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菅田将暉が茜色の夕日を歌うことにフジファブリックのファンが思うこと

別にいいじゃん?

 

フジファブリックのファンの間で賛否両論になっていることがある。菅田将暉がフジファブリックの「茜色の夕日」を1stアルバムでカバーしたことだ。もしかしたら否定的な意見の方が多いのかもしれない。菅田将暉のカバーに否定的な人は、作者である志村正彦以外に歌ってほしくないという意見が多く感じる。

 

この曲はフジファブリックのメンバーにとってもフジファブリックのファンにとっても思い入れが強い曲だ。そのため作者である志村正彦以外に歌って欲しくないという意見が出ることも理解はできる。自分も「茜色の夕日」は最も好きな曲でもあるし、思い入れの強い曲だ。

 

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それでも、自分は菅田将暉が歌ってもいいんじゃないかと思う。

 

 

以前からライブでカバーされていた

 

フジファブリックの曲は様々なアーティストがカバーしている。若いアーティストからベテランのアーティストまで様々な歌手やバンドに。茜色の夕日に限らずにだ。たしかに志村正彦がいなくなってからカバーは増えた。奥田民生や氣志團など親交のあった先輩ミュージシャンやインディーズ時代から仲の良かった残像カフェなど志村正彦のことを想ってのカバーも多い。

 

↓残像カフェ/茜色の夕日

しかし、それ以上にフジファブリック自体がキャリアを重ねて若手ではなく中堅バンドになり、日本のロックシーンで影響力が強い存在になったためカバーが増えたとも思える。パスピエやフレデリックなど現在の日本のロックシーンの中心にいるバンドもフジファブリックの影響を公言している。モルグモルマルモやネクライトーキーなどインディーズバンドでも影響を受けているバンドも少なくない。フジファブリックのオマージュとも思える曲も作っている。

 

↓ネクライトーキー/タイフー

 

フォロワーのバンドが増えため「カバーをしたい」と思うアーティストも増えたのだと思う。ビートルズの曲が歌い継がれるように、はっぴいえんどの曲が今でもカバーされるように、フジファブリックの名曲を歌ったり演奏したいと思うミュージシャンが居ることは当然だと感じる。

 

カバー音源も少なくない

 

フジファブリックのカバーはCDや配信でも多くの作品がリリースされている。特に多くカバーされている曲は「若者のすべて」だ。

 

Bank Bandや柴咲コウや槇原敬之などフジファブリックを知らなかったであろうファンが多いアーティストにカバーされ、フジファブリックの存在がさらに知られるきっかけにもなった。他には蜜が「バウムクーヘン」をカバーしたり矢野顕子が「ByeBye」をカバーしている。

 

バウムクーヘン

バウムクーヘン

  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

「茜色の夕日」もカバーされた音源はリリースされている。クラムボンとThe SALOVERSだ。クラムボンは7inchと配信のみで販売され、The SALOVERSはシングルス曲のカップリングだったのでそれほど話題にはならなかったが、どちらも自分の色を出しつつもきちんと原曲へのリスペクトも感じるカバーになっていたと思う。

 

茜色の夕日 from 「yet」 (7inch vinal)

茜色の夕日 from 「yet」 (7inch vinal)

  • クラムボン
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

 

「茜色の夕日」が特別な曲である理由

 

なぜ「茜色の夕日」はフジファブリックのファンから特別な曲だと思われているのだろうか。それは、フジファブリックの活動においてのターニングポイントに深く関わっていたからだ。

 

志村正彦が上京してから初めて作った曲が茜色の夕日だ。ライブハウスでアルバイトをしていた頃、ミュージシャンの夢を諦めて実家に帰ろうとしていた志村正彦。その事をバイト先の先輩だった氣志團の綾小路翔に相談した際に「音楽辞めるなら茜色の夕日を氣志團にちょうだい」と言われて「それは嫌です」と言って音楽活動を続けるきっかけになったというエピソードもある。

 

フジファブリックがCDをリリースしたきっかけも「茜色の夕日」が関係している。フジファブリックはインディーズ時代、SONG-CRUXというレーベルからCDをリリースしていた。ロフトプロジェクトという会社が運営していたレーベルだ。このレーベルにはメレンゲや音速ラインなども所属していたが、レーベルの第一弾アーティストはフジファブリックだった。

 

本業は新宿ロフトや下北沢シェルターなどのライブハウス運営であったロフトプロジェクト。その社員であった樋口さんが偶然「茜色の夕日」を聴いたことで「フジファブリックをデビューさせたい」と思いフジファブリックのためにレーベルを立ち上げたのだ。SONG-CRUXはフジファブリックがきっかけで立ち上げられたレーベルだが、もしかしたら「茜色の夕日」がなければフジファブリックがデビューすることもなかったのかもしれない。

 

志村正彦の夢でもあった地元の富士五湖文化センターでのMCと歌唱も「茜色の夕日」をより特別な曲にする理由でもあると思う。そのライブのアンコールで志村は5分弱のMCをした後「この曲を歌うために今まで頑張ってきたと思います」と語ってから茜色の夕日を歌った。途中感極まり歌えなくなりながらも歌い切った。

 

