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スピッツ草野マサムネと西野カナの似ている部分を説明する

西野カナは過小評価されている

 

西野カナの新譜がなかなか良い。『LOVE it』というアルバム。曲が凝っていて編曲も面白いことをしている。音も良い。あとジャケットの顔がかわいい。

 

しかし、西野カナは音楽ファンに評価されているかと言うと、特別評価されているわけではない。かわいいのに。どちらかと言うとネタにされる事が多い。震える人とか言われて。かわいそうに。

 

しかし、西野カナは音楽ファンに気に入ってもらえる要素はたくさんあるのだ。そのうちの1つは、日本の音楽ファンは(多分)みんな好きであろうバンド、スピッツのフロントマンである草野マサムネと似ている部分がある事だ。あともう1つは顔がかわいいところとか。

 

両方好きなファンは少ない?

 

スピッツと西野カナのファン層は近いとは言えないと思う。もちろん両方の音楽か好きという人もいるとは思うが、それは多くないだろう。嫌っているというよりも興味を持っていない気がする。

 

西野カナのファンにスピッツのイメージを聞いても「飲み会でパッと弾けたら空も飛べるはずとか言ってずっとそばにいて絡んできそう」というイメージだろうし、スピッツファンにとっての西野カナのイメージは「愛してるの響きだけで震えてそう」とかそんなんだろう。

 

つまりお互いのことをよく知らないのだ。しかし、西野カナはスピッツファンにも愛される才能と実力がある。西野カナのファンが気に入るような名曲をスピッツは持っている。お互いが魅力に気付いていないのだ。お互いが魅力に気付いたとき、両者の似ている部分に気づくはずだ。

 

では、その似ている部分とは何か。それは、草野マサムネと西野カナの歌唱方法や歌の表現方法だ。

 

感情が消された歌声 

 

草野マサムネは歌に感情をそれほど込めていないように感じる。それはスタジオ録音の音源でもそうだし、ライブでの歌唱でもそうだ。常に同じ歌い方で同じクオリティの歌唱をしている。

 

切ないバラードの”楓”でも感情を抑えて歌っているし、アップテンポの”8823”でも感情を抑えている。”楓”でも感情を込めて感動させようとはしないし、”8823”でも無理に煽ったり叫んだりして盛り上げようともしない。

 

それはスピッツの方向性や草野マサムネの性格ならキャラクターによるものかもしれないが、あえて感情を込めないようにしていると思う。どの歌でも透き通った心地よい歌声は変わらない。

 

そして、西野カナも同じなのだ。音源でもライブでも歌に感情を込めようとはしていない。”パッ”でパッと弾けたいと歌っている時も、”会いたくて会いたくて”で会いたくて震えている時も感情を抑えている。パッと弾ける時も震えている時も同じテンションだ。

 

もしかしたら西野カナもあえて感情を抑えているのかもしれない。そして、西野カナも透き通った心地よい歌声だ。

 

ライブで歌っている時の表情も感情を抑えているように思う。草野マサムネはアップテンポのナンバーを歌う時もバラードを歌う時も表情は変わらない。エロい表現の歌詞の時に少しニヤっとする程度だ。

 

西野カナの表情もそうだ。”トリセツ”のような幸せいっぱいの曲を歌う時も、”会いたくて会いたくて”のような失恋ソングを歌う時も表情は同じだ。歌詞は震えても体も声も震えていない。どんな歌を歌う時もかわいい。まじで。

 

 この歌い手の感情が出ない歌唱方法が草野マサムネと西野カナの共通点の1つではないだろうか。しかし、この歌唱方法は一部のシンガーにしかできないことだと思う。

 

感情を込めた方が良いのか?

 

 一般的に歌は感情を込めた方が良いと思われがちだ。それは間違いではないとは思う。例えば銀杏BOYZや大森靖子や竹原ピストルの歌が音聴く人の心に刺さるのは、歌声も表情も感情をむき出しにして歌うからこそだ。ミュージカル俳優も感情を歌声や表情で表現しなければ舞台が成立しない。歌に感情を込めることは重要ことだ。

 

感情を込めて歌う場合、歌のメッセージや込めてる想いが伝わりやすくなる。アーティスト本人の意図している歌の意味を伝えるための手段として、感情を込めて歌っているのだ。

 

しかし、草野マサムネも西野カナも感情を大きく表現することは少ないにも関わらず、多くの人を魅了している。それは何故なのか。

 

感情をそれほど込めずに歌う場合は、歌のメッセージや想いは伝わりづらくはなるだろう。しかし、それによるメリットもあるし、場合によっては楽曲の魅力をより引き出す結果にもなる。

 

曲に深みを感じてもらうために感情を抑える

 

スピッツの歌は多くの人に愛されているが、歌詞を聴いて簡単に理解できる表現は少ない。難解な歌詞や独特な表現、散文詩のような歌詞もある。一癖も二癖もあるので、歌詞の解釈がリスナーによって大きく変わってくる。 

