマンスはしない。カッコつけたMCもしないしお洒落な衣装も着ない。服装もパンツ一丁。そもそカッコつけたところであの顔と体型だから意味は無い。

 

ハゲで小太りでパンツ一丁のありのままの姿で、本人のありのままの人格でステージに立っている。

 

曲も綺麗事ばかりを歌うわけではない。かと言って逆に過激なことや奇抜なことばかり歌っているわけではない。カバー曲(というかパロディ)も歌っているし、本人が歌いたいことをやりたい放題やっている。

 

綺麗なことも汚いことも過激なこともすべてひっくるめて歌っている。良し悪し関係なく、歌いたいことを自由に歌っているように感じる。

 

クリトリックリスのパフォーマンスはそれが彼の生き様で、人生そのもののようにも感じてしまう。ありのままの50代のおっさんの必死な姿を見せつけられているような気分になる。

 

その必死な姿に心を打たれた。びしょびしょに汗をかきながら好き放題に歌い、好き放題に動き、女性客にセクハラをする。かっこよくもないし、すごいとも思えない。そんなおっさんの生き様に感動してしまった。

 


クリトリック・リス 【ドンルク】

 

最後に歌われたのはOASISの「Don’t Look Back In Anger」のカバーだった。歌っているのはノエルギャラガーではない。クリトリック・リス。それなのに笑顔でいっしょに歌っている人が沢山いた。涙目でこぶしを振り上げる人もいた。

 

自分も気づけば拳を振り上げて一緒に歌っていた。

 

クリトリック・リスが何もかもをさらけ出していることと同じように、あの瞬間の自分も周りのことなど気にせずに何もかもをさらけ出していたのかもしれない。

 

ちなみに女性客はやはり顔が引きつったままだった。

 

やっぱりクリトリック・リスは聴かない方が良い

 

クリトリック・リスのライブは実際に観なければ魅力も楽しさも伝わらないかもしれない。しかし、それでもクリトリック・リスは聴かない方が良いとも思う。

 

例えばクリトリック・リスのライブを観て感動したとして、その事を友人知人家族に話すことができるだろうか。

 

気になっている人に「好きな音楽は何?」と聞かれた時に「クリトリック・リス」と答えることができるだろうか。

 

自分はクリトリック・リスのことを話すことができるし、好きだと言える。しかし、その感覚は一般人とはズレているのだ。

 

こんな名前で一見ふざけたことをいるおっさんを好きなんて普通は恥ずかしくて言えない。そもそもこんなおっさんを好きな時点で一般人とは感覚がズレていておかしい。

 

しかし、クリトリック・リスのライブを観て曲を聴いた人は誰かにクリトリック・リスのことを話したくなるだろう。すごいものを観たと伝えたくなるはずだ。それはプラスの意味だけでなくマイナスの意味を含んだものがあるとしても。普段は普通に生活していて普通の趣味嗜好をしている人もクリトリック・リスが気になってしまうのだ。

 

クリトリック・リスは観たものを一般人の感性とは違うおかしな人の感性にする力を持っているのかもしれない。常識的な一般人でありたい人は、絶対にクリトリック・リスを聴かない方が良い。

 

もしもクリトリック・リスを聴いてしまったら、おかしな人になってしまい、今まで体験したことないような感動を体験してしまうことになる。

 

 だから、絶対にクリトリック・リスは聴かない方が良い。絶対に聴くんじゃないぞ。