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〈ライブレポ〉大森靖子は弾き語りライブをやるつもりではないのかもしれない -『超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー』@中野サンプラザ-

圧倒された

 

大森靖子のライブを観ると毎回そうなんだ。そのパフォーマンスに圧倒される。曲の終わりに拍手をすることができなくなってしまう。それは決して演奏が悪いというわけではない。凄すぎて拍手すらできないぐらいに圧倒されるのだ。特に大森靖子が弾き語りをしている時は。

 

1月20日。中野サンプラザ。『超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー』というタイトルで行われた大森靖子の弾き語りで演奏をする全国ツアーの千秋楽。この日も同じように圧倒された。いや、いつも以上に圧倒されたかもしれない。大森靖子がギターやピアノの1音目を弾いた瞬間、歌を唄い出した瞬間に空気が変わるってしまうのだ。

 

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音楽のライブは、みんなで盛り上がって腕をあげたり一緒に歌ったりするイメージがあるかもしれない。しかし、大森靖子の弾き語りライブでは身動きすらできなくなる。それは今回が弾き語りのライブであるということも理由かもしれない。でも、拍手ができなくなることは他のアーティストではあまりないのではと思う。

 

それぐらい大森靖子の奏でる生の音楽に圧倒されるのだ。たった1人でステージに立ち、会場に集まった2000人以上の観客を飲み込むようなパフォーマンスをする。弾き語りのワンマンライブを2000人規模のホールで大森靖子が行ったことは初めてだ。それだけ大きなキャパでも全く問題なく、圧倒させる凄いものを魅せていた。

 

圧倒されたことで感じたことがある。それは、大森靖子は弾き語りをしたいと思って1人でステージに立っているわけではないのではということ。 もちろん演奏形式としては弾き語りを行っているし、強みとして弾き語りをやっていると思う。でも、それはあくまで”形式”としての弾き語りだと思う。

 

そのことについて、自分が感じたことを説明してみる。

 

 弾き語りは新しい曲のアレンジ

 

弾き語りって曲の骨格がわかるって言われるんですけど、それは違って、ただの別のアレンジですからね

 

「アコースティックギターマガジン 12月号」に掲載されている奥田民生のインタビューで上記のような事を言っていた。その通りだと思う。弾き語りと言ってもライブごとに違う印象に聴こえるように、楽器の弾き方や歌い方を変えているミュージシャンも多い。

 

大森靖子もこれは例外ではなく、ライブによって同じ曲でも違う聴こえ方をする。今回のツアーでも普段ならギターで弾いている曲もピアノに変えていたりと、弾き語りでも大きく編曲を変えている。

 

そして、大森靖子は〝その場で〟編曲を変えているようにも感じる。弾き語りではセットリストを決めずにその場で決めると以前から大森靖子は語っていた。会場に集まっているお客さんの空気感を読み取って変えているらしい。それは編曲についても同じなのかもしれない。

 

大森靖子の弾き語りライブを何度か見たことがある人はご存知ではあると思う。生で観たことがなくても弾き語りの映像を見比べてみたらわかるかと思う。同じ曲でも、毎回演奏も歌い方も違うのだ。ライブの時期は関係ない。昨日のライブと今日のライブでも全く違う時もある。

 

大森靖子は音楽で会話をしようとしている?

 

『絶対彼女』という大森靖子のライブで頻繁に演奏される人気曲がある。サビの「絶対女の子 絶対女の子がいいな」というフレーズが印象的な曲。

 

中野サンプラザで『絶対彼女』という曲を歌った際に大森靖子はMCでこのようなことを話していた。

 

「女の子が可愛いから女の子のための曲を作ったら、ファンからおじさんの曲も作ってと言われて作ろうと思って、そうしたら他の人からも自分の曲を作ってと言われて、全人類ひとりひとりのために曲を作らないとと思って」

 

大森靖子は全人類ひとりひとりのために曲を作ろうとしている。それと同じように、ライブに来たひとりひとりのために演奏をしようとしているのではと思う。会場に何千人集まったとしても。

 

そして、大森靖子は語るというよりも、ファンと会話をしようとしているようにも感じる。だから弾き語りではなく、弾き会話と言った方がいいのかもしれない。

 

ちなみに、MCで大森靖子は「わたしと話したい人はいますか?」と客席に呼びかけていた。やはり自分のファンと会話をしたいのだと思う。ファンがどのような人間でどのようなことを考えているのかを知りたいのだと思う。

 

大森靖子に自分を知られている?

 

そうは言っても実際に2000人の客ひとりひとりと会話ができるはずがない。それでも大森靖子の歌を聴いていると自分だけのために歌ってくれているのではと錯覚する瞬間もある。

 

「誰もがいいねって言えるような歌は歌っていないし、わたしの曲の全てに共感できる人って殆どいないと思うんですよ。いたら怖いですよ(笑)」

 

このようなことをMCでも言っていた。

 

確かに自分は全ての曲の歌詞に共感はしない。好きな曲だとしても、ドラマや映画の主人公を見ているような第三者視点で歌を聴いていることも多い。でも、たまに「自分のことを歌っているのでは?」と思うほど胸にグサッと刺さる歌詞がある。心臓を掴まれたような気分になったり、逆に優しく話しかけられているような気分になったり。

 

それは音源を家で聴いている時はもちろん、ライブで聴いてそのように感じることもある。むしろライブで感じる事が多い。そして、音源ではなにも感じなかった曲でもライブだと心にグサッと刺さることも多い。特に弾き語りの大森靖子では。

 

実際にひとりひとりと会話をすることは不可能だ。それでも、大森靖子が何故か自分のことを知っているような気持ちにもなるし、逆に自分が大森靖子のパーソナルな部分まで知っているような気持ちにもなる。

 

なぜ大森靖子は会話をしたい?

