オトニッチ

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「CDショップ大賞」は趣旨がブレブレでも音楽業界に必要不可欠な理由

2018年で10回目です

「本屋大賞」という文学賞がある。これは書店で働いている従業員が「おもしろかった」「おすすめしたい」という本を選んで投票し、受賞作品を決める文学賞だ。”大人の事情”が介入しないため、他の賞レースとは違う結果や意外な作品が受賞することもあり、多くの読書好きに注目される賞の1つになっている。受賞作品は受賞後にベストセラーになることもあり、出版業界の活性化にもつながっているようだ。

 

音楽業界にも同じような賞がある。本屋大賞をパクって参考にして始まった「CDショップ大賞」というものだ。全国のCDショップで働く従業員が投票をし、受賞作品を決める賞レースだ。仕組みとしては「本屋大賞」と同じである。

 

ちなみに、CDショップ大賞の公式サイトの概要にはこのように書かれている。

 

CDショップの現場で培われた目利き耳利きを自負し、選考に際して個人的な嗜好に偏る事なく、店頭から全国に向けて発信出来るような賞をきっかけにブレイクが期待される“本当にお客様にお勧めしたい”作品を“大賞”として選出していきます。

 

» CDショップ大賞 | 全日本CDショップ店員組合

 

なるほど。この賞の趣旨を考えるに、メディアでは大きく取り扱われないようなアーティストや作品で優れた作品を選んで紹介してくれる賞のようだ。ちなみに2017年度の大賞を受賞した作品は宇多田ヒカルの『Fantôme』(2016年度オリコン年間売上ランキング第3位)だ。

 

宇多田ヒカルは素晴らしいからこれからブレイクが期待されますね(笑)

 

 

ベテランも大物も〝ブレイク候補〟なのか?

「CDショップ大賞」は普段からCDショップへ行きCDを買っているような音楽ファンの中には、あまりよく思っていない人も多いような気がする。毎年ノミネート作品が発表される都度に、「超有名アーティストじゃん」「とっくにブレイクしてるだろ」「オリコン1位を取ってるだろ」と批判する人が必ずいる。

 

ちなみに、今年のノミネート作品は下記だ。

 

1次ノミネート作品

・岡崎体育「XXL」
・コアラモード.「COALAMODE.」
・Cornelius「Mellow Waves」
・Suchmos「THE KIDS」
・さユり「ミカヅキの航海」
・竹原ピストル「PEACE OUT」
・DYGL「Say Goodbye to Memory Den」
・乃木坂46「生まれてから初めて見た夢」
・MONDO GROSSO「何度でも新しく生まれる」
・Yogee New Waves「WAVES」
・ONE OK ROCK「Ambitions」

 

2次ノミネート作品

・GLIM SPANKY「BIZARRE CARNIVAL」
・欅坂46「真っ白なものは汚したくなる」
・スカート「20/20」
・台風クラブ「初期の台風クラブ」
・DAOKO「THANK YOU BLUE」
・CHAI「PINK」
・10-FEET「Fin」
・never young beach「A GOOD TIME」
・Hi-STANDARD「THE GIFT」
・PUNPEE「MODERN TIMES」
・BiSH「THE GUERRiLLA BiSH」
・My Hair is Bad「mothers」
・米津玄師「BOOTLEG」

 

2017年前半に発表された作品は1次ノミネート、後半に発表された場合は2次ノミネートとされる。1次も2次も既に売れているアーティストやベテランアーティスト、音楽ファンなら去年の時点で既に注目していたようなアーティストや作品が多い。オリコンの年間ランキングでも上位にランクインしている作品も含まれている。欅坂46は紅白歌合戦にも出演している。

 

 〝店頭から全国に向けて発信出来るような賞をきっかけにブレイクが期待される作品〟という「CDショップ大賞」のコンセプトを考えると、趣旨からブレまくっている。

 

店頭から発信しなくても既にブレイクしているアーティストや作品と、店頭から発信しなくても他のメディアやクチコミなどで売れる(売れかかっている)アーティストが中心にノミネートされ、受賞している。