志村がいなくなった後に開催されたデビュー10周年記念の日本武道館公演も印象的だった。現在のボーカリストである山内総一郎が「今日は志村くんと一緒に曲をやろうと思います」と語ってから志村正彦のボーカル音源を流し、それに合わせてバンドが演奏した。この日の公演で志村正彦が歌った曲は「茜色の夕日」だけであり、山内総一郎は他の志村が作った楽曲をライブで歌っても、「茜色の夕日」は1度も歌っていない。代表曲の1つにも関わらず。

 

フジファブリックにとってターニングポイントになるタイミングや特別な時に「茜色の夕日」は関わっていた。そして今のメンバーにもファンにもとても大切な曲として扱われてきた。名曲であることはもちろん、楽曲自体に物語が生まれている。

 

そのため、ファンも「茜色の夕日」だけは“気軽に”カバーして欲しくないと思っている人も少なくないと思う。カバーするとしてするとしても、愛を持ってカバーして欲しいと感じているのではないだろうか。これは自分も同じように思っている。

 

 

菅田将暉の「茜色の夕日」について

 

では、菅田将暉の「茜色の夕日」は“気軽に”カバーされたのだろうか。リスペクトがなく、愛がない酷いカバーなのだろうか。これらは主観的な部分なので人によって感じ方は違うと思うが、とりあえず1度聴いてみてほしい。

 

茜色の夕日

茜色の夕日

  • 菅田 将暉
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

弾き語りでのカバー。正直、音源としてのクオリティは高くないと思う。他のアルバム収録曲は丁寧に作り上げられているが、「茜色の夕日」のカバーはそれらとは違う。言い方は悪いが、下手くそな路上ミュージシャンがカバーしているようにも感じる音源。でも、自分はフジファブリックや志村正彦や茜色の夕日へのリスペクトや愛は強く感じる。

 

菅田将暉はアルバムの収録曲で「茜色の夕日」だけ歌い方を変えている。例えばデビューシングルの「見たこともない景色」と比べてみよう。

 

見たこともない景色

見たこともない景色

  • 菅田 将暉
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

歌い方が全然違う。他の収録曲も「見たこともない景色」と同じような歌い方をしている。菅田将暉の本来の歌い方や歌いやすい歌唱方法はこちらなのだろう。

 

「茜色の夕日」は志村正彦の歌い方に寄せてきている。モノマネと思うぐらいに。志村の歌い方の特徴を再現している。志村の歌が下手な部分も。アルバム収録曲で「茜色の夕日」だけ歌も演奏も浮いているぐらいにだ。

 

歌手としてのカバーではない

 

菅田将暉が「茜色の夕日」をカバーした理由は、インタビューなどで語られている。本人がとても思い入れがある曲だからカバーをしたのだ。そのエピソードからは菅田将暉の人生において「茜色の夕日」が大切な曲だということがわかる。

 

TOKYO FM+ エラー

 

菅田将暉は歌手やミュージシャンとしてでも、俳優としての表現の1つとしてでもなく、フジファブリックや志村正彦のファンとしてカバーをしたように感じた。 

 

フジファブリックのファンが家で大好きな曲を鼻歌で歌ったり、カラオケで友人に知ってもらいたくて歌うことと同じなのかもしれない。菅田将暉も思い入れのある大好きな曲だから歌い、自分のファンにも知ってもらいたいからアルバムに収録したのではと思う。

 

そのため「茜色の夕日」について自身のエピソードを語ったり、モノマネにも思えるぐらい志村に寄せた歌唱方法で歌ったのかもしれない。そこに自分はリスペクトや愛を感じる。自分と同じように菅田将暉もフジファブリックが好きなんだろうなと思う。

 

きっと菅田将暉も菅田将暉のカバーを許せない人と同じで、フジファブリックや「茜色の夕日」が大好きなのではと思う。

 

菅田将暉を受け入れられなくても良いと思う

 

冒頭にも書いた通り、菅田将暉のカバーに否定的な人の気持ちもわかる。それだけ多くの人にとって大切な曲になっているからだ。あくまでこの記事は自分の個人的な気持ちだ。愛を感じる人もいれば、感じない人もいるとは思う。だから受け入れられない人を批判する気もない。

 

でも、名曲は歌い継いでほしいと思う。「茜色の夕日」は大ヒットした曲ではない。フジファブリック自体も世間一般の老若男女が知っているようなバンドではない。でも、フジファブリックにはたくさんの名曲がある。カッコいい曲も感動的な曲も変な曲も。そういった曲が一部の人にしか知られていないことは勿体ないと思う。

 

菅田将暉がカバーしたことでフジファブリックの存在を知った人も少なくはないだろう。志村正彦という天才がいたことや、フジファブリックが今も最高の演奏をしていることも、多くの人に知ってほしい。だから菅田将暉に限らず、フジファブリックの曲をカバーする人がもっと増えたらなと思う。もちろん、リスペクトや愛を持ったうえで。

 

そして、この記事を読んでいる菅田将暉のファンの人もフジファブリックを聴いてほしい。まずは「茜色の夕日」が収録されているFABFOXが興味を持ちやすいかもしれない。気持ち悪い曲不思議な曲も多いけど、とても魅力的な音楽なんだよ。

 

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