 

ロビンソンだって「このタイトルは何故?」とファンに聞いてもそれぞれ解釈が違うだろうし、歌詞の内容も1つの特定の意味やメッセージがあるわけではなさそうだ。スピッツの楽曲は曲の解釈をリスナーに大きく委ねられている。

 

草野マサムネ本人もそれを意図して歌詞を書いている部分もあるだろうし、ファンがスピッツの歌詞をどう捉えているのかも理解していると思う。

 

だから感情を込めないのではないだろうか。

 

例えば、悲しい感情を歌声や表情に込めればリスナーは「悲しい歌」と認識してしまう。喜びを歌声や表情で表現すれば「明るくて楽しい歌」と認識してしまう。

 

もちろん曲調などでそういった部分を感じる部分はあるが、スピッツの場合は感情を抑えて心地よい声で草野マサムネが歌うことで、楽曲について様々な解釈ができるようになり、様々な感情を感じることができているのではと思う。

 

草野マサムネが「さよなら 君の声を 抱いて歩いていく」と歌った時、悲しい別れの歌詞と感じるか、希望を感じる別れなのかは人によって解釈も変わると思う。それは草野マサムネの歌唱方法だからこそ複数の解釈ができるのかもしれない。

 

これは他のバンドのボーカリストには簡単に真似ができないことだ。唯一無二のスピッツの強みだ。この強みもスピッツが第一線で活躍し続けている理由の1つかもしれない。

 

曲の深みを抑えるために感情を抑える

 

それに対しての西野カナはどうなのか。西野カナの歌詞はわかりやすい。1回聴けば内容を理解できる。

 

例えば、会いたくて会いたくて震えるという有名なフレーズだが、震えるというワードは比喩表現でもなく、そのままの意味だろう。普通に西野カナは震えているのだ。震える西野カナ、かわいい。

 

ヒット曲の”パッ”も「仕事疲れるけと休みの日はパッと弾けて楽しみたいよね」という以上の意味はない。この一言を伝えるために約4分間歌っている。弾ける西野カナ、かわいい。

 

西野カナの歌詞はわかりやすい。難しい表現は使っていないし子どもでもすぐに理解できるし、口ずさめるキャッチーさがある。

 

そのため、西野カナの歌詞は感情を込めるとクドくなるのだ。

 

西野カナの歌詞の内容は若い女の子が学校の休み時間に友達とだらだらと駄弁っているような内容だ。だから若者に共感されるし支持されているのだと思う。良い意味であっさりしている。感情的に駄弁ってる人がいたら空気読めない人だと思われウザがられてしまう。

 

感情を込めずとも簡単に伝わる歌詞だからこそ、楽曲全体のバランスを取るためだったり、歌詞の内容やメッセージを多くの人に受け入れてもらうために感情を込めずに歌うのだろう。かわいい。

そして、近年の作品の方が初期の作品と比べると歌詞の表現はよりわかりやすくなっている。自身のファン層を意識して歌詞を書いている部分があるのかもしれない。

 

手段も目的も実は同じ

 

草野マサムネも西野カナも、歌の表現として感情をあまり込めていないという部分は似ているし共通していると思う。歌を届ける手段は同じなのだ。しかし、上記で述べた通り、歌の届き方としては違いがある。

 

マサムネは歌の解釈を幾通にもできるので、特定の意味を付けずに、リスナーに自由に解釈をしてしまうために感情を抑えて歌っている。西野カナは歌の意味がわかりやすいのでわざわざ感情を込める必要がないし込める事が蛇足になるから、心地よい歌声を響かせる事に徹している。

 

このように同じ手段を使っても歌の届き方は全く真逆だ。届き方は真逆化もしれないが、目的も手段と同様にマサムネと西野カナは同じだ。

 

両者ともに、どのようにすれば自分の表現を最も多くの人に届けることができ、感動させることができるのかということを考えている。

 

歌でリスナーを感動させるという目的も同じなのだ。

 

 もうひとつの共通点

 

他にも忘れてはいけない共通点がある。

 

スピッツのファンはよく知っているとは思うが、ライブ中の草野マサムネは演奏や歌声は素晴らしいのに、ステージで挙動不審になる事が多い。

 

結成30年も経っているにも関わらずMCでも吃ったり噛むことも多いし、キョロキョロしている。客を煽ろうとする時も照れながら煽るから煽りきれていない。たまにMステなどのテレビ番組に出る時も未だに緊張している。タモさんの目を見なさい。

 

ベテランバンドマンのおじさんなのに、こんなだ。でも、それに何故か癒される。かわいらしさすら感じる。マサムネ、かわいい。売上全盛期にクソダサいキノコカットだったのも今思うとかわいい。

 

草野マサムネと西野カナのもう1つの共通点は、どちらもかわいいということだ。

 

と言うことで、草野マサムネと西野カナは似ている部分、あると思う。

 

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