 

ハイスタや10-FEETなどヒット作も出しライブも動員しているバンドを〝ブレイク候補〟 とするのは本人達にも失礼で、そのアーティストのことを理解していないの捉えられても仕方がないのかもしれない。

 

欅坂46や米津玄師のように最近ヒット作を出したアーティストに対して〝ブレイク候補〟とするのは「CDショップの店員なのに今の音楽シーンを全く知らないの?」とCDショップへ来る客から思われても仕方がないのかもしれない。

 

 

1回目からブレブレなコンセプト

 「CDショップ大賞」は昔は趣旨通りの内容だったのかと言うと、じつは初回から趣旨がブレていた。趣旨がブレている部分は1回目から一貫している。

 

1回目の大賞は当時デビューして話題になっていた相対性理論。賞の受賞前から話題にはなっていたが、まあこれは良しとしよう。

 

準大賞はオリコン1位になったSuperflyの作品で、入賞作品にはMr.Childrenや宇多田ヒカルの作品がある。「CDショップ大賞」は回を重ねるごとにだんだんと趣旨がずれて行ったのではなく、最初から趣旨がずれていたし、コンセプトも無視されていたのだ。

 

当時からCDショップへ足を運ぶ音楽好きに「CDショップ大賞」は批判されていた。しかし、こういった賞は今まで殆どなかったので注目もされた。話題にもなったし、売上にも繋がったのだろう。そのため10年も続いているのだと思う。

 

CD不況

今はCDが売れない時代だ。今はライブなどの体験やグッズなどでミュージシャンは稼いでいる時代とも言われるが、やはりCDが売れないことは音楽業界にとってマイナスだ。

 

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少し古いデータだが、平成12年をピークにCDの売上はどんどん下がっている。批判されることもある握手券商法もなんとかしてCDを売ろうとした工夫の結果なのかもしれない。

 

CDが売れないことによって街からCDショップがなくなったり、店舗の形が変化している。Perfumeを昔から推していたり、多くのアーティストやアイドルがリリイベを行ったタワーレコード錦糸町店ですら閉店するし、タワーレコード渋谷店はカフェができたりアパレルや本やグッズのコーナーが拡大した。CD以外で売上を伸ばそうとしている。

 

「CDショップ大賞」は少しづつ変化する音楽業界やリスナーと音楽との関わり方の変化があったとしても、CDアルバムの魅力をなんとかして伝え、なんとかしてCDを売ろうとする工夫のひとつかもしれない。

 

 

既存顧客を囲い込むか、新規顧客を獲得するか

 「CDショップ大賞」の目的は〝あまりCDショップへ足を運ばない人〟や〝あまりCDを購入しない人〟に店頭でCDを購入してもらうことではないだろうか。頻繁にCDショップに行ってCDを買う音楽オタクなど最初から相手にしていないんだよ。

 

CDショップに頻繁に行きCDを聴き毎日音楽を聴いているような音楽好きは、放っておいても音楽にお金を落としてくれる。わざわざ「CDショップ大賞」でCDを紹介せずとも本人が勝手に作品やアーティストを探してCDを購入してくれる。

 

「CDショップ大賞」で本当にまだ世間に見つかっていないマイナーなアーティストを受賞させても、音楽好きが「自分が見つけた良い新人」の答え合わせをさせる機会を作るだけだ。「台風クラブは名盤作ったからそりゃあノミネートさせるよね」「DYGLやCHAIは2016年から俺は注目してたけどねw」などなど。

 

そういった客はすでに台風クラブもDYGLもCHAIも聴いているしCDも購入しているだろう。そういった客に「台風クラブってバンド最高ですよ!」と紹介しても「そうだよね!俺もCD持ってるよ!」と会話が盛り上がって仲良くなっちゃうだけだ。ビジネスにはつながらない。

 

 だからこそ有名アーティストや既に注目されているアーティスをノミネートさせる必要があるのかもしれない。宇多田ヒカルや星野源やももクロを受賞させる必然性があるのだ。

 

 

宇多田ヒカルの復帰を世間は知らない?