 

音楽は魔法ではないかもしれないが、音楽は人を救う。

 

特に歌の場合は。歌詞には言葉がある。言葉は人心を動かす力がある。人が発する言葉には温かさがある。特に歌手が言葉を音に乗せて発した時、その力はより強くなる。辛かったり悲しかったりした時はそれを一緒に悲しんでくれて癒してくれる。嬉しい時は一緒に喜んでくれる。

 

このような形で音楽を好きになると、音楽そのものだけでなく、それを作っている人物や演奏し歌っている人にも興味をもつようになる。音楽そのものに感情を動かされると同時に、アーティストの存在にも感情が動かされているのだ。

 

 もしかしたら、アーティスト自身は逆に自分の音楽を聴いている人によって感情が動かされている部分があるのかもしれない。ライブでの反応であったりCDの感想を耳にすることなどで。そのため大森靖子はファンのことを知ろうとするし、会話もしたいと思っているのかもしれない。自分の音楽を好きでいてくれている人の心をもっと動かしたいと思っているのかもしれない。

 

大森靖子は銀杏BOYZのファンだ。それは音楽を始める前から好きだったらしい。銀杏BOYZの峯田和伸はライブ中に自身のメールアドレスを発表してしまい、ネットでも拡散されたことがあった。それから峯田の元にはファンからのメールが届いていたらしい。大森靖子もその中の1人で、峯田に自分の身の回りの出来事や気持ちについて一方的にメールを送り付けていたという。

 

大森靖子は銀杏BOYZの音楽や峯田和伸の存在に、心が大きく動かされたのではと思う。銀杏BOYZの音楽や峯田の存在に救われていた部分があるのかもしれない。

 

大森靖子はTwitterのDMを一般に開放している。中野サンプラザでのMCでも毎日たくさんのDMが来ると話していた。そして、全て読んでいると話していた。

 

大森靖子は自分も銀杏BOYZのような存在になろうとしているのかなと思う。それは音源でもライブでもTwitterでも。

 

大森靖子に圧倒されてしまう理由

 

 冒頭にも書いた通り、今回のライブで自分は圧倒された。身動きができなくなるほどに。始まった瞬間からだ。

 

それは何故なのか。

 

演奏や歌が上手かったことも理由だが、それだけではない。やはり、大森靖子のライブは、大森靖子の歌は会場にいる客と会話をしているように感じたからだ。1曲目から会話をしていたと思う。それは自分とではない時もたくさんあった。他の会場にいるお客さんの誰かと会話をしているように感じる歌の方が多かった。その会話を自分が静かに見守っているような気持ち。そして、曲の終わりには誰かの心が大きく動かされていたような空気を感じた。

 

それに感動した。1曲1曲すべての曲にそういった空気を感じた。自分との会話でなくても感動した。

 

弾き語りというのは大森靖子がファンと会話をする上での手段であり、ただ1人でギターを弾いて歌って”聴かせる”ことが目的ではないのだと思う。手段としての弾き語りで目的は違うのだと思う。

 

だから大森靖子の弾き語りを聴いて「心地よい」という感情を自分はあまり感じない。ずっと心が揺さぶられる。心地よさとは真逆かもしれない。それが大森靖子の音楽の魅力でもあり大森靖子の人間としての魅力ではと思う。そして、毎回ライブへ行けて良かったと思う。 

 

大森靖子は弾き語りという自分の誰にも負けない手段を使い、世界中の全ての人ことを歌うことを目的としているのだと思う。そして、ライブでは弾き語りライブをやるという意識ではなく、会場のお客さん全員のことを歌にして届けるという意識でやっているのではと思う。

 

 「絶対女の子がいいな」って歌ってたら「おっさんのことも歌ってください」とか「私のことも歌ってください」みたいに言ってくれるた人たちが出てきていて、じゃあ歌おうと思って曲を作り続けています。世界中のすべての人のことを歌いたいんですよ、本気で。この先の人生をすべて使っても間に合うかはわからないけど、「あっこれ私の歌だ!」って思ってくれる人を増やしたい。私の曲全部に共感するのって無理じゃないですか。むしろそんな人がいたら怖いし。全員に共感してもらえる曲じゃなくて、誰か一人にそうやって思ってもらえる曲をずっと作っていきたい。

 

 上記は大森靖子がMCで話していたことだ。この言葉に大森靖子が音楽をやり続ける理由がつまっているように思う。そして、自分が一生大森靖子を聴き続けるであろう理由もつまっている。

 

セットリスト

1-M
2-KITTY’S BLUES
3-夏果て
4-キラキラ
5-POSITIVE STRESS
6-オリオン座
7-東京と今日
8-死神
9-TOKYO BLACK HOLE
10-マジックミラー
11-流星ヘブン
12-LADY BABY BLUE
13-みっくしゅじゅーちゅ
-MC-
14-愛してる.com
-MC-
15-絶対彼女
16-劇的JOY!ビフォーアフター
17-剃刀ガール
18-chu chu プリン
19-アナログシンコペーション
20-音楽を捨てよ、そして音楽へ
21-SHIPIN
22-サイレントマジョリティー
23-ワンダフルワールドエンド
24-最終公演
25-PINK
-MC-
26-魔法が使えないなら
【ENCORE】
27-お茶碗
28-ミッドナイト清純異性交遊

 

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