 2016年のCDショップ大賞は宇多田ヒカルが受賞した。宇多田ヒカルは活動休止期間があったものの、日本人なら老若男女問わず多くの人が知っている国民的シンガーソングライターだろう。

 

「ブレイクが期待される“本当にお客様にお勧めしたい”作品」を受賞させるというCDショップ大賞の趣旨からはだいぶずれている。しかし、宇多田ヒカルを受賞させたことは趣旨とずれているとしても正解だったのかもしれない。

 

 

宇多田ヒカルの受賞についてツイートした音楽ナタリーの記事だが、Twitterでのツイートが2,000を超えるリツイートがされ、4,000を超えるお気に入り登録がされている。他の媒体の記事も含めると多くの人にCDショップ大賞の存在や宇多田ヒカルの受賞が伝わったのではないだろうか。

 

注目が集まれば普段それほど音楽を聴かない人にも情報が届く。その中には宇多田ヒカルが復帰したことや、新作アルバムをリリースしたことを知らない人もいるかもしれない。そういった人も「あの宇多田ヒカルが復帰したなら聴いてみよう」と思いCDショップに足を運びCDを購入するきっかけになるかもしれない。もしもこれがマイナーなアーティストならば音楽ファン以外には注目されないだろう。

 

今年のノミネート作品でも前回の宇多田ヒカルのような注目を集めるような作品もある。例えば、Hi-STANDARD。音楽から離れてしまったハイスタ世代はHi-STANDARDの復活や新譜の発売は知らないかもしれない。それが今回のノミネートで知り、久々にCDショップでCDを購入する人がいるかもしれない。

 

ハイスタ以外にノミネートされている作品でも竹原ピストルや欅坂46を紅白歌合戦で観て興味を持った人がノミネートを知り、評判が良いならアルバムを購入しようと思CDショップへ行き購入するきっかけになるかもしれない。

 

 

音楽を聴く人を増やすための賞

つまり、音楽に興味を少しでも持っている人に音楽を聴くきっかけを提供し、”今聴くべき音楽”をわかりやすくスムーズに紹介するために「CDショップ大賞」は存在するのではないだろうか。音楽業界を衰退を防ぎ、全国のCDショップを存続させるためにも、今まで音楽の魅力に気付いていなかった人や、生活環境の変化などで音楽から離れてしまった人をCDショップに来店させ、CDを買ってもらいたいのだ。

 

 

つまり上のツイートのようなことを言うひねくれた音楽好き(自分です)は相手にしていないのだ。むしろこういう音楽ファンが知らず知らずに音楽を聴くハードルを上げ、個人の価値観を他人に押し付けているのかもしれない。反省してほしい。反省しろよ、自分。

 

 

それでも納得できない部分

 新たにCDを購入する人を増やす取り組みとしては「CDショップ大賞」は素晴らしいことかもしれない。しかし、やはり納得できない部分がある。

 

それは、「ブレイクが期待される“本当にお客様にお勧めしたい”作品を“大賞”として選出していきます」というコンセプトの部分だ。やはり「ブレイクが期待される」という言葉には違和感を感じる。だって過去の受賞作品も今回のノミネート作品もすでにブレイクしているアーティストの作品が多いのだから。

 

冒頭で話した「本屋大賞」に関しては賞のコンセプトに「フレイクが期待される」という言葉は使われていない。”書店員が「おもしろかった」「おすすめしたい」という本を選ぶ”というコンセプトだ。

 

CDショップ大賞も本屋大賞と同じような仕組みとコンセプトだが、「ブレイク」という言葉を使ってしまったがために、細かいことにうるさいCD屋の客普段から熱心に音楽を聴いているCDショップの客は不満を感じたり、賞自体を批判する人がいるのかもしれない。

 

言葉の揚げ足取りかもしれないが、「ブレイクが期待される」という言葉を取っ払うだけで、より多くの人に受け入れられる賞になるのではないだろうか。

 

とはいえ、ノミネートされている作品は良い作品が多いです。個人的には台風クラブを推したいので、ぜひ聴いてもらいたい。